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出会い。

「ただーまっ」


玄関から聞こえた声は幼くたどたどしいものだった。

オートロックだからここに勝手に入れるのは翔と蘭、そして真琴。今聞こえたものは、その中の誰にも当たらない、知らない声だ。


珈琲を煎れる手を止めてリビングのドアを開けると、そこに居たのは。


 ───真琴が縮んでる…?



こんな馬鹿な、非科学的な考えが浮かぶ程、俺をパニックに陥れた。


唖然とする俺を尻目に、子どもはぷうぷうとマヌケな音を響かせて歩き玄関の床に座り込んだ。小さな身体を更に縮め、必死に靴を脱いでいる。


 せいぜい三歳くらいか…?


その場に立ち尽くして後ろ姿を見つめていると、小さな子どもはコロンと後ろに転がった。


ごつんと頭までぶつけて泣くんじゃないかと内心はらはらしたが、そんな心配は無用だった。


大きなクリクリとした瞳が俺を捉えたのだ。


その瞬間、子どもはふわりと柔らかに微笑みを浮かべた。

花の綻ぶような笑顔とはこの事か、と頭の片隅で思う。



「れえちゃ!くつ!」


足でばたばたと床を叩く子ども。

先ほど身体を縮こまらせて格闘をしていたようだったが、虚しくも靴は脱げなかったらしい。


「………」


とりあえず靴を脱がせにかかる俺の顔はとんでもなく間抜けだろうと思う。


こどもの身体に触れ、改めてその小ささを実感した。こんなに小さな人間を、こんなに近くで見るのは初めてだった。


「ありあとぉ」


子どもから俺に向けられるのはひたすらに、笑顔。そしてしゃがむ俺に向かって両腕をいっぱいいっぱいに広げてみせた。


ーーーあぁ、まちがいない


「まこと、だよな?」

「うん!まこ!」


なんで縮んでんだ、という疑問なんか些細な問題でしかない。だって、

可愛い。やばいくらい可愛い。

無駄に煩くわがままなイメージしか持っていなかったが、これは良い。可愛い。可愛い。


片腕で容易く抱き上げる事が出来る程、小さくて軽い身体。

真琴の身体は肉付きがよくて、どこに触れてもふにふにだ。全身が柔らかな肉に包まれていて、ピンクに色付く頬もぽってりとしている。


なんだこの可愛い生き物は。天使か。天使だな。


俺の髪をわしゃわしゃといじくる真琴を受け入れながら、リビングへ移動した。

片手で冷蔵庫を開けて真琴の身体を突き出してやると、小さな小さな手はリンゴのパックジュースを掴む。

真琴は 飲んでもいい?と問いかけるように首を傾げてみせた。


いちいち可愛すぎるだろ。

やっぱりお前は天使だったのか。


「いいよ」


俺の許可を聞いて嬉しそうににっこりと笑う真琴につい笑みが誘われた。真琴は元々感情が表に出やすい奴だが、それ以上にこの真琴は表情豊かで。俺の頬の筋肉もきっと緩みっぱなしだ。



真琴は俺にしがみついていた手を離し、両手でパックを握る。真琴を落としてしまっては大変なので、慌ててソファへと腰掛けた。


「うーっ」


黙って真琴の姿を見つめていたが、やはりぷくぷくと丸みがある小さな手ではパックを開けられず、ストローもその手に握り潰されてしまっている。


真琴の手からパックを取って飲めるようにしてやり、ストローを顔に近付けてやれば待ちきれないとばかりにすぐ吸い付いてきた。


肉付きの良い頬がジュースを吸い上げる度に膨らんではへこむ。ジュースに夢中な姿もやはり可愛い。



「ぷは……けぷっ」


俺の膝の上でリンゴジュースを一気に飲み干した真琴は小さな身体を大きく跳ねさせて可愛らしい、それはもう可愛いゲップをした。


「まだ飲むか?」

「いーい。おわりー」


ストローをパックに押し込んで潰し、膝を降りてゴミ箱へ。いいこだな、真琴らしいなと思った。

俺の好きな真琴だ。


戻ってきた真琴は俺の太股に立って肩に登ろうとしてる。肩車をして欲しいのだろうか。


「真琴、危ねえから」

「うー?」


肩車なんかしたことない、落ちたらと思うと出来ない。代わりに胸に抱き直して立ち上がり高く掲げてやると、満面の笑みで高い高いと喜んでる。


「あー。なんでお前ンな可愛いんだよ」

「たかぁいー!!れえちゃすごぉいー!!」


…うん、返事なんて期待してなかったからいいけどな。

小さな真琴の身体を抱き上げて揺さぶる。あかゃっきゃとはしゃいでいて、とても可愛らしい。


「れえちゃ、おでかけする!」

「…………あ?」

喜んでるかと思えば突然暴れ始め、首にしがみついてきた。真琴は、下ろせと言う変わりに背中を叩く、と言っても効果音をつけるならぽかぽかという感じで、衝撃は微々たるものだった。


柔らかな身体を手離すのは名残惜しかったが、仕方なく下ろしてやる?

