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其の佰弐拾弐:戦いの後で

【登場人物】


雅狼朝霧爛菊がろうあさぎりらんぎく(18歳)……前世が人狼皇后だった人間の少女。二百年間、犬神の皇に魂を捕われて記憶と人狼の能力を奪われ、ただの人の子として現世に転生させられた。神鹿から妖力吸収の力を授かり、再び人狼に戻る為に数多くの妖怪と出会う。


雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)(327歳)……あらゆる妖怪のトップ大神乃帝である人狼の王で、爛菊の夫。二百年前に妻を失ってからずっと転生を信じて探し続けて、ついに爛菊を見つける。彼女を元の立場に戻すべく、人間界で爛菊の手伝いをする。


猫俣景虎鈴丸ねこまたかげとらすずまる(118歳)……妖怪猫又の族長の息子で、千晶の同居人。家事全般が大得意で、女好き。とても人懐っこい。人間界での暮らしの方が長く、誰よりも人間社会に詳しい。本来の姿は金と青のオッドアイをしたオスの三毛猫。


響雷馳(ひびきらいち)(70歳)……妖怪、雷獣の子供。物心ついた時には最早両親がいなかった孤児で、ある嵐の日に大百足と戦って傷ついているところを爛菊に拾われ、名を与えられる。千晶の家の居候で、自分も妖怪のくせに世間知らずからくる極度の妖怪恐怖症。


朱夏(しゅか)(推定200歳以上)……妖怪、姑獲鳥。元は人間だった。土蜘蛛から縄張りの一部を与えられて数々の人間を騙してきたが、ある雨の日に雷馳と出会ってからその悲愴感さにいたたまれなくなり、種族も血筋も違うが雷馳の母親になる決意をする。千晶の家で住み込みの家政婦をしている。


飛鳥壱織(あすかいおり)(529歳)……元々はツンデレで一人を好んでいた妖怪、丹鶴。祖母は若い頃に人間に恩返しをした鶴。爛菊の通う高校の保健医をしていて、極度の潔癖症。高慢な性格で趣味は編み物。高度な治癒系能力を持つ。最近、神格妖怪である座敷童子、此花に惚れられて以来一緒にいることが多いようだ。


鹿乃静香和泉(かのしずかいずみ)(推定1000歳以上)……妖怪、神鹿で人間からの深い信仰から神格化した千年妖怪。普段は神社の神主をしていて、最初の鈴丸の飼い主でもある。何かと千晶の協力をする。


雅狼八雲司(がろうやくもつかさ)(320歳)……千晶の弟の一人である人狼国の王弟。傲慢で言葉遣いも悪く、爛菊の存在を快く思っていない。前世の爛菊を殺害し、200年もの間牢獄に入っていた。それでも一応、国を思い面倒見も良く誰よりも家族思いだったりする。


藤原霞(ふじわらかすみ)(21歳)……妖怪人狼族を大神(狼)として崇拝している女陰陽師。しかし帝の座は千晶ではなく、彼の弟である司を推奨している。風水並びに式鬼を操る。


(つづり)(24歳)……霞を純粋に仕える巫女。寡黙な性格だが、霞を同じ女でありながらも恋愛対象としている。普段は霞の身の周りのお世話をしているが、彼女から与えられた式鬼を操ることができる。




