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其の佰参:帝の決意



「捕まえた」

 肘置きに頬杖をした姿勢で、狗威獣右衛門白露いぬいじゅうえもんはくろは不敵な笑みを浮かべた。

 目の前には自分の視線の高さまで掲げた片手に、水晶球がある。

 水晶球の中には、白くて小さな丸い発光体が漂っていた。

 爛菊(らんぎく)の魂だ。

「大神の魂を手に入れてやったぞ……」

 白露は腹の底から込み上げてくる喜びで、声が上ずっている。

 身分なんてどうでもいい。

 “大神”である魂であれば。

 だがどうせ手に入れるなら、大神の帝が大切に想っている存在の魂がいい。

 それが爛菊だった。

 先代の皇后の魂を初めは入手しようとしたが、さすがは長年に渡り大神――人狼族の皇后をしていただけに、手に負えなかった。

 また、自分で手を下すよりも人狼族の仲間からやられる方が、内部から大神族を崩壊させることもできて一石二鳥だ。

 幸いにも、(つかさ)が爛菊を嫌悪しているのが解かり、彼を白露の思い通りに動かすには丁度いい人材だった。

 爛菊の魂はまだ皇后の証を入手しておらず、尚且つまだわずか百七年しか生きていない若さ。

 白露が捕らえるには都合の良い存在だったのが、爛菊だった。

 しかしまだ計画は始まったばかりだ。

 最終段階になるまで、よく熟成させる必要がある。

「今はまだ使う時ではない。まずは百年かけて人狼であった頃の記憶を忘却させ、もう百年で人狼の力を排除してようやく利用価値となる……クックックック……!」

 白露は嬉しそうな表情で、爛菊の魂を封じ込めているその水晶球の表面を、ペロリと舐め上げた。

 長年を生きる妖怪にとっては、数百年など大した時間ではない。

「二百年後、お前を改めて俺色に染め上げ、この犬神族の中に大神の血を取り込んでやる……」

 犬神族の城内に、白露の高らかな笑い声が響き渡った。




 一方変わって人狼族の城。

 二十畳ほどの部屋には布団が敷かれ、爛菊の遺体が横たわっていた。

 その脇には、雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)が寄り添うように座っている。

 何も言わない。

 何も語らない。

 ただただ黙って、千晶は瞳が閉ざされた爛菊の死に顔を見つめていた。

 静けさだけが、この空間を包んでいる。

 そんな中で、静かな足音が近付いてきて部屋の前で止まった。

「……(おぼろ)にございます。帝」

「……」

 返事のない障子の前で片膝を立て、もう片膝を突いた姿勢で朧は顔を伏せている。

「……この度は、(それがし)が側にいながら悲惨なる事態を起こしてしまい……痛恨の極み。真に申し訳ありませぬ」

 朧の声には、落胆ぶりが含まれていた。

 数秒おいて、障子の向こうから微かな声が返ってくる。

「お前が悪いんじゃない」

「しかしながら此度の件……某は如何なる処遇を受ける覚悟でございます」

「何度も言わせるな。お前が悪いんじゃない」

「……」

 あくまでもそう言い張り、決して自分を責めようとはしない千晶の態度が朧はいたたまれずに、更に無言のまま深く頭を垂れる。

 千晶は白布を手に取り爛菊の顔にかぶせると、スと立ち上がり障子を開けた。

「司の所へ行く」

「は」

 千晶が部屋から廊下に出ると、朧は静かに障子を閉めてから立ち上がり、彼の後ろを付いて行く形で二人一緒に歩き出した。


 地下牢獄の中で、まだ意識を失っている司の首には紫色の蛍石でできた数珠が付けられていた。

 それは司の双子の兄、(なぎさ)が“念糸”と呼ばれる、妖力を糸のように細くして繋ぎ合わせられた数珠だ。

 渚しか解けなくなっている。

 これに人差し指と中指を当てて、呪文を唱える。

「オン アミリタ テイゼイ カラウン」

 すると前部に一つだけある勾玉型の蛍石に、ボウと金色の梵字が浮かび上がった。

 直後、微かな呻き声とともに、司が目を覚ます。

「んぅ……」

「……目覚めましたか司」

 渚はしゃがみ込んだ姿勢のまま、固められた湿土の上で横たわる司を覗き込む。

「ああ、渚か……」

 双子の兄の姿に、司は安堵した様子でゆっくりと上半身を起こす。

「ここは……」 

 そうして周囲を見回す。

「自分が何をしたのかを、憶えてますか」

「……」

 しばらく沈黙の後、司はクッと喉を鳴らして微かに口角を引き上げた。

「ああ。あの田舎娘を始末してやった。ったく、朧……あのクソジジイの奴、よくも王弟であるこの俺を……」

「彼の判断は正しかったですよ。何せお前は、皇后である爛菊妃を殺害したのですから」

「フン。あんな小娘を皇后になど俺は認めてなかった。それにあくまでも候補であり、皇后の証もまだ手に入れていない内は、所詮城内を彷徨く野蛮女に等しい。だから、殺してやったんだ」

