選択
『召喚妨害』で呼ばれてしまった少女(?)が、どんな事を考えていたか。そういう短い話です。
『おい野坂、おまえ「朝おん」って知ってるか?』
『は?なんだそれ?軽音楽部の漫画のパクリか?』
『違う違う。目覚めたら女の子になってましたって萌えシチュの事だよ』
『は?いや、それのどこが萌えシチュだって?』
意味のわからない話だった。
だいたい、目覚めたら女になってたって事はその前は男って事だろ?俺はそっちの気はないぞ。
『そうじゃないって。これは読み手の一人称なんだよ。つまり自分自身が女の子になってしまうという……』
『馬鹿野郎、自分が女になって何が嬉しいんだよ。自分が男じゃなきゃ話にならねえだろうが』
『ん?それはそれで擬似百合って事でいいんじゃねえか?』
『ふざけんな』
俺は同性愛ネタって嫌いだ。
いや、よそさまの性癖に文句をつけたいわけじゃなくて一般論ね。つまりだ、野郎が薔薇ネタを気持ち悪いと思うくらいには少なくとも、女から見れば百合ネタは気持ち悪いんじゃねえのかって事。
もちろん、俺自身がそういうの好きなんなら仕方ない。だけど、好きでもない趣味を話題にした事が原因で、肝心の女にモテなくなるのは勘弁して欲しいんだ。それでなくとも彼女いない歴イコール年齢なんだぜ?これ以上マイナス要素なんていらねえっつの。
ダチとの長通話を止めた俺は、そのままIP電話を終了させた。もう寝るからな。
明日は実家に帰る事になっていた。実はな、長いこと疎遠だった妹と最近、行き来が増えたんだよ。両親の死がきっかけだったんだけど、妹の結婚相手とも初めて挨拶した。そこではじめて、妹たちの住んでる場所が意外に近い事を知り、そして妹の子供らとも仲良くなる事ができたんだ。独身の俺は今も車でなくバイクなもんで、一番下の姪っ子には「バイクのおじさん」とか呼ばれてな。おじさん呼ばわりされて嬉しかったのは、はじめてだよなぁ。
そう。明日はその下の姪っ子の誕生日なんだ。ちょっと荷物が多いので妹に相談して別便で宅急便にしてあるんだけど、これも問題なく営業所まで来てるのを確認ずみ。ははは、俺が小さい子へのプレゼントにこんな夢中になるなんてなぁ。
さ、ワクワクするけど寝よう。でないと、眠そうな顔をあいつらに見せられないからな!
おやすみ。
「おはようございます。おかげんはいかがですか?」
「……はい?」
そして目覚めると知らない部屋。目の前には……メイドさん?
ちょっとまて。
いったい……何がどうなったんだ?
困惑する俺に、自分はメイドだというその女性は「申し訳ありません。今、ご主人様をお呼びしますので、少しだけお待ちいただけますか?貴方様の疑問には、ご主人様が全てお答えいたしますので」なんていうんだ。
いや、待ってくれ。ちょっと待て。
俺、自宅で寝てたよな?なのにどうして、こんな中世の王宮みたいなとこで天蓋つきのベッドで寝てるんだ?なんだここ、噂にきくメイド喫茶とやらの一室か?いやいやそんなバカな。
それに、この手。いつから俺の手はこんな綺麗なツルツルになった?まるで子供の手だ。
髪の毛もだ。俺、こんな髪の毛伸ばした事ないぞ。黒髪なのはいいとして、肩にかかるどころじゃない長さなんだが?
やがて、誰かが走るような気配がして、部屋の入り口らしいところからなんか、中世ヨーロッパか何かの演劇みたいな衣装をまとった、初老のおっさんが入ってきた。
「おお、目覚めたか。よかったよかった、とりあえず一命はとりとめたのだな」
なんか、一部に聞き捨てならない言葉が混じっているが、とにかくおっさんはそう言った。
「おそらく、色々と聞きたいところだらけだと思う。だがその前に君の体調について聞かせて貰わねばならないのだよ。何しろ君は、一度死んで生き返ったに等しい状態なのだからね。可能な限りの処置をしたが、万が一の事があってはならない。すまないが了解してくれるかね?」
「あ、はい」
正直、わけがわからなかった。おっさんの言う通り、聞きたい事だらけだった。
だけど、俺もガキじゃない。きちんと丁寧に筋を通してくる相手に噛み付くつもりはなかった。それに、どうやらこの全員のおかしな違和感やら、知らない場所での目覚めも、その『一度死んで生き返ったに等しい』とかの事情と関係があるように思えた。
だから俺は、尋ねられるままに質問に答えた。体調や何やらに始まり、果ては名前とか職業などに至るまで。
「なるほど。うん、問題なさそうだね。ありがとう感謝するよ」
「とんでもない」
おっさんは優しげな目で頷くと、そして姿勢を正した。
「今度は君が儂に質問する番になるが。その前にまず、今の状況について説明させてもらおうと思う。
おそらく、君は信じられないだろうと思う。半端でないショックも受けると思う。だが、他ならぬ今の君の体自体がその証拠だし、そして我々は君の治療のために全力を尽くした。これだけはわかってほしい。一切の悪意なく治療行為を行った事、これをこの私、第644代魔王領主、キルナ・ラーゼの名にかけて誓う」
「……まおう、ですか」
「そう、魔王だ。もっとも我々にとって魔王とは、魔族の国を治める王という以上の意味は持っていないがね」
はぁ、そうですか。
正直ふざけんなと思った。何をデタラメ抜かしてるんだと。なんのドッキリかと。
だけど、なんとなく俺にはわかった。おっさんの言葉が嘘じゃないって事が。
後にして思えば、それは俺の中の魔道士としての才能ってヤツのせいだったんだろうね。もちろんこの時はそんな事知りもしなかったわけだけど、それでも「嘘はついてないらしい」っていうのは理解できた。
「それじゃあ魔王様、いや、こんな呼び方してかまわないんですかね?なんかすみません」
「かまわないとも。なんなら名前でもいいが。君はこの国どころかこの世界の者ですらないのだから、そもそもこの世界の上下関係とは無関係なのだからね」
「……そうですか」
この世界の者ではない、か。
信じられない話だけど、確かに嘘じゃないみたいだ。俺は異世界ってとこに来ちまったのか。
でも、なぜだ?
