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其の佰壱:人狼族の真の立場



 二百年前の人狼国は、不穏な空気が流れていた。

 ここ数年、やたらと多くの人狼が謎の病で死んでいくのが、目立ち始めていたからだ。

 そして何よりも、あちらこちらに(たた)り地と呼ばれる、瘴気に満ち溢れる箇所が増えていたのだ。

 人狼国内がこのように変わり果てていったのは、人狼国の先代帝と皇后が何者かの邪気によって死んでからだ。

 急遽、その息子で長男である千晶(ちあき)が帝の座に就き、自動的にその妻である爛菊(らんぎく)も皇后となったが。

 これに納得していなかったのが千晶の弟、(つかさ)だった。

「あんな身分の欠片もねぇ田舎娘を皇后の座に治めるのは、俺は絶対に認めねぇ!!」

「落ち着きなさい司。どんな立場であったとしても、彼女は兄上が選んだ女性です。受け入れなさい」

 司の双子の兄、(なぎさ)が怒りを露わにする弟を宥める。

「冗談じゃねぇ! ただでさえ今のこの国は危うくなっているのに、あんな小娘に一体何ができる!!」

 怒鳴るや司は壁に拳を叩き込む。

 するとまるで豆腐のような脆さで穴が空き、彼の拳を貫通した。

「兄者はこうまで国に危険が及んでいるにも関わらず、危機感がまるでねぇ! 自分の立場もわきまえずにあんな田舎娘に(うつつ)を抜かしていやがる! 身分もねぇ小娘に皇后の座が務まるものか! あんな女に皇后の力を受け継ぐ器はありゃしねぇ!!」

「これも兄上が爛菊さんを選んだ性。彼女の耐性を信じるのみです」

「フン……そんな悠長なこと、言ってらんねぇよ渚。お前も内心、正直不安を感じているはずだぜ?」

「……」

 司に指摘されて、渚は視線をそらして押し黙る。

「ほら、やっぱりな。資格もねぇ奴が皇后の力は受け止めきれねぇよ。ある意味兄者も酷いことをしやがるもんだ」

 司は皮肉な微笑を浮かべると、壁から手を引き抜いて部屋を出て行こうとした。

「待ちなさい司。どこへ行くのです」

 これに司は足を止めると、振り向くことなく答えた。

「査察だ。これが俺の役割だろうが」

「そう、ですか……」

「渚。俺はな。兄者以上にこの国のことを心配してんだよ」

 司は吐き捨てるように言うと、大股歩きで部屋を後にした。


「ったく。どいつもこいつも、めでてぇ頭していやがる。国を治める帝と皇后が……父君と母君が邪気で取り殺されたと言うのに……」

 司は黒狼の姿となって人狼国の空を疾駆していた。

 よりにもよって人狼国が何者かに呪われるとはどういうことか。

 人狼族は、(あやかし)の頂に立つ存在であるにも関わらず。

 あらゆる妖を疑ってみたが、どれも違っていた。

 正体が知れないまま今に至っていることに、司は苛立ちが募っていた。

 その時、何か奇妙な臭いを察知した。

 司は臭いを辿って低空飛行していく。

 すると目に入ったのは、血塗れで倒れている人の姿だった。

 何もない、剥き出しの岩場だ。

 司は着地すると人型に変わる。

 司の気配に気付いて、その者は呻き声を漏らした。

「何だ。まだ生きてんのか――って、お前……まさか人間?」

 司は歩み寄ると片膝を突き、その者を覗き込む。

 直後、身に覚えのある別の臭いを感じ取る。

「この臭い……まさか」

「ぃ……犬……神、に……」

「何だと……!?」

「我が家で祀っていた犬神に……やられ、た……」

「祀っていた、犬神……!?」

 しかし男は、口から血の泡を噴き出しながら事切れた。

 なぜだ。なぜ犬神に逆らわれた、ただの人間がこの人狼国にいる?