「熱い……っ! 額が燃えるよう……っっ!!」

 そう口にして両手で額を押さえる爛菊(らんぎく)だったが、指の隙間から黄金の輝きが射しこむように漏れていた。

 爛菊自身もまた、汗ばんでいる。

「おそらくランちゃんの中の妖力が限界に……つまり本来の妖力に達したんだよアキ!」

 今回倒した鵺も餓者髑髏も強力妖怪だった。

 その二体の妖力がそれだけ強力で、転生前の爛菊の妖力を取り戻したのだ。

「よし。和泉(いずみ)の元へ急ごう!」

「俺の折り鶴で行くかみんな?」

 壱織(いおり)の言葉に、千晶は頭を横に振った。

鈴丸(すずまる)雷馳(らいち)の二人だけを頼む飛鳥(あすか)。俺と爛菊は朱夏(しゅか)に頼む。なるべく爛菊を横にしておきたいんだ」

 これに朱夏は首肯した。

「分かったわ。じゃあ雅狼(がろう)さんと爛菊さんは私が」

 そう言うと朱夏は姑獲鳥の姿になる。

「乗って」

 朱夏に促されて、爛菊を抱きかかえた千晶は、巨鳥の背に飛び乗る。

「じゃあお前らはこっちな」

 壱織は言って胸元から人差し指と中指の間に挟んだ折り鶴を取り出し、地面に放った。

 直後、それは二人乗りでも余りあるくらいに大きくなった。

 巨大化した折り鶴の背に、鈴丸と雷馳は飛び乗った。

「あの鹿の神社に行きゃあいいわけだな?」

 壱織は背中から翼を出現させる。

「ああ、頼む」

「了解。俺の後に付いて来な朱夏さん」

 千晶の返事に、壱織は巨鳥へと声をかけて飛び立つ。

 それに導かれるように鈴丸と雷馳を乗せた巨大折り鶴も浮かび上がる。

「ええ」

 朱夏も返事して、巨大な翼を羽ばたかせた。

「熱い、熱い……っ!」

「今和泉の元に急ぐから、耐えてくれ爛菊!」

「あ、ああ……っ」

 汗びっしょりの爛菊の上半身を抱き起こす形でいた千晶が爛菊に声をかけたが、彼女はそのまま意識を失ってしまった。




 三十分後。

 (かすみ)(つづり)の肩を借りて神社へと戻って来た。

「あの似非皇后……許せない。赦さない。あの女の補助のせいで……私の可愛い餓者髑髏を失ってしまったわ……」

「申し訳ございません霞様……私もあなたから頂いた鵺を、失ってしまいました……」

 綴は縁側に霞を座らせると、その足元に跪いて頭を下げる。

「……喉が渇いたわ」

 霞は綴を見ることなく、落ち込んだ表情で呟くと喉に手を当てる。

「……今水を持って参ります」

 綴は立ち上がると、社の中へと入って行った。

 程なくして、綴がグラスに水を入れて戻ってくる。

「霞様、これを」

 綴は霞へとグラスを渡す。

 霞は中の水を一気に飲み干すと、空になったグラスを乱暴に床へと置く。

「情けないわね私達……でも、(つかさ)様への注意を逸らすことはできたわ……司様、もう九尾の元へ着いたかしら……」

「そうですね……しかし九尾から妖力を奪う霞様のアイデアは、見事でした」

 霞の覇気のない言葉に、綴は答える。

「ああ。おかげであのクソ田舎娘から奪われた妖力分、九尾から手に入れることができたぜ」

 突然降ってきた声に、霞と綴は空を仰ぐ。

「司様!」

挿絵(By みてみん)