俺はとりあえず財布だけを持ち玄関へと走っていく小さな身体を追いかけた。



「んしょ…んっ」


靴を履くのに必死な真琴が先ほどのように転がらないようにと思い後ろに座ると、真琴は目を真ん丸にして見上げてきた。


「履けるか?」

「うんっ! でけたよっ」


どうだ!と自慢するようにジャンプして立ち上がった真琴。ぷうっと間抜けな音が鳴る。自分で履けた事が誇らしいのだろう。いちいち可愛い奴だ。


「偉いな」


細くて柔らかな髪の毛を撫でてやりドアを開けると真琴はすぐに外へ飛び出していった。

俺が鍵をかけている間もぴょこぴょこ跳び跳ねて早くと急かす。



あの小さな身体では転けてしまいそうだし歩幅も違いすぎるし、どうせすぐに疲れるだろう。


「どこ行きてえんだ」


片腕に抱き上げてエレベーターへ乗り込むと、真琴は俺のピアスを引っ張りながら唸る。


「いたいいたい?」

「…痛くないよ」


眉を下げて悲しそうな顔をするからなるべく優しく返したけど。痛いかの心配をするなら引っ張るべきではないだろう…。こういう所が流石は子供といったところか。


俺の問いかけは見事にスルーされてしまったから行き先はスーパーでいいか。





道中、耳を引っ張られ頬をつつかれ髪をぐしゃぐしゃにされ。宥めようにも、真琴があまりに楽しそうで、まあいいかと思ってしまう。


ーーーやはり俺は真琴に弱いな。


「どこいくー?」

「お菓子買ってやる」

「ちょこ!あいす!」


真琴は菓子という言葉に目を輝かせてきょろきょろと辺りを見回し、落ち着きがない。


こんなに喜んでくれるのならなんでも買ってやろう、そう密かに決め、ずり落ちそうになる真琴を何度も抱え直して一番近くのスーパーに入った。

だが、俺の見たかった笑顔はそこにはなかった。



「……」

「真琴?」


それまで浮かれていた真琴は力なく俺の胸元を掴んで身体を丸める。

子どもまこはどうやら人見知りらしい。


小さな手を握り締めて固まってしまった身体は、時折大きな人声にぴくりと震えたり擦り寄ってきたり。これは相当の臆病者だな。


これはこれで可愛いが、やはり真琴には笑って欲しい。背中をさすってやりながらすぐさま駄菓子のコーナーへ。



「まこ」


目を堅く閉じてくっついてくる身体を揺すってしゃがみ込む。


「…う?」

「好きなモン選べ」


真琴の身体を横に向かせて子供用の駄菓子を視界に入れさせると、俺の腕から降りようともせずに両手をいっぱいいっぱい菓子に伸ばした。


ぬいぐるみ付きのラムネ、グミに綿菓子、練り飴。俺と真琴の間にどんどん詰まれていく。確実にこの小さな身体では食べきれない量だった。



「れえちゃ!つぎあいす!」

「ああ」


棒つきのチョコを手に握り締めて、奥の冷凍コーナーを指差す。


大量の菓子を溢さないようにゆっくり立ち上がった俺の横髪を真琴が引っ張った。


「どうした、」


小さな、幼い顔が近付いてくる。

次の瞬間に頬に柔らかな感触がー。


 キスを、された。


「れえちゃ、ありあと! だーいすき」


驚愕に表情を固まらせる俺を満面の笑みで見上げる真琴。


俺はいくら真琴とはいえ幼児に性欲を向けるような変態じゃない。

だがキスをもう一度とねだったのは仕方がないと思う。







>>―――End.


「っていう夢を見た」

「ふうん?可愛かったんだ?」


いつも通りソファで向かい合って俺の膝に跨がる真琴に、それはもう夢の中で癒されたのだと力説したのだが。


真琴は拗ねたように疑問で返して俺の耳に噛み付いてくる。ふざけているだけだ。本当に拗ねてるわけではない、はず。



「めちゃくちゃ可愛かった。お前が縮むなら、ガキもいいかもな」


真琴だから可愛かったんだ。だから妬くな。

宥めるつもりで背中から服を捲り上げて素肌を撫でると、その擽ったさに身を捩り溜め息を漏らした。


「縮んだら、こんなこと出来ないよ?」


挑発気味に笑みを浮かべながら俺の服に手をかける真琴は、とても淫らで何より俺の欲を掻き立てる。




「それは困るな」


体勢を入れ替えてソファへ押し倒し、ガキ程の丸みはないもののそれでも柔らかな素肌へ唇を這わせた。




 戯れ言は終わりだ。


どんな真琴でも愛してるというだけで、今の真琴以上なんてありえない。


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