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其の佰拾肆:天狗の試練



 咄嗟に身構える(つかさ)だったが、しばらくしても何も起こらない。

 倒木の音もピタリと止んだ。

 周囲に視線を配ってみるが、何一つ変化はなかった。

 山の中から聞こえる鳥の囀りも穏やかなものだ。

「……」

 とりあえず、何事もなく先を進んでいる(つづり)の後を、再び司は続き背後にいる(かすみ)もそれに倣う。

「今のは“天狗倒し”と言われる怪音です」

 霞が後ろから説明を入れてきた。

 天狗倒し――それはまるで大木が切り倒されるような凄まじい音を与えて、しかし実際は倒木はしていない一種の幻聴みたいなものだ。

 しかし司は、霞の言葉に返事すらせずに歩き続ける。

 すると突然一陣の風が吹いたかと思うと、何やら地鳴りらしい音が迫ってきた。

「こいつも幻聴なのか」

「いえ、これは……司様、頭を低くしてください。今度は“天狗(つぶて)”です」

「チッ……」

 司は煩わしそうに立ち止まると、両手で頭を覆ってしゃがみ込む。

 直後、バラバラと大小様々な石が大量に飛んできた。

 これに霞は司を守る為に上から覆い被さり、防御壁を作り出す。

 それがしばらく続いたが、およそ一分位で治まった。

 霞は防御壁を解くと、立ち上がる。

「もう大丈夫です、司様」

「フン」

 司は不愉快そうに立ち上がると、霞に礼も言うことなく先を行く綴が作り出す道を進み始めた。

 歩き続けること数十分、次は何やら声が聞こえてきた。

「ハッハッハ……ハハハハハ……!」

「笑い声……?」

 司は呟いて周囲を見回すが、誰もいない。

 しかしその低い声ながらも高らかな笑い声は、四方八方から聞こえる。

「大変申し上げにくいのですが、司様。ここは笑い返してください」

 霞の助言に、司は顔を顰める。

「あぁん!?」

「これは“天狗笑い”と言って、天狗の里が近いことを表しています。笑い返さなければ天狗の里への入り口も開かれず、この山からも閉じ込められて出られなくなります」

「てめぇが笑い返せばいいだろう」

「そうして差し上げたいのはやまやまですが、我々はもう既に天狗とは顔馴染み。これらは全て、初めてこの天狗山に足を踏み入れた司様への、天狗からの挑戦なのです。ですから司様が応えなければ先には進めません」