「それじゃ質問なんですけど、どうして俺はその、異世界ですか?そんなとこにいるんでしょう?しかも、なんか生死の境を彷徨ったあげくに助けられたって事ですよね?いったい何で?」
「それなんだがね……」
おっさん……魔王様は何とも情けないと言わんばかりに眉をしかめた。
「君はね、この世界の人間たちによって召喚されたんだよ」
「召喚?俺なんかを?わざわざ?いったいなんのために?」
「さて、儂は人間ではないから推測しかできない。だから原因も推測になるが、よいかね?」
「あ、はい」
そういうと、おっさんは言葉を選びつつ、ゆっくりと、しかし簡潔に俺の状況を教えてくれた。
目覚めたのは朝だったけど、ふと気づくと夕刻になっていた。
たくさんの説明と驚きと、悲しみと。それらがあまりにも連続していた。正直、全ての出来事を頭の中で整理する事ができなくて、今はただ王宮とやらのバルコニーで頭を冷やしつつ外を見ていた。
見える風景は、大自然なんて言葉もおこがましいほどの広大な森。よく見るとあちこちに家屋らしき建物が見えるけど、町を汚さないようにという事だろうか?明らかに家よりも樹木の数のほうが多い。街道と思われるところは街路樹らしき綺麗な並びが見えるんだけど、無作為にボコボコ生えている木も、そのどれもが発育がよい。そして大気汚染で傷んでいる感じもない。
「これで王都……」
俺は文明否定論者ではない。だが世界最大級の大都市のひとつである東京ですら、汚いのなんのと言われつつもその町の至る所に木々がある事もまた知っている。そして、それらが好まれ、また大きなものは法律や条例でもきちんと保護されている事も。
ある程度のレベルの都市で広大な緑を維持するというのは、高い文化レベルか、しっかりした法整備のどちらか、あるいは両方が必要だと思う。だから、この緑の王都の風景は驚異的だった。
いや、魔法だ魔王だって世界らしいからさ。そんな文化的じゃないんだろうって思ってたんだよね。うん。
だけど、そんな凄い風景を見つつも、俺の心は別のものを見ていた。そう、おっさん……魔王様に教えてもらったこの世界の話だ。
長いこと続いている、人間たちの侵略戦争の事。
もともとこの世界はたくさんの種族が混在していたらしい。なのに人間だけがある時期から、自分たちだけがこの世界の特別であり、この世界は自分たちのために神様がくれた贈り物なのだと言い始めた。そして、他種族を亜人、獣、妖霊などと呼び迫害をはじめたのだという。ご主人様に従え、さもなくば神の怒りを受けて滅びよと。
随分と勝手な話だ。
当たり前の話だけど、たったひとつの民族で他の種族を全部征服なんてそう簡単にいくわけがない。それに、それぞれの長所を生かして共存共栄している各種族に比べ、同じ種族同士ですから足の引き合いをしてしまう人間はどうしても進歩が遅くなりがちだという。まぁ本来なら元々のバイタリティもあって進歩速度は他種族と同じくらいになるそうなんだけど、戦争につぐ戦争で疲弊し過ぎている事もあって、今じゃはっきりと魔王領の各種族より遅れているのだとか。なんともね。
まぁそんな彼らであるが、好戦的でなおかつ手段を選ばないという事で、非人道的に強力な魔法の分野では優れているそうなのだけど。
だけど。
「で……その結果がこれかよ」
自分の両手を見る。華奢な子供の手。声もかわいらしい子供のそれ。
さっき鏡で見せてもらった姿は、元の俺とは似ても似つかない、幼女じみた美少女だった。
なんでも、人間のやらかした勇者化の呪いとやらをキャンセルし、三年と生きられない短命化を無効にするためには、どうしてもここまで改造しなきゃならなかったんだという。この説明をされた時、魔王のおっさんと魔法関係の責任者だっていう爺さん、それにまわりの王宮の人たちまでもが、本当にすまなそうに、悔しそうに頭をさげてくれたんだけど。
そして、その時の会話も耳にこびりついている。
『許してくれとは言えない。そもそも我々のせいではないが、この世界の人間の仕業という点では君にとっては同じだろうから。そして元の暮らしから勝手に切り離されて、さぞかし腹立たしかろう。さぞかし悲しかろう』
