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其の拾弐:騒ぎの後我に返り



「キャア!!」

 突然、室内に響き渡った短く上がった悲鳴に、ベッドで眠っていた千晶(ちあき)は敏感に驚いて跳ね起きた。

 同時に、今度は目覚まし時計が鳴ったので、千晶は慌てて手を伸ばしてアラームを止める。

 そして目をこすりながら悲鳴がした方へと顔を向けると、そこには人間の姿に戻って真っ赤な顔した爛菊(らんぎく)がいた。

 勿論、大型犬用のケージの中で。

 しかも全裸姿のまま、首輪と鎖で繋がれている。

 爛菊は胸元を両手で覆い、片足で股を隠しながら赤面して恨めしそうな目を千晶に向けている。

「おやおや、これはこれは。朝一番からいいものを見せてもらった」

 千晶は悠然とした様子で腕組みをすると、ベッドに腰掛けた状態でニンマリと口角を引き上げる。

「どうして爛はこんな状況に……!? 千晶様、まさか爛に変な薬を飲ませて何かやましいことを!?」

「していないが今後の為に、参考に入れておいてもいい」

「――ぅ……」

 更に抗議しようとした爛菊だったが、蒼白い顔をしてふらつくとガシャンとケージに凭れかかった。

 彼女の様子に、千晶は冷静な口調で告げる。

「お前は昨夜、満月を見て狼に変身したんだよ。自我を失い、しかも下等狼にな。妖力のないお前がだ。だから体力の消耗も激しい。今日は学校を休んで午前中は養生しろ。午後になったら和泉のところへ原因を聞きに行くぞ」

「爛が狼に……?」

 爛菊は小さく呟くように言った。

 だが、はたと我に返ると、混乱しながらも要求した。

「と、とにかくまず先に着替えたい」

 これに千晶が平然と尋ねる。

「着替えを持ってきてやろうか?」

 しかし即座に爛菊は否定した。

「結構よ」

「チッ、残念」

 千晶は口惜しそうに舌打ちする。

 そんな彼を他所に、爛菊は唱えた。

呉葉(くれは)……呉葉ちょっとの間だけこっちへ来れないかしら……」

 するとふと何もない所から煙が湧いたかと思うと、そこから青い着物の信州戸隠(しんしゅうとがくし)の鬼女、紅葉(もみじ)が姿を現した。

「お呼びかい? 爛ちゃん。おや、何て素敵な格好! まったく、爛ちゃんたら好き物だねぇ!」

 紅葉は現在、爛菊の姿に化けて嶺照院(れいしょういん)に身を置いている。

 よって本来、妖怪を呼び出すには召喚用の陣が必要だが、紅葉の場合はもうそれは和泉が行っているので、それによりこっちにいる彼女は呼びかけだけでやって来てくれる。

 ちなみに紅葉の本名は呉葉という。

 紅葉は表向きの名前だ。

 そんな紅葉からのからかいの言葉に、爛菊は否定する。

挿絵(By みてみん)

「ちっ、違う! 呉葉、もし良かったら爛の部屋に行って下着と肌着、裾除(すそよけ)長襦袢(ながじゅばん)を持って来て。そして今日は、学校を休むから呉葉が爛の代わりに登校してほしい。じゃあないと嶺照院に知られてしまうから」

「了解、いいよ」

 快く承諾してくれた紅葉に、爛菊はついでに告げる。

「それとこの変態帝もここから抓み出して」

「だってさ。千晶、ほら行くよ」

 それに渋々千晶も紅葉の後に続いて自分の寝室を後にした。

 ちなみに爛菊の普段着姿は着物である。

 長年、嶺照院家で着物姿でいたせいで、そっちの方が彼女には馴染んでいた。


 着替えを終えて、爛菊は離れにある自分の寝室のベッドで横になっていると、鈴丸(すずまる)が訪ねて来た。

「ランちゃん、起きてる? 良かったら中に入っていい?」

 ドア越しに声をかけられて、爛菊は答える。

「どうぞ」

 するとトレイを手にした鈴丸が中に入って来た。

「お粥作ったよ。少しでもいいから精を付けて」

「ありがとう」

 爛菊は小さな声で答えながら上半身を起こす。

「中華粥にしたんだ。少しでも多く栄養取らなきゃね」

 見ると、ほぐした鶏肉とホタテの貝柱に小ネギが振ってあり、匂いも食欲をそそるいい香りだった。

 爛菊はベッドから出ると、近くにあるテーブルに着いて鈴丸が作った中華粥を味わう。

「スズちゃん、昨夜は迷惑かけたみたいね。ごめんなさい、デパートに行く途中までしか記憶になくって……」

「気にしなくていいよ。まぁ正直、僕は驚いちゃったけどランちゃんが無事で良かったと思ってるよ。自我を失ったランちゃんを、アキが処理したんだ。だから首輪と鎖に繋いでケージに入れられてたわけ」

 鈴丸は言うと愉快そうにクスクス笑った。それにつられて、爛菊も小さく口角を引き上げる。

「気遣ってくれてありがとう」

「ヤダな。僕は当然の事をしているだけだよ。午後になったら和泉がいる鹿乃(かの)神社に行くからね。今回の騒動の説明をしてもらわなきゃ」

 爛菊の向かいの椅子に座っている鈴丸は落ち着いた柔らかい口調で述べると、ニコッと幼さを感じさせる笑顔を見せた。

 そうこうしているうちに、爛菊は中華粥をペロリと平らげてしまった。

「千晶様も学校を休んでいるの?」

「うん。午後から和泉の所に行くからって。どうせ車の運転は僕なんだけど」

「そう。お粥、とっても美味しかったわ」

「良かった。さ、じゃあ後五時間くらい眠るといいよ。時間になったらまた起こしに来るからね」

 鈴丸は優しく言うと、椅子から立ち上がる。

「ええ」

 首肯する爛菊を認めてから鈴丸は、すっかり空になった土鍋をのせたトレイを手にして、部屋を出て行った。

 彼を見送ってから、爛菊は再びベッドで横になる。

 腹が満たされたのもあって、爛菊はたちまち眠りに落ちていった。




 午前中休んだだけでも、爛菊の体力はそれなりに回復していた。

 こうして鈴丸の運転の元で、爛菊と千晶は車の後部座席に乗り込んでいた。

 鹿乃神社に到着すると、周囲にいるたくさんの鹿達の間を突き進んでから、和泉のいる神殿に辿り着いた。

「やぁ、来たかみんな。いらっしゃい」

 事前に連絡を受けていたこの神社の神主、鹿乃静香和泉(かのしずかいずみ)は相変わらず長い白髪と蒼い目の美しい顔で微笑みながら、三人を出迎えた。

 座敷に上がると、千晶は昨晩の出来事を鈴丸の目撃例の説明を挟みながら、和泉に伝えた。


「それは多分、前世の記憶と共に后妃の中に眠る人狼の血もほんの僅かだけ目覚めているのだろう」

 和泉の言葉に、千晶が答える。

「じゃあこれから先も、満月の日には自我を失う狼に変身するということか」

 それに和泉は首肯する。

「そういうことになるだろうな。早めに妖力を吸収させていかなければ、后妃は人間の精神力を使ってまで変身するだろう。だから自我を失う分、危険度も増すな」

 つまり昨晩爛菊が狼に変身できたのは、人間としての精神力を使用したからで、そのせいで自我を失ってしまうということだ。

 和泉の言葉に戸惑いながら、爛菊は不安な表情を千晶に見せるのだった。




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