貴族と庶民【5】
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朝の穏やかな風が窓から吹き入る。
長い黒髪を風に揺らし、白の衣服に身を包んだ女性は窓辺に佇み、どこか心無く空を見つめていた。
女性はそこに佇むだけでも絵になった。上品で気高く、この場所に閉じ込めておくのは勿体無いほどの女神のような美貌だった。
クルドはその部屋の入り口に立ってしばらく彼女の様子を見ていたが、やがて部屋のドアを軽く二度ほどノックする。
その音を聞いて、女性が無言でこちらへと振り返る。
クルドは気楽な調子で話しかけた。
「記憶でも戻ったのか? ヴァンキュリア・サーシャ」
「……」
女性──サーシャは愛想一つなく、再び視線を窓の外へと戻す。
クルドは気まずく頭を掻くと、そのまま重いため息を吐いた。
「まぁいいけどよ」
ふてくされるように部屋の中を見回す。
部屋は与えられた時のまま使われている様子はない。
再三のため息を吐いて、クルドは会話を続ける。
「庶民暮らしは嫌だろうがそれでも我慢してもらわねぇとな。お前はもう死んだ人間なんだ。本当はすぐにでも魂を浄化してやりたいところだが、俺は無理矢理ってやり方がどうも苦手でね。だからそっちが勝手に傀儡の中から消えてくれるとすごく助かるんだが……」
「……」
無視、か。
なんだか壁に向かってずっと独り言をしゃべっているような気分だった。
(厄介なモンを押し付けられちまったもんだ)
一昨日の夜、大魔女に呼び出されて『面倒を見ろ』と押し付けられたヴァンキュリア・サーシャの傀儡。
狩られた魂は本来、大魔女の手から解放されると形を無くし消滅するものだ。それが未だ傀儡の中に入ったまま消滅しないということは──
クルドはサーシャに訊ねる。
「空を見て、何か思い出すことでもあるのか?」
「……」
彼女はひたすら無を
「わかりません」
ぽつりと、静かに言葉を返してきた。
「なぜここに立つのかわかりません。でもここに立つ時だけ何かを思い出すのです。背後で誰かに呼び止められているような、手を差し伸べられているかのような、そんな気がして……ここから離れられないのです」
クルドは頭を抱えて項垂れた。
弟は解決したが、姉の方はどうしたものか。