其の佰弐拾壱:妖力入手
【登場人物】
・雅狼朝霧爛菊(18歳)……前世が人狼皇后だった人間の少女。二百年間、犬神の皇に魂を捕われて記憶と人狼の能力を奪われ、ただの人の子として現世に転生させられた。神鹿から妖力吸収の力を授かり、再び人狼に戻る為に数多くの妖怪と出会う。
・雅狼如月千晶(327歳)……あらゆる妖怪のトップ大神乃帝である人狼の王で、爛菊の夫。二百年前に妻を失ってからずっと転生を信じて探し続けて、ついに爛菊を見つける。彼女を元の立場に戻すべく、人間界で爛菊の手伝いをする。
・猫俣景虎鈴丸(118歳)……妖怪猫又の族長の息子で、千晶の同居人。家事全般が大得意で、女好き。とても人懐っこい。人間界での暮らしの方が長く、誰よりも人間社会に詳しい。本来の姿は金と青のオッドアイをしたオスの三毛猫。
・響雷馳(70歳)……妖怪、雷獣の子供。物心ついた時には最早両親がいなかった孤児で、ある嵐の日に大百足と戦って傷ついているところを爛菊に拾われ、名を与えられる。千晶の家の居候で、自分も妖怪のくせに世間知らずからくる極度の妖怪恐怖症。
・朱夏(推定200歳以上)……妖怪、姑獲鳥。元は人間だった。土蜘蛛から縄張りの一部を与えられて数々の人間を騙してきたが、ある雨の日に雷馳と出会ってからその悲愴感さにいたたまれなくなり、種族も血筋も違うが雷馳の母親になる決意をする。千晶の家で住み込みの家政婦をしている。
・飛鳥壱織(529歳)……元々はツンデレで一人を好んでいた妖怪、丹鶴。祖母は若い頃に人間に恩返しをした鶴。爛菊の通う高校の保健医をしていて、極度の潔癖症。高慢な性格で趣味は編み物。高度な治癒系能力を持つ。最近、神格妖怪である座敷童子、此花に惚れられて以来一緒にいることが多いようだ。
・藤原霞(22歳)……妖怪人狼族を大神(狼)として崇拝している女陰陽師。しかし帝の座は千晶ではなく、彼の弟である司を推奨している。風水並びに式鬼を操る。
・綴(24歳)……霞を純粋に仕える巫女。寡黙な性格だが、霞を同じ女でありながらも恋愛対象としている。普段は霞の身の周りのお世話をしているが、彼女から与えられた式鬼を操ることができる。
・狐金澤白面忽那(推定500歳)……妖狐の国の女帝で若くて美男の人間を寵愛する九尾の狐。
壱織は鈴丸の前に屈みこむ。
「こりゃひでぇ。全身の骨折れちまってるじゃねぇか」
壱織の言葉に、金毛巨狼姿で千晶が答える。
「実はそれ、俺がやったんだ。餓者髑髏の死霊に鈴丸が憑依されたから、動きを封じる為にな……」
「はぁ、成る程。俺がもう少し早くここに来てりゃあ、そんなもん簡単に蹴散らせたけどな」
「過ぎたことだ。とにかく今は急いで鈴丸を助けてくれ――ガフッ!!」
言い終わる頃に、突然千晶が地面に伏せる。
「!? 千晶様、どうなさったの!?」
「ああ……いや、少しだけ鈴丸が放った呪いの障気に当てられてな……」
離れた場所では、地面に倒れている餓者髑髏が先程の光球の輝きに触れて、下顎から上が瓦解していた。
餓者髑髏の胸骨に埋め込まれている霞は空へ仰向けになった状態で騒いでいる。
「ちょっと! 何いきなり倒れてるのよ! さっさと起き上がりなさい!!」
この姿勢のせいで、霞には千晶達の状況が把握できずにいた。
彼女の命令に、死霊や骸骨が蠢き合って頭部を形成している。
その間に、ひとまず先に壱織は千晶の体内にある障気を取り除いてから、普通サイズになっている二又の三毛猫に両手の平をかざしてゆっくり全身へと動かしていた。
「ニャ……ニャア……」
鈴丸が小さく鳴いた。
「スズちゃん!」
爛菊が傍らに座り込んで、鈴丸を覗き込んでいる。
「もう少しだ」
壱織が呟く。
「助かった飛鳥。俺は先に行って少しでも餓者髑髏を早く倒す」
千晶は言い残して、空へと飛び去った。
