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其の佰拾玖:白梅の香

【登場人物】


雅狼朝霧爛菊がろうあさぎりらんぎく(18歳)……前世が人狼皇后だった人間の少女。二百年間、犬神の皇に魂を捕われて記憶と人狼の能力を奪われ、ただの人の子として現世に転生させられた。神鹿から妖力吸収の力を授かり、再び人狼に戻る為に数多くの妖怪と出会う。


雷馳(らいち)(70歳)……妖怪、雷獣の子供。物心ついた時には最早両親がいなかった孤児で、ある嵐の日に大百足と戦って傷ついているところを爛菊に拾われ、名を与えられる。千晶の家の居候で、自分も妖怪のくせに世間知らずからくる極度の妖怪恐怖症。


朱夏(しゅか)(推定200歳以上)……妖怪、姑獲鳥。元は人間だった。土蜘蛛から縄張りの一部を与えられて数々の人間を騙してきたが、ある雨の日に雷馳と出会ってからその悲愴感さにいたたまれなくなり、種族も血筋も違うが雷馳の母親になる決意をする。千晶の家で住み込みの家政婦をしている。


(つづり)(24歳)……霞を純粋に仕える巫女。寡黙な性格だが、霞を同じ女でありながらも恋愛対象としている。普段は霞の身の周りのお世話をしているが、彼女から与えられた式鬼を操ることができる。



 綴は鵺が存分に戦えるようにと、背中から降りて後ろへと下がる。

「さぁ(ぬえ)よ。これで楽になったろう。自由自在に戦うがいい!」

 これに背後の(つづり)を振り返り、鵺はヒィヒィと鳴いた。

 そして雷馳(らいち)の方へと鵺は向き直ると、蛇の姿をした尻尾をゆらりと動かす。

 すると尻尾の蛇は雷馳へと鎌首を持ち上げたかと思うと、大きく口を開けて威嚇した。

 直後、どこからともなくこぶし大の水の球体が数個出現し、目にも留まらぬ速さで雷馳へと弾丸の如く撃ち放たれた。

 これを避けることができずに雷馳は、全ての水弾を受けてしまった。

「ぅわあぁぁっ!!」

 雷馳はその水弾の威力に後方へと吹き飛ぶ。

「雷馳!!」

 咄嗟に朱夏(しゅか)が声を上げる。

「うぅぅ……っ」

 雷馳は水弾を受けた痛みを覚えながら、倒れこんだまま唸るとゆっくりと上半身を起こす。

「ククク……愚かな。そのまま倒れていれば更なる攻撃を受けずに済んだものを」

 綴が離れた位置から、愉快そうに喉を鳴らした。

 雷馳に当たって弾けた水弾で濡れた土の泥に、衣服を汚しながらフラフラと雷馳は立ち上がる。

「ここで……負けるわけにはいかぬのじゃ……せっかく鈴丸(すずまる)が……わしに任せたのじゃから……」

「その強がりが、どこまで通用するだろうな」

 綴は余裕の表情を見せる。

 鵺は虎のものである前足を片方持ち上げると、地面に力強く踏み込んだ。

 すると周囲の風が一瞬揺らめき、複雑な流れとなって雷馳へと吹き荒れる。

 咄嗟に雷馳は両腕を交えて、顔の前にて防御の姿勢を取る。

 しかしそれも虚しく、風は鋭さを増して雷馳に襲い舞う。

 雷馳の全身にいくつもの切り傷ができて、そこから鮮血が吹き出す。

「くぅぅあぁぁっ!!」

 雷馳は無意味だった防御姿勢を解くと同時に、両手を下ろして胸を張った。

 雷馳を中心に、電流が放たれる。

 放電によって、鵺が起こしていた風が掻き消える。

「おやおや。すっかりズタボロではないか。うちの鵺も優しいものだな。いっそう全身を細切れに刻んでも良かったものを」

「雷馳!!」

「ハァ……ハァ……まだじゃ。まだ大丈夫……お母さん」

「でもそんなに血塗れじゃないの!」

 全身に及ぶ切り傷のせいで、雷馳の外見は泥と血に塗れていた。

「ライちゃんに鵺の相手は、少し早かったみたいだわ。ライちゃんは強がっているけど……見てられない」

 爛菊(らんぎく)は言うや、両手を広げて少しだけ顎を上げた。

「白梅の香りよ……彼の身を包んで」

 すると雷馳の周囲を突然どこからともなくいくつもの蕾が出現したかと思うと、次々と開花して溢れ出した香りが雷馳を包み込む。

「白梅……?」

 朱夏がその光景を刮目する。

「爛は松竹梅を操る能力があるの。今のは白梅の香りでその身を包んで、防御力を上げる能力よ」

 爛菊が説明する時には、もう雷馳の周囲にあった白梅は消え去っていた。

「言ったでしょう、ライちゃん。爛もサポートするって」

「ラン殿……感謝する!」

「雷馳。お母さんも協力するわ!」

 朱夏は叫ぶと、両手を鵺に突き出す。

 すると大量の石つぶてが発生した。

 しかしそれは、碁石程度のものだ。

 だがささやかながらも、鵺の気を逸らすことはできる。

「フン。ちょこざいな」

 綴は朱夏の攻撃に鼻を鳴らす。

 何せ鵺は巨体だ。

 鵺は煩わしそうに頭を振ると、前足で地面を払った。

 砂埃が雷馳、朱夏、爛菊へと舞う。

 これに朱夏の石つぶてが止まったが、朱夏はこれを好機として左右へと息を吹く。

 砂埃が治まった時、そこには奇怪な光景が広がっていた。

 何と、数人もの雷馳の姿が鵺を取り囲んでいたのだ。

 朱夏が発動した幻覚だ。

 思わず雷馳も驚いたが、本物だとバレないようにグッと口を噤む。

 雷馳の幻覚は、全て雷馳と同じ動きをする。

「かかりなさい雷馳!」

「うむ!」

 朱夏のかけ声に、雷馳は首肯してから雷の鞭を出現させるや、鵺へと振るった。

挿絵(By みてみん)

