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其の佰陸:初めての出会い



 中学を卒業し、高校生になった爛菊(らんぎく)を常に見守れるように、千晶(ちあき)は教師となった。

 そして嶺照院(れいしょういん)の屋敷に爛菊が帰ると、千晶も気付かれないように付いて行き、庭の茂みに狼姿で身を隠し彼女が眠るまでそこにいた。

 爛菊が寝入るのを確認すると、千晶は人間界に用意した自分の家へと帰る、そんな毎日が続いた。

 その中で千晶が分かったことは、爛菊に一切の表情がないことだ。

 日を重ねるごとに違った表情もあるだろうと思っていたが、彼女はまるで日本人形そのものだった。

 感情さえも表に出そうとしない。

 学校ではいつも一人で、必要以外に口を開くことはない。

 嶺照院の関係者と言うだけで、学校関係者は生徒を含めて近寄りがたい高嶺の花の存在のようだった。

 前世での爛菊は喜怒哀楽が豊かだったのに。

 一体どういう育ち方をすればこんな人形のように成長するのかと、千晶は不思議に思っていた。

 学校以外の時は常に爛菊は嶺照院の屋敷に身を置いて、いろんな習い事を仕込まれているようだった。




 ある日のこと。

 生物学教師をしているので白衣を着ている千晶が、二階の渡り廊下を歩いているとふと中庭に、一人しゃがみこんでいる爛菊を見つけた。

 もう授業が始まっている時間帯なのに、こんな光景は珍しい。

 彼女が授業をサボっているとは。

 よく見ると、何とあの無表情の爛菊が薄っすらと微笑んでいるではないか。

 一体何ごとかと、千晶は渡り廊下にしがみつくようにして身を乗り出して確認すると、爛菊の足元に何かがちょろちょろとまとわりついている。

 どうやら猫のようだ。

 野良猫がこの学校の敷地内に迷い込んだのだろう。

 今まで一切動物と関わっている爛菊の姿を見たことのなかった千晶は、本来表情のない彼女が微笑を浮かべているのが、優しい感情を持ち合わせているのだと新たに知ることができた。

「爛菊……」

 思わず千晶は、小さく彼女の名を呟く。

 だが、薄っすらと何かを感じた。

 少しずつではあったが、膨れ上がるような気配……妖気だ。

 咄嗟に千晶は猫を凝視すると、その猫の尻尾が二本あるではないか。猫又だ。

「嶺照院!」

 千晶は渡り廊下から叫んでいた。

 普段はとぼけた言動を演じている千晶なのだが。

 これに爛菊はビクリとして、千晶がいる方へと振り返る。

「今は授業中だろう。何をやっている!」

 千晶の言葉に、爛菊は軽く頭を下げてから何事もなかったように立ち上がり、校舎の方へと消えて行った。

 そこに残された二又の三毛猫が、千晶を見上げてニャンと鳴いた。

 千晶は二階の渡り廊下から飛び降りると、三毛猫の方へと大股で歩み寄った。

「何しにここにいる猫又!」

「ナンパ」

「……は?」

 三毛猫が発した言葉に、千晶は顔を顰める。

「いやぁ、猫もいいけどたまには人間の女の子もいいなと思って。ねぇ、見た見た? 今の女の子。物凄く美人だったよね!」

 興奮気味の三毛猫に、一瞬呆然としてから千晶は溜息を吐いた。

 どうやら害はないらしい。

「あの子には近寄るな。いずれ俺の物になる女だ」

 これに三毛猫は金と青のオッドアイをキョトンとさせる。

「あんたも(あやかし)だろう? 妖が人の子に惚れてるの?」

「元々俺の妻だった」

「でも、あの子人の子じゃない。どういう意味?」

「お前に話すことは何もない。とにかく他所へ行け。シッシッ!」

 千晶は好奇心旺盛な三毛猫を煩わしがって、手を振り払う。

「あんた、この学校の教師をやってるの? 妖なのにどうして?」

「あーもう、うるさい」

 千晶はうっとおしがって校舎へと歩き始める。

挿絵(By みてみん)