千晶が餓者髑髏の上空に来た時、左頭部が構築されていた。
餓者髑髏は左目で千晶を睨むと、片手を振り回したがやすやすとこれを千晶は避ける。
まだ右頭部は失われたままだったが餓者髑髏は立ち上がると、機敏な動きで回し蹴りを放った。
これもまた千晶は避けると、大きく口を開けた。
千晶の口内で、風が渦巻き球体となる。
そして餓者髑髏の下半身へと放った。
餓者髑髏の下半身が吹き飛び、上半身だけになった餓者髑髏は下半身を失った為に、上半身が地上に着地する。
その時には、もう全ての頭部が元に戻っていた。
「ふん。逆に都合がいいわ。餓者髑髏! 骨飛ばしよ!」
霞の命令に、千晶によって吹き飛ばされた下半身の骨を、次々と飛ばしてきた。
千晶はそれを尻尾で弾いていく。
その時。
「フンニャーゴッ!!」
突如千晶の側に三毛の巨猫が姿を現した。
「復活したか鈴丸!」
「うん! ごめんねアキ」
鈴丸は言いながら次々と猫パンチを繰り出して、骨を弾き返していく。
だがそれらの骨は全て餓者髑髏の上半身の下へと吸い込まれ、少しずつ失った下半身を形成していく中で、餓者髑髏は両手で地面を掻きながら千晶と鈴丸に突進してきた。
山の木々を次々となぎ倒しながら、ガチガチと歯を鳴らしている。
やがて千晶と鈴丸へと距離を詰めると、餓者髑髏はガパリと口を開いた。
「キイィィィアアアアアアァァァーッ!!」
突然の強烈な甲高い奇声の音波に、千晶と鈴丸は強い衝撃を受けて吹き飛ぶ。
山の麓で待機している爛菊と壱織も咄嗟に耳を塞ぐ。
山の傍らにある霞達の神社の境内にいる雷馳と朱夏にもこの巨大妖怪同士の闘いは見えていた。
「千晶と鈴丸……手間取っているようじゃのぅ……協力したいが、わしももう体力がない……」
「きっと大丈夫……爛菊さんが行ったから……」
雷馳と朱夏は寄り添い合って言葉を交わす。
ちなみに綴はと言うと、賽銭箱の横でへたり込み戦意喪失していた。
「霞……様……」
そう小さく呟いて。
「思いのほか、強力だね……」
「クソ……耳が……」
巨猫姿の鈴丸と巨狼姿の千晶の耳から、じわりと一筋の血が流れてくる。
その時、紅梅の花吹雪と白梅の蕾が鈴丸と千晶の周囲に出現し、白梅が開花する。
「……? これは……」
「爛菊の補助能力……攻撃力と防御力アップだ」
地上へと頭を巡らすと、爛菊が上空を見上げて大きく頷いていた。
餓者髑髏はその光景を無視して紅い一点の視線を鈴丸に突きつける。
二度目の餓者髑髏の恨みだ。
再び鈴丸の体内に亀裂が走る。
が、鈴丸は少し眉宇を動かす程度だった。
「これが防御力の効果か……これならイケるよ! ありがとうランちゃん!」
「ふ……では、攻撃力アップの効果も、試してみるか……」
鈴丸と千晶はそう口にすると、互いに顔を見合わせて頷く。
「あの似非皇后……余計なことを! 餓者髑髏! あの女を握り潰しておしまい!!」
霞の言葉に、餓者髑髏は爛菊へと向きを変える。
餓者髑髏の下半身は、膝まで再生されていた。
「そうはいくか!」
千晶は餓者髑髏の前へと回りこむと、振りかぶった頭を振り下ろした。
「天翔ける竜巻よ!!」
直後、餓者髑髏は強烈な巨大竜巻に包まれる。
その威力に少しずつ、まるで解けていくかのように餓者髑髏の体がバラバラになっていく。
餓者髑髏を形成している死霊や骸骨が竜巻に耐え切れずに崩れているのだ。
「おい朝霧。少し近い。もう少し離れるぞ」
「え、ええ……」
壱織に促されて、爛菊はひとまず神社の境内へと急ぐ。
「オオオオオオオ……ッッ!!」
餓者髑髏は吠えながらも、爛菊へと伸ばした腕が壊れていく。
「ラン殿! 早ぅ、こっちじゃ!!」
逃げ込んできた爛菊に気付いた雷馳が、彼女へと手招きする。
「ヌゥゥアアアアアアアーッ!!」
これが餓者髑髏の最後の叫びとなった。