 だが、司の思考を邪魔するかのように突然人間の死体は一気に腐敗したかと思うと、内側からドッとウジ虫が溢れ出てきた。

挿絵(By みてみん)

 直後、紫色に淀んだ空気が周囲に広がり始める。

「瘴気!?」

 司は手の甲で口を覆うと、素早く大きな一歩で後ろへ飛び退く。

「これが、祟り地の正体か……! クソッ!!」

 道理で正体が解らなかったはずだ。

 よりにもよって、人狼国を揺るがしていたのは身内とも言うべき配下の妖、犬神だったのだ。

 まさか味方と思って気を許していた存在が犯人だとは、気付きもしなかった。

 司は直ちに犬神族の国へと、単身乗り込んだ。


狗威獣右衛門白露いぬいじゅうえもんはくろはいるか!」

 司は犬神族の城を守る手下の手を振り切り、御殿へと突き進む。

 襖が連なる部屋を次々と開け放ち、最後の襖をスパンと開けると二人の裸の女がキャアと叫んで、司の脇を通って逃げ去って行った。

「これはこれは司様。突然の来訪とは、ご連絡頂ければこのようなお見苦しいところを見せずに済んだものを」

 全裸姿の中年男は卑しい笑みを見せると、手元にあった着流しを上から羽織る。

「何をぬけぬけと!」

「そのような不機嫌な態度をされてはこちらも戸惑ってしまいますよ。いかがなされましたかな?」

「とぼけるな! もう俺は気付いているぞ! いちいち皆まで言わせる気か!!」

「ほぅ……」

 これに白露は目を細める。

「一体どういうつもりだ白露! 覚悟はできてんだろうなぁ!?」

 しかし白露はキセルを取り出すと、悠然と一服を始めた。

「その前に、理由が知りたいでしょう司様。なぜ忠義を尽くす立場である我々犬神が、あんたらに歯向かっているのか」

「我が父君と母君までを殺したからには、相当な理由なんだろうなぁ!?」

 腰を下ろしている白露へと歩を進めると、司は仁王立ちで白露を見下し牙を剥く。

「司様も知ってのことですが、我々犬神族が人間から受けている仕打ちですよ」

「あぁん? 何を今更」

「酷いと思いませんか」

 白露は胡座をかいた格好で紫煙を燻らす。

 犬神がこの世に誕生したのは、実は人間の手によるものだ。

 人間はその叶わぬ欲を実現させたいが為だけに、犬を捕らえて餌を与えず飢餓状態にして食の欲を煽る。

 犬は生き延びたい上で必死だが、更にそれを利用して首を斬り落として殺すのだ。

 食欲も満たされず、生きることも叶わぬ犬の霊はその人間に憑依して欲を満たそうとする。

 これを人間は己の願望を叶えると信じて骨や、もしくは腐敗させて湧いた蛆を器に入れて祀ったり、もっと強力な願望を備えるとして斬り落とした犬の頭を埋め多くの人々に蹂躙させたり、犬同士を殺し合わせて最後に生き残った犬に魚を与えて斬首し、その残った魚を人間が食うなどといったあらゆる残酷な手法で犬神を生み出し、神として祀ったのが犬神の始まりだった。

 だが長年経過し数を増やした犬神達は、人間の信仰心なくしても個々それぞれが独自の力を持つようになってからは、己を祀っている人間に逆らい噛み殺すまでに至った。

 そして今度は逆の立場となって今現在、犬神族が人狼国に対して実行しているのだ。

「だがおかげでてめぇら犬神が存在してんじゃねぇか」

「独立」

「あ?」

「元々ただの犬であった我々を妖にまでした人間から独立したいんですよ」

 白露は言うと、灰受けにポンとキセルの中身を落とす。

「それでどうして俺らの国を標的にした」

「こんな仕打ちを受けている我々犬神族を、下賤妖怪と見下しつつも手下として扱っているあんたらが憎くなってね」

「そいつはただの妬みだろうが。本来、犬の祖は俺ら狼だ」

「だがただの狼じゃない」

 これに司は眉間を寄せる。

「……何が言いてぇ」

「あんたらは妖の中の最高統率者、“大神(おおかみ)”でもあるだからだ」

 白露は下から鋭い視線で司を見上げながら、手の中にあるキセルをクルリと回転させた。



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