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其の佰柒:空白の転生



「よく一目で俺が誰か分かったな」

「私も軽く千年以上は生きているからね。妖怪の情報はいくらでも入ってくる。特に(あやかし)の長である人狼のことは。大神乃帝(おおかみのみかど)

 千晶(ちあき)の言葉にこう男は答えると、ふと優しい微笑みを見せる。

 彼の美しさに思わず千晶は息を呑む。

「大神乃帝ともあろう者が、一体何しにここへ?」

「それは……」

 男に指摘されて、千晶は言い淀む。

 この様子に、鈴丸(すずまる)がサラリと口を開いた。

「奥さんのことで困ってるんだってさ」

「奥……? 確か人狼后妃は亡くなられたのではなかったか。今では大神乃帝一人で国を統べていると」

「何か複雑な事情があるみたいだよ」

 男の疑問に鈴丸が少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「まぁ、外では何だから、中に入りなさい」

 彼の誘いに鈴丸は軽い足取りで中へと上がり込む。

 千晶も結界を確認するように視えない壁に手を当てると、スィと通過した。

 主に招待された証拠だ。

 さすがは千年妖怪なだけあって、結界の質が高く清らかで透明度もある。

 まるで空気のようだ。

 おそらく人間は通過できるが妖、物の怪の類は、許されない限りは不可能らしい。

 男を先頭に、その後を行く鈴丸の背後に千晶も続く。

 そして男が用意した円座に、千晶と鈴丸は胡座を掻く形で座った。

 男もこれを確認してから、円座に腰を下ろす。

「ではまず自己紹介をしよう。私は神鹿(しんろく)鹿乃静香和泉(かのしずかいずみ)と申す者。この神社の神主をしている」

「和泉は神格化した妖怪なんだよ」

 鈴丸が間に口を挟む。

「これ鈴丸。大神乃帝も神格化妖怪だ」

「俺はまだ未熟者だけどな。五百年は生きないと神格化されない」

「うむ。だが人狼という種族そのものが神格化されていることには変わりない。さて、大神乃帝は?」

「俺は雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)だ。後は……和泉、お前が察する通りだ」

「ふむ。では千晶と呼ばせてもらうが?」

「構わない」

 和泉に訊ねられ、千晶はコクリと頷く。

「では早速本題に入ろう」

 和泉は言うとまたあの美しい微笑を浮かべる。

「実は……」

 千晶はゆっくりと口を開くと、これまでの経緯を話して聞かせた。

 どうして爛菊(らんぎく)が死んだのか。

 それ以来自分が独り身になった理由。

 待ち兼ねた爛菊の転生……。


「なるほど。だから大神乃帝ともあろう者が、この人間界にいるのか。しかし、それにしても一途にも程がある」

「悪いか」

「いや、その頑固さには周囲も大変だろうと思ってね」

 千晶の一言に、和泉はコロコロと軽やかに笑う。

「今は“嶺照院(れいしょういん)”という屋敷に住んでいて、俺が中に入ろうとしたら札の魔除けで弾き飛ばされた」

「しかしそれくらいの効力、お前が本気で破ろうとすれば容易かろう?」

「そうなんだが、ふと冷静に考えたらもし強行突破して爛菊をさらっても、人の身である彼女は俺に怯えて拒絶するだけではないかと思い、行動を改めて今は爛菊が通っている高校の教師をしながら見守っている」 

「クス、ストーカーみたい」

 鈴丸が小さく呟く。

「何だと!?」

「いや、何でもありませ~ん」

 威嚇してきた千晶に、鈴丸は両手を上げておどけてみせる。

「だが……確かに妙だな」

 和泉はポツリと口にして顎に手をやる。

 これに千晶と鈴丸は無言で和泉へと顔を向けた。

「分かっているように、生き物には輪廻転生と言うのがある。それはなぜかと言うと、その魂が生前やり残したことを渇望するからと言われている。よって転生すると言うのは、前世のやり直しなんだが千晶が言うように二百年間人狼后妃の転生がなかったのは、おかしいのだ」

挿絵(By みてみん)

 転生……生まれ変わりは魂の欲求によって決まる。

 つまり今の自分として生まれたのは、転生前に決定した己が魂の選択によるものだ。

 新たに生まれ変わって、前世でできなかったことを現世で行う。

 それは良い意味でも悪い意味でも。

 今の自分が選んできた人生の道は云わば魂の希望ということだ。

 魂は自分自身そのものであるのだが。

「確かに輪廻転生にはカルマと呼ばれる前世の因縁も関わってくる。例えば前世で悪い行いをすると、それが現世で自分に返ってくる。善い行いをすれば、幸せな現世が待っている。しかしそのカルマを理由に考えても、特に前世が妖の場合二百年後の転生とはあまりにも長すぎる」