胸骨にいた霞も、ついに餓者髑髏から剥落する。
「――キャアアアァァァーッッ!!」
「霞様っっ!!」
宙に舞う霞に向かって、綴が脱兎の如く走り出す。
「超激最大展開、猫又の火!!」
散り散りになった死霊や骸骨を鈴丸が大火炎を起こして焼き尽くしていく。
それはまるで噴火を起こした火山のような光景だった。
猫又の火は、死霊などの魂にも効果絶大なのだ。
その時、神社の境内に逃げ込んだ爛菊の額に、再び紫色の一文字が浮かび上がった。
これに先に気付いた雷馳が叫ぶ。
「ラン殿! 妖力吸収じゃ!!」
「!? あ、ええ!」
逃げるのに必死だった爛菊は、雷馳の言葉で額に熱を感じていることに気付く。
爛菊は足を止めて振り返ると、声を大にして言った。
「餓者髑髏よ! お前の妖力全てを貰い受ける!!」
すると巨大竜巻の中から青白い靄が発生して、爛菊の口内へと吸い込まれていった。
コクリと小さく喉を鳴らした爛菊だったが、薄紫色だった額の文字が突如、黄金色に光り輝き始めた。
「あ……っ! 額が燃えるように熱い……っ!!」
爛菊は額に手を当てて蹲った。
「爛菊!!」
「ランちゃん!!」
飛空してきた千晶と鈴丸が、巨狼と巨猫から人の姿に戻って着地すると、爛菊へと駆け寄った。
「雅狼八雲司……妾を貴様の物になれと……!? 一体どういうつもり!?」
狐金澤白面忽那は、玉座から腰を浮かす。
「簡単なこと……今まさにお前がそこの人間にしているようにだ」
「何……ですって……!?」
「いや、それじゃあお前が可哀想だな……もっともっと……深く濃密に、お前を抱き込んで、貫いて、奥底まで――味わって……俺と一緒に一心同体となろう……」
「……クス……フフ、ウフフ……よくも濡れることを」
「お前を脳がとろけそうなくらいに、感じさせてやるよ。忽那、俺の中で熱く燃えろ」
司は忽那に手を差し伸べたまま、一歩踏み出す。
「妾がそんなに欲しいの……? 人狼よ」
忽那はゆらりと玉座から立ち上がった。
「ただ一つ、欠点が」
「?」
「俺は、スッゲェ束縛するぜ?」
この司の言葉に、忽那は高らかに笑った。
「それほど妾が欲しいのなら、奪ってごらん人狼! 強引な男、嫌いじゃないわ!!」
忽那は声を大にして言うと、見る見るうちに金毛の九尾の巨大狐へと変化した。
「おいおい、そんなに濡らすなよ。溶けちまうぜ!」
司は嬉しそうに笑う。
突然目の前にした巨大妖怪の姿に、鎖に繋がれている三人の人間の男達は顔面蒼白で震え、頭を抱える。
逃げようにも、足首を切断されて不可能だ。
忽那は金毛を鋭い針に変えて、司へと飛ばす。
司は身軽にこれを避けていく。
「妾がなぜ人間を玉座に置いていると思うの……? それはね、その恐怖心を吸収して更に妖力を強くしていく為よ」
「ああ知っているとも。だからこそ、本当にお前にはゾクゾクさせられる。愛してるぜ忽那」
「ならば妾の足元にかしずいてから愛を語って頂戴!」
忽那は九尾のうちの一尾の先端を鋭く尖らせると、司へと振り下ろした。
だが司は一歩横にずれただけで、その尾を避ける。
尾が床に深々と突き刺さったが、司はその尾を掴んだ。
「捕まえた。忽那」
司に尾を触れられて、忽那はビクリとする。
狐は犬科のため尻尾が最大の弱点だからだ。
「人間の恐怖心を吸収して強くなるだと? ならば俺はお前の恐怖心を吸収してやんよ」
司は紅い双眸に鋭利な光を宿す。
そして恐怖心に硬直している巨大化した金毛九尾狐の忽那へと、司は人の姿のままで黒い爪を素早く振り回した。
呆気なく忽那は全身を切り刻まれ、周囲を血の海にして倒れた。
「もうイッちまったか。感度良すぎだぜ忽那……」
司は牙をむき出すと、細切れになった忽那に喰らいついた。
グチャリグチャリと、肉を食む粘着質な音だけが、不気味に玉座の間に響いていた。