「妖が人の子とは一緒になれないよ」

 三毛猫もテクテクと千晶の後を付いて来る。

「なったとしても、覚悟が必要になるよ。人の子の命は短いから」

「分かっているそれくらい! だがあの子の前世は妖で俺の妻だった。思いがけずに人に転生してしまって俺もどうすればいいか悩んでいるところだ」

 千晶は三毛猫からの指摘に、つい答えてしまった。

 これに三毛猫は驚いた様子で立ち止まる。

「じゃあ、あの子の魂は妖ってこと?」

 しかし千晶は、無視して校舎の中へと行ってしまった。

 三毛猫は、そんな千晶の後ろ姿を呆然としながら見送っていた。




 下校時間になり、生徒達がゾロゾロと校舎から溢れてくる。

 中には部活などの生徒もいたが、爛菊は全ての習い事を嶺照院の屋敷で行うため、校門前で待機している送迎車に乗り込みいつも通りに帰路に着いた。

 それを確認して、千晶も嶺照院に向かおうと校門を出た時だった。

「かーれし! どこ行くの?」

 今どき時代を感じさせる言葉をかけられて、千晶は振り返る。

 するとそこには、茶髪で金と青の目をした好青年が笑顔を見せて、千晶にヒラヒラと手を振っていた。

「……昼間の猫又か」

「ねぇねぇ、良かったら僕と付き合わない?」

「あいにく俺にはそんな趣味はない」

 千晶は断ると、その青年に背を向ける。

「妖の魂を持ってるっていうあの人の子を、どうにかできる妖怪を紹介してやろうと思ったのに」

「何だと!?」

 これに思わず、千晶は改めて振り返った。

「僕はこの人間界で生まれた、族長の息子でさ。結構この辺を縄張りにしている妖怪に詳しいんだよね」

「ほぅ。それは心強いな。お前、名は何と言う」

「ふふん。僕は猫俣景虎鈴丸ねこまたかげとらすずまる。あんたは?」

「……俺は雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)だ」

「雅狼……? へぇ! あんた、人狼国の王室の人なんだ!」

「妖怪業界について知識人だな」

「一応僕も王家の立場だしね~!」

 鈴丸は片手を後頭部に当ててから笑顔を見せる。

 とにかく笑顔の多い、そしてまたとても笑顔が似合う人懐っこい猫又だった。

「じゃああの人の子、前世は人狼だったってわけか。アキの妻だったと言う」

「ア、アキ?」

「そう。千晶だから、アキ」

「お前のような馴れ馴れしい奴は初めてだ」

「エヘヘ~!」

「いや、別に褒めていない」

 鈴丸の反応に、千晶は呆れる。

「では鈴丸とやら。俺をその妖怪に紹介してくれ。ちなみはその妖怪の種族は何だ」

神鹿(しんろく)だよ」

「神鹿……鹿か」

「鹿だからってバカにはできないよ。そいつ、千年妖怪で神鹿の王だから」

 鈴丸は言いながら歩き始めた。

 千晶も一緒に歩き出す。

「千年……俺より遥かに年上だな」

「アキはいくつなの?」

「三百二十六歳だ。お前は?」

「僕は百十六歳」

 鈴丸は答えると身近な建物の屋根へと、身軽に飛び上がる。

 千晶も後に続く。

「少し距離あるから、このまま屋根伝いで行くよ。見失わないよう、しっかり付いてきてねアキ」

「心配無用。これくらい容易い」

「そ。じゃあ、スピードアップするよ」

 鈴丸は背後にいる千晶へと声をかけると、疾走を始めた。

 これに千晶も同じく鈴丸の後を追った。


 数十分ほどで目的地に到着した。

 真っ赤な大鳥居が二人を出迎える。

 そこには金文字で“鹿乃(かの)神社”と書かれた看板がかかっていた。

 鳥居をくぐると、今度はたくさんの野生の鹿が出迎える。

 と言っても、鹿達は普通に草を食んでいたが。

 これに思わず千晶はゴクリと喉を鳴らす。

「もう、ヤダなぁアキったら。ここの鹿を食べたら殺されるからね!」

「そうか。つい……」

 鈴丸に指摘されて、千晶は己の食欲を恥じる。

 本殿に到着すると、既に開け放たれている入り口へと、鈴丸は図々しく中へと身を乗り出す。

和泉(いずみ)ー、いるー?」

 鈴丸の気安い行動に、千晶もつられて中へ入ろうとしたが。

 視えない壁にバシッと弾かれてしまった。

「ちょっと! アキ焦りすぎ! 僕はともかくアキはここに来たのは初めてなんだから、ここの主に招かれない限り中には入れないよ。迂闊に結界に触れたら肉体が細切れになるからね。まぁでも、アキほどの立場なら大丈夫みたいだけど」

「むぅ……」

 鈴丸に注意されて、千晶は押し黙る。

 すると奥からこちらへ歩いてくる気配を感じた。

「鈴丸。お客さんを連れてきたのかね?」

 その言葉とともに、一人の神主姿をした男が姿を現した。

 真っ白い髪を腰まで伸ばした蒼い目の美しい顔をした男だった。

 男は千晶へと視線を向けると、ふと微笑を浮かべる。

「これはこれは。人狼国の帝か」

 凛とした声で、会ったこともないのに男はすぐに千晶が何者なのか、言い当てた。



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