「ああ、ウゼぇ!」

 司は言って頭をわしわしと掻くと、その手を下ろし空を見上げて口を開いた。

「ハハハ……ハッハッハッハ!」

 心も何もこもっていない司の乾いた笑い声だったが、これに天狗笑いは更に大声で笑い返してきた。

「アーッハッハッハッハ!!」

 そしてそれきり、ピタリと笑い声は止んだ。

「……もういいか」

「ありがとうございます。もう目的地はすぐそこです」

 鬱陶しそうな様子の司に、霞は礼を述べると改めて三人は山を登り始めた。

 そして約五分ほど歩いた頃、目の前に大きな木が姿を現した。

 しかしその大木は、他の木と違って異形な姿をしている。

 枝が曲がりくねっていたり、根元の辺りには大型トラックのタイヤ程の大きさをしたコブがある。

「司様。このコブに手を当てて、“受け給う”と口にしてください」

「はぁ? てめぇがやればいいじゃねぇか」

「……司様。我々は今回、あくまでも紹介者としての付き添いの身。天狗に用事があるのは司様です」

 霞に言われて司は、短く溜息を吐くとその大木のコブに片手を当てた。

「――受け給う」

 すると突然、その大木は軋み音を立てながらねじれ始めた。

 これに司は一歩、後退る。

 元々ねじれていた根本が解け始め、すっかりねじれがなくなった時そこから洞穴が姿を現した。

「ここが天狗の里への入り口です。入りましょう」

「……」

 司は無言のまま黒い尻尾を一振りすると、先に穴の中に入る綴の後に続いた。

 潜るようにして穴の中に入ったかと思うと、突然目の前が拓けた。

 まず真っ先に目に飛び込んできたのは、いくつかの滝。

 寺のような建物はどうやら天狗達の家のようだ。

 それに東の方には寺院のような屋敷。

 中央には、約二メートル程の長さの火の粉が燻ぶる道のようなものがある。

 空を飛翔する数人の天狗。

 地上では子天狗がはしゃいでいる。

 司が立ち尽くしていると、一人の男の天狗が近付いて来た。

「陰陽師の藤原霞と巫女の綴か。今回は何用でこの余所者を連れてきた?」

「ええ。この度はお願いがあって来たの」

「お前がか?」

「いいえ。こちらにおられる……」

 ここまで言って、霞は口ごもる。

「お前は、妖怪か」

「ああ。人狼の雅狼八雲司(がろうやくもつかさ)だ」

 天狗の男に問われ、そう答える司。

「人狼が一体何しにここに?」

「……頼みがある」

「ほぅ。我ら、天狗に?」

「そうだ」

 あくまでも司は冷静で落ち着き払っている。

「とりあえず、まずその頼みとやらを聞かせてもらおうか」

「俺の封印された妖力を、解いてもらいたい」

「封印された妖力を?」

「お前ら天狗なら、どうにかできると聞いた」

「ふむ。何やら事情がありそうだな。良かろう。長を紹介する。付いて来い」

 そうして背を向けて歩き始めた天狗の後を、司は付いて行く。

 その後ろに、霞と綴も続いた。

 東の方にある寺院のような屋敷へと入って行く。

 どの天狗を見ても皆、山伏の衣装を着ていて当然ながら、翼がある。

 通りすがる天狗達は、司の存在に皆怪訝そうな様子だったが、これを司は一切気にせずに先を進んだ。

 やがて朱色の模様が施された、大きな鉄製の扉の前で男は立ち止まった。

「受け給う! 我は太郎坊(たろうぼう)である! 我らが長、僧正坊(そうじょうぼう)様との謁見を頼みたい!」

 すると扉の向こうで返事があった。

「太郎坊殿、受け給う!」

 すると大きな両開きの扉が、ゴンゴンと重々しい音を立てながらゆっくりと開いた。

 中には、だだっ広い境内のような通路の先に見上げるほどの広い階段があり、その上にはきらびやかに輝く金色の巨大な仏壇が設けられていてその前には、他の天狗とは一回り大きい天狗が片膝を立てる姿勢で座っていた。

 灰色の髪に、大きな鼻、やたら眼力のある双眸、手には羽団扇を持っている。

 さすがは本来、道心のない僧侶が天狗になるだけはある。

 仏壇の前でこうも偉そうにしている者はまず見られない。

 自らを“太郎坊”と名乗った男はその階段の前まで進み行く。

 司達も後に付いて行く。

「僧正坊様。紹介したい者を連れて参りました」

「ふむ。獣か」

 僧正坊と呼ばれた大天狗は姿勢を崩すことなく司を見下す。

「僧正坊様、お久しぶりでございます」

 霞が階段の前で跪くと、綴もそれに倣う。

「うむ。陰陽師と巫女よ。お前達の紹介か」

「はい」

 霞と綴が声を揃える。

 太郎坊と霞、綴が片膝を突いている中で、司だけはそうせずに立ったまま、僧正坊を睨み上げていた。

「威勢の良い小僧よ」

「そういう貴様こそ、ジジイ」

挿絵(By みてみん)

 僧正坊と司のやり取りに、ヒヤヒヤさせられたのは霞だった。

 大天狗の機嫌を損ねては叶うものも叶わなくなる。

 しかしこれに、僧正坊は声高らかに哄笑した。

「ガーッハッハッハ!! 大した度胸だ。して、お前はどこの誰だ獣の小僧」

 僧正坊に問われ、司は一切怯む様子もなく堂々と答える。

「俺は人狼国王弟、雅狼八雲司だ」

「ほぅ。人狼――大神国か。その我ら(あやかし)達の頂点の立場であるお前が、何を頼むと言う」

「この煩わしい妖力封印の数珠から、解放されたい」

 司は言うと、自分の首にある数珠に手を当てる。

「一体またどうしてそのようなことに」

「俺は人狼――大神乃帝に相応しい皇后を得る為、その候補だった田舎娘を殺した。結果、俺の双子の兄に妖力を封印され、二百年以上もの間幽閉されていた。それをこの虫ケラ共が脱獄させてくれて今俺はここにいる」

「ほぅ。大神の中で身内争いと。それは面白い。――良かろう。その妖力、このわしが解放しよう。蛇の道は蛇よ」

 僧正坊の言葉に、それまで険しい表情を浮かべていた司の、口角が上がる。

 早速、僧正坊のいる階段を登ろうと、司が一段目に足をかけた時だった。

 突然司は視えない力でふっ飛ばされた。

「!? 司様!」

 霞が慌てて司の元へ駆け寄る。

「ク……ッ! 何をしやがる!!」

 すると司の前に太郎坊が立ち塞がった。

「ただでそう簡単に頼みを聞き入れられると思うな」

「何だと……?」

 司は上半身を起こした姿勢で太郎坊を睨み上げる。

「貴様には今からある修行をしてもらう。頼みはそれを乗り越えられてからだ」

 この様子を見ていた僧正坊は、またもや愉快そうに哄笑するのだった。



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