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其の佰拾参:魂の記録



「とりあえず今のままでは后妃が危険だ。彼女を守っておかないことには、いずれ偽物と本物に気付いて白露(はくろ)が后妃を連れ去りに来るだろう」

「大丈夫だ。俺が――」

 千晶(ちあき)が口を開くのを、和泉(いずみ)が手で制する。

「念には念をだ。后妃が人狼の力を完全に手に入れてからの方がいい。今は戦うより、彼女を守って妖力を入手すべきだ」

 これに爛菊(らんぎく)も首肯する。

「爛は、千晶様が側にいてくれたらきっと犬神と戦える。せっかく自分の能力も思い出すところにまで至ったのだから、犬神のことは恐ろしく感じているけれど、千晶様が一緒なら爛はきっと犬神に逆らえる!」

「爛菊……」

 爛菊の力強い決意に、千晶はこれを受け入れた。

「そうだな。では、まずは住居を結界で白露の奴から隠さないと……」

 言いかける千晶に、紅葉(もみじ)が口を挟む。

「それさ。和泉と此花(このはな)に任せた方がいいと思うね。千晶の張った結界だと、きっと白露はお前の気配に気付くよ。お前の気配を感じれば、きっと爛ちゃんを探しに来る。だから神格妖怪である二人に結界を張らせれば、その神聖さが確実に爛ちゃんの居所を隠してくれるはずさ」

「しかし、此花はこの旅館から出られないだろう」

 紅葉の意見に、千晶がそう口にすると和泉がふと微笑んだ。

「それならもう大丈夫のようだ。この壱織(いおり)が此花の心を解放してくれたみたいだからね」

「え? 俺が? 俺は何もしてねぇぞ?」

 突然自分を名指しされて、壱織はキョトンとする。

「君が此花に愛されたと言うことだよ」

「あ……っ」

「妾は壱織の女になるのじゃ……」

 和泉に指摘されて言葉を失っている壱織に、年頃娘姿の此花は彼に腕を組んでくっついた。

「たった一晩一緒に過ごして、もう子供相手に愛を育んだのかお前は……まさか児童性愛者だったとはな」

「誰が児童性愛者だ!」

 千晶の少し呆れた言葉に、壱織は顔を赤くして言い返す。

「何だっていいさ。此花の束縛が解けたのならもう自由だろう。千晶達の家に行くよ。この丹鶴(たんづる)とデートのつもりでお前も付いて来な。此花」

「うむ!」

 紅葉に言われて、此花は嬉しそうにはしゃいだ。

「ガキまでを虜にするとは、大したナルシストぶりだな」

「うるせぇ!」

 千晶と壱織の言い合いを他所にして、爛菊が優しく声をかける。

「良かったわね。此花ちゃん」

「今でこそ小童扱いをされておるが、きっと壱織に相応しい女になってみせるぞよ!」

 そう答える此花の外見は、せいぜい十二歳くらいの容姿でしかなかった。




 こうして千晶と爛菊は、四人を引き連れて自宅に帰ると。

「随分お客さんを連れて帰ってきたねアキ。ランちゃん。お帰り。一体何ごと?」

 鈴丸(すずまる)が呆気に取られながら出迎えた。

 鈴丸も猫の集会で一晩空けており、少し前に戻ったばかりのようだ。

 鈴丸の背後から、雷馳(らいち)朱夏(しゅか)と飼い猫のテイルも出迎える。

「随分大人数じゃな」

「これだけの妖怪が集合すればこの家も伏魔殿ね」

 雷馳と朱夏がそれぞれ口にする。

「その通り。よって話は後。真っ先にこの家を結界で包もう。此花も頼むよ」

「分かっておる」

 和泉に声をかけられて、此花は首肯する。

 別に和泉一人でも大丈夫なのだが、せっかくもう一人の神格者である此花もいるのだ。

 神格妖怪二人がかりで二重の結界を張れば、確実に犬神ごときが嗅ぎ付けることは不可能。

 この家から漂う妖気すら消すこともできる。

 勿論、あくまで居所を隠すのが目的なので、住人の出入りは自由だ。

 和泉と此花が外で結界を張り終わるまで、他にすることのないみんなは家の中で待機することにする。

 朱夏が人数分のお茶を用意して、皆がリビングに揃う。

 そしてまだ何も知らない鈴丸と雷馳と朱夏の三人に、事の経緯を説明した。

 やがて話し終えた頃に、結界張りを終えた和泉と此花も家に上がってきた。

「話はもう済ませたかい?」

「ああ。改めて今回俺達の騒動に協力してくれて感謝する。和泉、此花」

 礼を述べる千晶に、和泉がふと小さく笑う。

「今更だろう」

「妾は主が愛しの壱織を紹介してくれた礼じゃ!」

 そうして自分にくっついてきた此花に、壱織は口元を引き攣らせる。

 そして改めて面識のない者同士、自己紹介をしている中で千晶に念話が届いた。

“兄上。聞こえますか兄上”