 こう語る和泉の話を黙って聞いていた千晶は、一つ疑問が生じる。

「じゃあ何か。爛菊が人間に転生したのは、爛菊の魂による希望だとでも言うのか」

「ああ、否定はできない」

「そんな……!」

 千晶は愕然とする。

「ただ、二百年という空白がある。その空白で、人狼后妃の魂に何か起こったのではと言う疑いも生じる」

「何!?」

 項垂れていた頭を素早く上げる千晶。

「妖に転生した場合、前世の記憶が多少なりとも残っている場合があるが、人間に転生すると特別な例を除いては前世の記憶は初期化されるからな。一つ、手段がある」

「? 何の?」

 鈴丸がまたもや間に入ってくる。

「残留想念だ」

「残留想念!?」

 和泉の言葉に、千晶と鈴丸が声を揃えて繰り返した。

「ああ。魂に刻まれた、輪廻転生の記録だ。記憶などは廃忘されるが、先程も述べたように魂は経験を渇望する存在。死して魂だけになった時、刻まれた経験によって次の転生を選択する。その想念が表面化された時、初めて前世の記憶となる」

「……何かややこしいな。魂に刻まれた記録が残留想念で表面化されると、記憶になるのか? 廃忘されるのに」

 千晶はふむと考えこむように腕を組む。

「たまに人間の中に、前世と関係があった場所や物、人物などに触れた時、前世の記憶が甦る者がいる。それだ」

「ああ、僕もそのパターン知ってる~!」

 鈴丸がはいはいとばかりに挙手して見せる。

「この場合は、千晶。君だ」

「俺?」

「勿論、強引なやり方はおすすめしないが彼女との距離が近付いた時を狙って、交わるとかな」

「交わる……」

「キャー! いやらしい、アキったらぁ!」

 今度は両手で顔を隠し、片目だけ覗かせる仕草をする鈴丸。

「ナンパなお前に言われたくはない」

「エヘ!」

 千晶に指摘されて、次は両手で握ったこぶしを口元に当てておどける。

「和泉……お前どうやってこの鈴丸と知り合ったんだ?」

「私のこの本殿の軒下で、母猫が産み落とした仔猫のうちの一匹が鈴丸だった」

「なるほど。避けられぬ出会いだったわけか……」

 和泉と千晶は二人一緒に嘆息を吐いた。

「ちなみに名付け親は和泉なんだよ~!」

「そうなのか」

「父親である猫又族長に頼まれたものでね。ところで千晶。せっかくこの人間界に暮らし始めたのなら、頼みがある」

「?」

 突然真顔になった和泉に、千晶は軽く眉宇を寄せる。

「大神乃帝に頼むのも何だが、この鈴丸と一緒に同居してくれないだろうか」

「はぁ!? 突然何を!」

「生活の基本的なことは教えこんである。役に立つと思うよ」

 和泉は言うと、閉じた桧扇を口元に当てる。

「だいたい、狼と猫だぞ!?」

「でもこっちも、猫と鹿だニャン!」

 戸惑いを見せる千晶に、鈴丸が招き猫のようなポーズを取る。

「いいじゃん! せっかく和泉を紹介してあげたんだからさぁ~!」

「私も人狼后妃の転生についての助言をしてやったが?」

「な……っ!」

 鈴丸に続いてそう言ってきた和泉に、千晶は動揺した。

 だが、よくよく見ると今度は広げた桧扇で口元を隠している和泉の目の奥に、悪戯っぽい光を宿しているのが分かった。

「鈴丸は人間界育ちだから、こっちに住むのなら何かと都合がいい」

「とか何とか言いながら、俺に厄介払いする気なんだろう」

「どうにでも使ってくれても構わない」

「しかし仮にも猫又の王族だろう。いい加減な扱いは――」

 すると突然、鈴丸が千晶の首っ玉に飛びついてきた。

「そ~んなこと、気にしなくったっていいからぁ~!」

「ぐぐ……っ!」

「アキの面倒、僕が見てあげるニャン」

 鈴丸は言うと、千晶の耳にふと息を吹きかけた。

「わっ! 分かったからやめろ! 気持ち悪い!」

 千晶は自分の首に両腕を回している鈴丸を、バリっと引き剥がす。

「和泉聞いた今の!? アキ、分かったって!」

「了承してくれて感謝するよ千晶」

 喜ぶ鈴丸と、優しく微笑む和泉。

「その代わり、言ったからには扱き使うからな」

 千晶は半ば愕然とした様子で口にする。

「平気だよ~! 体力には自信があるのです!」

 鈴丸は敬礼ポーズをして見せる。

「それではよろしく頼むよ千晶」

 和泉はニッコリ笑うと、広げていた桧扇をパチンと閉じた。


 何だか一杯食わされた感が半端ない気持ちで、千晶は鈴丸を連れて人間界の自宅に帰った。

「二世帯住宅?」

「深い意味はない。単純に広い家が良かったからだ」

 鈴丸の言葉に千晶は答えながら、玄関の鍵を開けると中へと彼を招き入れた。

 そこに広がっていた光景は。

 散らかりまくった室内だった。

「俺は片付けを教わったことがなくてな……」

「うわぁ~、やりがいありそう」

 二人して、散らかった室内に佇んでいた。



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