「これで元の妖力に戻った。いや、寧ろ余分に更なる妖力を得たか?」

 司は上空から姿を現すと、ゆっくりと降りてきて地に足を着ける。

「それで? 見たところ兄者を追い払ってくれたようだが、俺の命令通りあの田舎娘はしっかり始末したんだろうな?」

 司は悠然と言いながら、黒い尻尾を一振りする。

「それが……」

 霞は小声で呟く。

 しばらく彼女の言葉を待った司だったが、それ以上の返事がない霞に司はフンと鼻を鳴らす。

「所詮貴様ら人間には無理な話だったか。まぁ、兄者が一緒だったなら尚の事だな。ちなみに兄者には手を出していねぇだろうな?」

 これに霞がビクリとして顔を青褪める。

 千晶の相手をしていたのは霞だからだ。

 どうやら霞は相手をするのに夢中で、司の言葉をすっかり忘れていたらしい。

 これに綴は咄嗟に司へと一歩進み出る。

「あ、兄者様は倒しておりません!」

 これに司は腕を組むと、吐き捨てた。

「当たり前だ。貴様ら如きにやられる兄者ではない。俺は、兄者に指一本手を出さなかったかと言ってんだ」

 すると耐え切れなくなった霞が、縁側から立ち上がって物凄い勢いで司の足元に土下座した。

「もももも、申し訳ございません!! 戦うのに夢中でつい……!!」

「あぁん!?」

 これに司の目の色が変わる。

「つまり兄者に、手を出したってぇのか!?」

「は、はい……っ! 大変申し訳ございませんっっ!!」

「てめぇ如き虫ケラが、手を出していい相手じゃねぇんだよ兄者は! 高貴なる兄者を穢しやがって!!」

 司は怒鳴ると霞を蹴り飛ばした。

 霞は数メートル程吹き飛んだ。

「霞様!!」

 綴が大急ぎで彼女の元へと駆け寄る。

「ゴ……ゴホッ!!」

 咳込んだ霞の口から血が吐き出される。

 肋骨も二~三本折れたようだ。

「兄者を穢した罪……その命を以って償え!」

 そう言って司は、黒い爪を遠く離れた霞へと振り下ろした。

「霞様危ないっ!!」

 綴が霞に覆い被さる。

 司の爪は空気を切り裂き、目に見えぬ刃となって霞に覆い被さっている綴の肉体を切り刻んだ。

「……!!」

 綴は声すら発することもなく、指の数だけ五枚に縦にスライスされて、地に臓物や脳みそを撒き散らしながら崩れ落ちる。

「つ……っ! 綴!! あああ……っ!!」

 最早人の形を成していない血の海の綴の肉片に、霞は涙を流しながら手を突いた。

今の(・・)じゃない。死ぬのはてめぇの方だ!」

 司は不愉快な表情を浮かべると、片手を空中で握り締めた。

 すると霞の襟元が目に見えない何かに掴まれ、持ち上げられた。

 それに合わせて司はその拳を自分の目の前に引き寄せる。

 これに霞が司の前へと引っ張られた。

「今のはただの雑魚だが……てめぇは霊力が高ぇみてぇだな。俺の力の一部になることを、光栄に思え」

「……!?」

 司の言葉を理解できずにいる霞の喉元に、司は牙を剥いて食らいついた。

「ギ……ア……ッッ!!」

 悲鳴にならない声を上げる霞。

 司が喉を食い破ると、霞は空を凝視しながらやがて、白目を剥く。

「やれやれ……今日は肉三昧だな」

 司は口の周りを血で汚しながら言うと、意識を失った霞の肉体を地面に叩きつける。

 霞の手足がビクリビクリと大きく痙攣していたが、そんなことは一切お構いなく司は霞の腹に喰らいついた。

 グチャグチャと司の食が進むにつれて、霞の手足はやがて完全に動かなくなった。




「和泉っ! 和泉ーっっ!!」

 鈴丸の大声に、夕暮れの中境内の掃き掃除をしていた鹿乃静香和泉(かのしずかいずみ)が、竹箒を手に空を見上げる。

「一体ゾロゾロと何の騒ぎだね……」

 和泉は溜息混じりで口にする。

 時間帯的にも好都合ながら参拝客もいなかった。

 せいぜい、まるで一種の牧場のように、大量の鹿が草を食んでいるだけだった。

 壱織に続いて、鈴丸と雷馳の乗る折り鶴と、千晶と爛菊を乗せた巨鳥姿の朱夏が着陸する。

 爛菊を抱きかかえて千晶が飛び降りると、巨鳥姿の朱夏が人の姿に戻る。

 引き続き鈴丸と雷馳も折り鶴から降りると、それは小さくなり壱織が回収した。

「和泉! ランちゃんが大変なんだよ!」

「ああ、急いで爛菊を看てくれ」

 鈴丸と千晶が和泉の元に駆け寄った。

「とりあえず中に入りなさい」

 和泉は言うと、社へと歩き出す。

 彼の後にみんなは続いた。


 ――「なるほど。妖力吸収が完了したか」

 汗だくに荒い息遣いで意識を失って横たわる爛菊の前髪を掻き上げて、そう口にする和泉。

「では彼女の妖力吸収を取り除こう」

 和泉は爛菊の額で黄金に輝く文字に片手を当てると、何やら唱え始めた。

「オンアミリタテイゼイカラウン」

 そして額に当てていた手を、まるで何かを拭い取るような仕草をするとその手でそのまま拳を作り、自分の口元にやって拳の中にフと息を吹き込んだ。

「はい。完了」

 和泉は言いながら、手をパンパンと払う。

 先程まで爛菊の額にあった文字は、すっかり消えていた。

 爛菊の呼吸も落ち着いてくる。

「これで后妃はもう、前世の頃の妖力をすっかり取り戻した。完全な人狼としてな」

 朱夏が横たわる爛菊の汗を、ハンカチで拭き取っていた。

「とりあえず今日は、后妃をゆっくり休ませることだ。まだ不安定な妖力も、朝には完全に定着するだろう」

「何から何まで、本当にお前には感謝する。和泉」

 礼を述べる千晶に、ふと和泉は柔和な微笑を浮かべる。

「だから前にも言っただろう。今更だと」

嶺照院(れいしょういん)からの束縛もなくなったし、もう異界で生活できるね。ランちゃんは」

「ああ」

 鈴丸の言葉に、千晶は嬉しそうに首肯した。

 これにふと寂しそうな表情を浮かべたのは、雷馳だった。

「何だよ。雷馳には朱夏さんがいるだろう」

「うむ……そうじゃが……」

 鈴丸に言われるも言葉を濁す雷馳。

「まぁ、とりあえず今日一晩はあの家にいる。その後でどうするかは、爛菊が目覚めた後だ」

 千晶は言うと、雷馳の頭をわしゃわしゃと撫でた。



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