「ん。ああ。ちょっと弟からの念話だ。みんな自由にしていてくれ」

 千晶はリビングから立ち上がると、奥にあるダイニングの方に移動した。

 ダイニングとリビングは繋がっているので、どちらからも見通せる。

「しかし此花とわしは、何となくキャラがかぶっておるのぅ。ここはお主が変わってくれんか」

「何を言うか小童。妾はこの自分を変える気はないぞえ」

「小童って、お主も座敷童子じゃろうが!」

「阿呆。妾は主よりずっと年上であろうが」

「うぬぬ……!」

 雷馳と此花が言い合うのを、朱夏が楽しそうに口にする。

「あらあら、更に賑やかさが増したわね。まるで鈴丸君が大人に見えるわ」

「ちょっと朱夏さん。それってどういう意味!?」

挿絵(By みてみん)

「あーもう、うるせぇなここは!」

 反応を示す鈴丸に、鬱陶しそうにする壱織。

 一方、爛菊と紅葉は嶺照院(れいしょういん)の屋敷の話をしていた。

「屋敷は半壊したの? 呉葉(くれは)

「いや、もう半壊どころじゃないね」

「でもご当主様が死んでしまったのなら……」

「ああ。もう爛ちゃんはあの屋敷に縛られることはないさ」

 それぞれが言葉を交わし合う中で、和泉だけがニコニコと笑顔でみんなの様子を茶をすすりながら楽しんでいた。

 その時、やたらと大きく千晶の声が響いた。

「何! (つかさ)が行方不明に!?」

 これに爛菊がビクリと体を弾ませて顔を青くする。

“今はほぼ無力に等しい身なので、もしどこかにいるなら大変な苦労を負わされていると思いますが……とりあえず気配を探ってもどこにも……生死の判断すらつかないのです”

「無力の身でどうにかできるとは思えないが……そうか。俺からも意識しておこう」

“……お願いしますよ、兄上”

 意味深な間を置いてそう一言だけ述べると、(なぎさ)の念話は途切れた。

「ち……千晶、様……」

 振り返ると明らかに怯えている爛菊の様子に、千晶はふと小さく笑って見せながらリビングにいる爛菊の元へと戻る。

「大丈夫だ爛菊。仮に生きてどこかにいても、今の司にはお前ほどの力もない」

「それでも爛は、司様が恐ろしい……」

「その時は必ず俺がお前を守る」

 震える爛菊を、千晶は優しく抱きしめた。




「天狗山ねぇ……」

 司は車から降りると、鬱蒼と茂る山を見上げた。

 本来の妖力があれば、これくらい一飛びなのだが生憎今の司にはそれすらもできない。

 陰陽師、藤原霞(ふじわらかすみ)に従事する巫女の(つづり)が、ここまで車を運転してきた。

 綴はどちらかというと無口な方だが、霞を敬愛していた。

 彼女の為なら何でもする。

 二十四歳の綴は家事全般もこなし、3つ年下である二十一歳の霞の全ての面倒を見ている。

 喜怒哀楽が豊かでお嬢様感のある霞ではあるが、それを綴は文句一つ言わずに冷静に相手をしてきた。

 同性として綴は、霞を愛しているからこそだ。

 霞もそんな綴の気持ちを知っている。

 しかし今の霞は、信仰の対象であった司が目の前に現れたことにより、司は恋愛対象となったようだ。

 綴は霞が司を愛していることを知っている上で、それでも彼女を愛していた。

「申し訳ありません。ここから先は車が入っていけないので、自力での登山となりますが……」

「チッ……今の俺は、お前ら虫ケラと同様か」

 頭を下げる霞に、司は煩わしそうに首にある妖力封じの数珠に手を当てる。

「今しばらくの辛抱です。綴、先を歩いて司様が歩きやすいようにするのよ」

「かしこまりました」

 霞からの命令を受け、綴は山に入って先を歩き始める。

 間に司を入れる形で、その後から霞が続く。

 小枝を払い落とし、草を踏み分けて綴は進む。

 すると遠くから何か音が聞こえ、司はその黒い狼耳をピクリと反応させる。

 その音はどんどん近づいてきた。

 どうやら、大木が倒れてくるような音だ。

 警戒する司に、霞が声をかけた。

「司様、どうか怯んではなりません。このまま前進なさってください」

「怯んでなどいない」

 司が答えた直後、大木が倒れる気配を目と鼻の先で感じた。



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