 鞭を受けて、全身に電流が走った鵺が悲鳴を上げる。

 しかも何人もの雷馳が雷の鞭を放ったので威力も倍だ。

 鵺は身構えて顎を引いたかと思うと、口を大きく開けて自分の周囲に火炎を吐き放った。

 これに雷馳がいち早く大きく真上へジャンプする。

 そこを、一羽の大きな鳥が滑空してきて雷馳を背中に乗せた。

 朱夏だ。

「本物はアレだ! 叩き落としてしまえ!」

 綴が鵺に命令する。

 鵺も雷馳を背に飛んでいる鳥に狙いを定めると、大きく身を翻して蛇の尻尾を振り上げ、姑獲鳥姿の朱夏を払い落とした。

 地面に落下した朱夏は、姑獲鳥から人の姿に戻る。

「うぅぅ……っ」

「お母さん! 大丈夫かの!?」

 雷馳が駆け寄る。

 幻覚の雷馳達も、もう全て消えている。

「雑魚が! まとめて始末してくれる!」

 綴が言い放つ。

 鵺もその後に続いて、ヒィと大きく鳴き声を上げた。

 直後、朱夏と雷馳の周囲の地面が大きく盛り上がると、まるで食らい尽くかのように四方八方から地面が二人をがっちり包み隠してしまった。

「ライちゃん! 朱夏さん!!」

「そのまま押し潰してしまえ!」

 綴は叫ぶ。

 一見、特別な致命傷もまだ与えていない鵺に、爛菊は叫んだ。

「竹よ! 鵺を突き上げて!!」

 すると突如、鵺の足元から数本の竹が生えたかと思うと、真下から鵺を突き上げた。

「何……!?」

 綴は眉間を寄せる。

 竹は鵺を貫きはしたが、まだ爛菊の妖力不足にて普通の大きさのでしかない竹は、鵺に軽傷を与えたに過ぎなかった。

 鵺がもがくと簡単に竹は折れて、その巨体を地面に着地させると鵺は爛菊を睨みつけた。

 そして鵺が口から炎を吐き出すと同時に、爛菊は素早く白銀の狼へと姿を変えてそれを避けた。

「ああ……そうだった。すっかり邪魔が入ってしまっていたが、我々の本命は貴様だった! この似非人狼皇后!!」

 綴の言葉に合わせるように鵺の尻尾である蛇が、鎌首を持ち上げて爛菊へと威嚇するやいくつもの水弾を出現させ、爛菊へと撃ち放った。

 千晶(ちあき)の巨大化まではまだできない爛菊は、普通サイズの狼の姿でヒョイヒョイと水弾の間を縫うように避けていく。

「チッ! ちょこまかと!」

 綴は舌打ちをする。

 そして爛菊は足を止めると、空を仰いで遠吠えをした。

 刹那、鵺が悲鳴とともに首を後ろへと巡らせた。

 鵺の片目に、数本の針のようなものが突き刺さっている。

 爛菊が松竹梅の能力のうち、松の針葉を発動させて鵺の片目を狙ったのだ。

 何せ鵺は巨体の為、一気にまとめて両目ともまではいかなかった。

 それでも、鵺の片目を潰すことはできた。

 爛菊は、引き続きもう片目も潰そうと、松の針葉を出現させる。

 が、さすがに同じ手を二度も食わないと、鵺も同時に強風を発生させて自分へと飛来してきた針葉を吹き飛ばした。

 この強風に爛菊も巻き込まれて、地面の上を回転しながら飛ばされる。

「クッ! 風に転がされる光景は不様だな似非皇后!」

 しかしそれでも、数回に渡り雷馳から電流を浴びせられたことと、その巨体には小さいサイズでも数本の竹が腹部に突き刺さっていること、片目を潰されたことで鵺もそれなりにダメージが蓄積されていた。

「ウゥ……」

 小さく呻きながら立ち上がろうとしている爛菊に、鵺はヒィと叫んで前足を倒して上半身を低くした。

 すると大きな水の塊を出現させて、爛菊めがけて飛ばした。

 水の塊は爛菊をすっぽり包み込み、彼女を飲み込んでしまう。

 陸にいながらにして爛菊は、水中にてもがくが逃れられずに当然呼吸もできずにいた。

「そのまま無残に溺れ死ぬがいい……(つかさ)様もお喜びになられる」

 綴は満足そうに口にした。


 一方、地面に包まれた中の空間で、雷馳がゼィゼィ息を切らしていた。

 そんな雷馳へと、一緒に閉じ込められた朱夏は上半身を起こすと、言った。

「雷馳……疲れているでしょう。しかもこんなに傷だらけで……ごめんね雷馳。でももう少しだけ、頑張って」

 そうして朱夏は、雷馳の額に優しく口づけをした。

 直後、雷馳の両眼が紅い光を放って見開かれた。

 地上では、水の中で呼吸困難になりもがいている爛菊だったが、突然彼女から少し離れた場所で雷馳と朱夏に覆い被さっていた地面が弾け飛んだ。

「グウオォォォーゥゥッ!!」

 そこからは、六本の足を持ち二股の大きな尾をした雷獣の姿があった。

 てっきり雷獣の仔だとばかり、侮っていた綴は驚愕する。

「な……に……っ!?」

 雷獣の姿になった雷馳は、水の塊に呑み込まれている爛菊に気付き、その水中へと片手を突っ込むと、狼姿の彼女を鷲掴みにして外へと引き出した。




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