 司は一切悪びれる様子もなく語ると、片手を上げ黒くて鋭い爪を立てて見せる。

「どんな事情であれ、立場であれ、あくまでももう皇后の立場になった彼女を殺めたのは、重罪ですよ司」

 渚は険しい表情で言い放つ。

「フン……」 

 渚の説教を鼻で笑い飛ばしてから、ふと何かに気付いて司は首に手を当てる。

「……何だこれは」

「……」

挿絵(By みてみん)

 無言を返す渚に、司は自分の首にある蛍石で出来た数珠をつかんだ。

 途端、司の身に激しい電流のような衝撃が走り、短い声を上げて倒れこむ。

「何……っ、何だこれは! 何の真似だ! 渚、まさかお前がこれをつけたのか!?」

「ええ、そうです。残念ながら司、お前の妖力は封印させてもらいました」

「ク……ッ! よくも!」

 司は跳ね起きると渚に掴みかかる。

 だが、渚は司の胸元に手を当てるとまるで赤子の手をひねるかのように、安々と彼を地面に押さえつけた。

「クソ……ッ! 力が……!!」

「あるわけがありません。妖力を封印された今のお前は、無力に等しい」

「渚てめぇっ! 一体何のつもりだ!!」

「残念ながら司。お前は罪人としてこの地下牢に囚われたのですよ」

「罪人だと……!? ふざけるな! あんな身分のない女を始末した程度で、王弟の俺にこんな仕打ちをすると言うのか!!」

 すると二つの足音が近付いくるのに気付く。

「実に残念ですよ司」

 渚はふと悲しみの表情を浮かべると、立ち上がり牢の外へと出て錠をかける。

「おいっ! ここから出せ渚!!」

 司は牢を手に掴んで訴えたが、渚は沈痛な面持ちで顔を背けた。

 やがて二つの足音が牢獄の前で止まった。

 千晶と朧だった。

「兄者! どうして俺を――」

「それはこちらの方だ。司、どうして爛菊を殺した」

 落ち着いた口調ではあったが、千晶の声には怒気が含まれている。

「あんな女に皇后の器はねぇからだよ! あの程度の器に皇后の証を与えても、充分な力を発揮できずに持て余すに過ぎねぇことは目に見えてる! だからだ! もっと身分のある女であれば、そんな心配はねぇ! だが兄者はそうしようとはしなかった! いっそあの女さえいなくなれば、新たな女を充てがうことができるだろう!」

「そんなことでか」

「あ!?」

「そんなことで……爛菊を殺したのか!」

「ああ! そうだ! 分かったら今から身分ある女を――」

「断る」

「……何だと……!?」

「俺の妻は爛菊ただ一人だ。今までも、そしてこれからもずっと。だから俺は、独り身を選ぶ」

 これに司は愕然とした。

 まさか独り身の道を選ぶとは、考えもしなかったからだ。

「俺が何の為にあの女を殺してやったと思ってんだよ兄者! 身分ある女を用意して、今すぐにでも皇后を迎えてくれよ!!」

「俺にとって爛菊以外の女は必要ない」

「じゃあ……帝一人だけとして、今後この国を治めようってのかよ!?」

「ああ、そうだ」

「そんなの無理に決まってんだろう! 考え直せ兄者!!」

 だが千晶は、司へと背を向けた。

「もうこれ以上、お前と話すことは何もない。朧、牢獄に結界を張ってくれ。念には念をだ」

「御意」

「何でだ兄者! どうしてなんだよ兄者ぁっ!!」

 だが司の訴え虚しく、千晶が何も答えなくなった中で朧は、二重三重にと牢獄に結界を張り始めた。

「おいやめろ! 俺の言うことが聞けねぇのかよこのクソジジイ!!」

 司の暴言に何の反応も示さず、無言で結界を張り続ける朧。

 そしてある程度結界を張り終えた時、一人の家臣が走り込んで来た。

 千晶達の前へと来ると、急いで跪く。

「帝、申し上げます!」

 しかしこれも千晶は無反応だったが、代わりに渚が答える。

「どうしましたか?」

「はっ! 国内に広がっていた祟り地が、次々と消滅しております!!」

「それは真か」

 今度は朧が尋ねる。

 すると牢の向こうで司が含み笑いを始めた。

「そもそもこの為にあの女には、生け贄になってもらったんだよ」



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