『……』
『だが、これだけは忘れないで欲しいのだ。この世界の全ての者が悪というわけではないのだという事を。君が最終的にどこに落ち着くのかはわからないが、これだけは、これだけは忘れないでくれ。頼む』
『……』
魔王様じきじきに頭を下げられた俺は、何も言えなかった。
確かに腹立たしかった。特に、二度と妹とその家族に会えないようにされた事がだ。
正直いうと、俺は実にふがいない兄貴だった。自分の家族がいないのをいい事に適当な半生を送っていて、どれだけ両親と妹を困らせたか知れなかったんだ。それは自業自得と言われればその通りなんだけど、やっとこさ、これで妹を安心させられるはずだった。死んじまった両親には本当に、最後まで馬鹿息子ですんませんでしたってとこだけど。
なのに、なのにさ。
今ごろきっと、姪っ子たちへのプレゼントだけが妹の家に届いてるんだろう。で、俺のいなくなった部屋で俺の携帯が鳴り響いて、何度かけても出ない事に首をかしげているんだろう。それが何日も続いて、そして心配になった妹が直接くるか、職場の人間が動くかどうかして、やがて、バイクどころか部屋の電気すらもそのままに、俺だけが忽然と消えてしまった部屋が発見されるんだろう。
どんなにか心配するだろう。どんなにか嘆くだろう。
両親もいなくなっちまった今、俺はあいつにとって、たったひとりの肉親だってのに。
だけど。
「……」
自分の体を見て、そして自分の胸を抱いた。
「ここの人たちが悪いわけじゃないんだ」
そう。悪いのは、俺を召喚したっていう人間たちだ。
(見極めなくては)
そう、俺は見極めなくちゃいけない。そう思った。
ここの人たちが嘘を言ってないのは何故かわかる。だけど、ここの人たちにはここの人たちの立場があると思うんだ。俺を喚んだっていう連中にもそいつらの立場があり、それぞれに正義だの思惑だのがあるはず。
この怨みを本当にぶつけるべき相手は、誰か。
罪を憎んで人を憎まず?
生憎だけど、そんな殊勝な考えは俺は持ってない。そして俺はある意味殺されたのと同じ事なわけで、相手に同じ事を仕返す権利は少なくとも持っているはずだ。
「自分で決めなさい、か」
どうやら明日から大変な日々になりそうだ、そう思った。
◇◇◇◇
後に魔道士ミリアムと呼ばれた『彼女』であるが、実は召喚前の本当の名前は記録に一切残っていない。関係者は当然知っていたはずだが、当人がそれを一切公式に名乗らなかったからだ。魔王城に保護された翌日に彼女は最初の願いとして「この世界での名前」を欲したという。全くの別人となってしまい、子供から人生をやり直すというのなら、名前も全て刷新したいと語ったという。
そして魔王当人から城内の皆までもが頭をつきあわせた結果『ミリアム』の名が贈られたという。
元々男性だった事による男っぽい態度や言葉遣い、これらも全て直し始めた。これは何年もかかったが、数年後に世界を見て歩く旅が終わる頃には、同行した侍女も太鼓判を押すほどに完璧な美少女ぶりとなっていたという。
その後の彼女の数々の伝説は……もはやここで語るには及ぶまい。優れた魔道士はしばしば結婚生活などを嫌うが、ミリアム嬢は魔王領に落ち着いた二年後には結婚した。相手はご存知騎士モナークであるが、彼は召喚当日に魔王城にいた騎士団のひとりであり、いわば「事情を知っていて親しくしている者」であった。定住するからには家庭をきちんと持ちたい、しかし生まれ育ちのせいもあって問題の多い彼女を支えるべく、たくさんの者が彼女の味方についた。彼もそのひとりだったらしい。
そして十年後。異世界の理論を織り込んだ新しいミリアム式魔法群が体系化、書にまとめられた。
それは細やかな生活に密着したものが多かったが、凝縮した水とマグマを組み合わせた水蒸気爆発のような破壊力の大きなものも含まれていた。実際、これらの魔法は第六次防衛戦のおりに使用されたが、ミリアム嬢は人間側の侵攻軍がリフレア火山の近く通る事に目をつけ、天然の膨大なマグマの力をかりて水蒸気爆発を発動、たったひとりで二万にも及んだ人間軍の進撃を食い止め、撤退させる事に成功している。
(おわり)
細部をちょっと修正。