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Dark・Hunter2─闇夜の道化師─  作者: 高瀬 悠
カーテンコール
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エビローグ【3】


 ◆


 道化の事件からしばらくして。

 

 

 庭師としての衣服に身を包んだクルドは、五番街にある屋敷の門の前に立ち、差し込む日差しに手の甲をかざした。

 陽光を浴びた幽霊屋敷は当時の面影をそのままに、新しく綺麗にリフォームされて生まれ変わっていた。

 どうやらこの屋敷にも買い手がついたようだ。

 なんでも、遠く異国の地から誰かが引っ越してきたという噂だ。

 庭園もきちんと手入れされて花が咲き誇り、噴水も綺麗な水が湧き出している。

 あれから幽霊騒ぎの話は聞かない。

 クルドは門の格子へと視線を落とした。

 入り口を封じていた鍵は新たな住民を迎えたことにより取り外されてしまったようだ。

 門を軽く手で押す。

 すると門は簡単な力だけであっさりと開いていった。

「……」

 クルドはしばし身を固めて唖然とそれを見つめる。

(たしかに勝手に入っていいとは聞いていたが)

 今日はこの屋敷で仕事を頼まれていた。

 朝方、この屋敷の主の使いの者から依頼を受けたのだ。

 貴族の頼みを断る庶民は滅多にいない。報酬が普通に請ける仕事の倍ももらえる。

 だからクルドはあっさりとその依頼を引き受けた。

 使いの者から庭師の服──今着ているこの服だ──を渡され、そして何書かれているのかよくわからない書面を一つ、手渡して。

 使いの者はその後何も言わず一方的に帰ってしまった。

 勝手に屋敷に入ってきてもいいということだったので、その後クルドは一人でこの屋敷に来るはめになった。

 どうやらこの屋敷の主はなんともオープンな性格を持った異国人のようだ。

 警戒心は無いのだろうか?

 もしかしたら異国ではこのスタイルが普通なのかもしれない。

 敷地内に入ろうとしたクルドに案の定、声がかかる。

 近くを警備している役人だった。

 二人の役人から職務質問を受けたクルドは事前にこの屋敷の住人からもらっていた書面を役人に見せ、そしてあっさりと進入の許可を得る。

 何とも便利な紙切れだ。

 そう、お手上げながらにため息を吐き、クルドは門を抜けて敷地内を歩き出した。


 きれいに手入れが行き届いた庭を見回しながら、クルドはふと首を傾げる。

 この状態で尚、庭師は必要なのだろうか?

 異国人の考えることはよくわからない。この状態でも尚、何か仕事をしてほしいのだろう。

 そんな疑問めいた曖昧の気持ちのまま、クルドは屋敷の玄関先にたどり着いた。

 ノックをする。


「…………」


 もう一度ノックをする。


「…………」


 待てども一向に、誰も何も反応を返してこない。

 ようやくクルドはここで強い疑問を覚えた。

(留守か? いや、変だな。貴族なのに執事すら雇っていないとはどういうことだ?)

 試しに。

 クルドは玄関ノブに手を触れた。

 鍵のされていない玄関の扉は招くように開き、クルドの侵入をあっさりと許す。

(おいおい。まさか勝手に屋敷に入っていいってこういう意味だったのか?)

 怪しみながらも、クルドは念のために大声で執事を呼んでみた。

 いまだに誰も一向に出てこようとしない。


 すると、鈴の音が聞こえてきた。


 クルドは辺りを見回す。

 中央階段を上がった二階の、どこかの部屋から聞こえてくる。


 再度、鈴の音が鳴った。


「…………」

 ここまで来いと言っているのだろうか?

 クルドはため息を落とし、仕方なく二階へと階段を上っていった。

 二階に上がり、奥の回廊を突き進んで。

 一つだけ分かり易く部屋のドアが開いた部屋がある。

 クルドはその部屋に近づき、そのドアの前で立ち止まった。

 そして目を疑うように、しだいに大きく見開いていく。


 開かれた窓に揺れる白いカーテン。

 ゆったりと穏やかで心地よい風が吹き込むその部屋の中で。

 木製イーゼルとテンペル画を前にして、この屋敷の持ち主は静かに座っていた。その手にさきほど呼んだであろう鈴を持って。


 この屋敷の新たな持ち主となった上流貴族の少年──ヴァンキュリア・E・クレイシスは、振り向くことなくただじっとテンペル画を見つめていた。


 あの日以来の久しぶりの再会に、クルドは頬が自然と緩む。

 安堵するようにため息を吐いて。

 クルドは部屋の中へ入ると、真っ直ぐにクレイシスの傍まで歩いていった。

 彼の頭上に軽く手を載せ、

「よくまぁそんなポンポンと簡単に屋敷を抜け出せるもんだな、クレイシス侯殿下。お前んとこの警備は手薄か? それとも怠慢か?」

 クレイシスがようやくそこで笑みを浮かべる。頭の上のクルドの手を払って、

「バレないように上手くやっているんだ」

「事情はラウルから聞いた。ラーグ伯爵からこの屋敷を取り戻せたのか?」

「見ての通り、幽霊屋敷と名のついたこの屋敷を買い取るのは簡単だったよ。裏で司祭と改修業者に一芝居してもらった甲斐がある」

 クルドは非難めいた顔で仰け反った。

「じゃぁなんだ? この一連の幽霊騒動はお前の仕業だったのか?」

 だが、クレイシスの表情は浮かない。気持ちを沈ませ手を顔に当てると呟く。

「まさか本当に幽霊が出ていたなんて知らなかったんだ」

 クルドは呆れるように肩をすくめてお手上げした。

「さすがはクレイシス侯殿下だな」

「それは誉めか? 貶しか?」

 懐かしい会話のやり取りにクルドはフッと鼻で笑って、あの時と同じ言葉を返す。

「お好きにどうぞ」

「……貶し、か」

「そっちにとるか」

「好きにとれと言っただろう?」

 やれやれとクルドはため息を吐いて、

「まぁどっちにとろうと構わんが、世間はいつまでもお前を泳がすほど甘くはねぇぞ」

「わかっている。オレもそこまで馬鹿じゃない。もうこれ以上軽率な行動はしないよ」

「どうだか」

 吐き捨てて、クルドは懐から一枚の封書を取り出した。処分しようもなく、かといってどこにも置くわけにはいかず、常に肌身離さず持っていたものだった。

 それをクレイシスの額にぺちりと押し当てて、クルドは言葉を続ける。

「お前がラウルに預けていた封書だ。字は読めんかったが紙面にヴァンキュリアの家紋が入っていた。これ以上軽率な行動はしないんじゃなかったのか?」

 退けもせず、クレイシスはそのままの状態で平然と答えてくる。

「それはそれ。これはこれだ」

「あれもこれもそれも全部一緒だ。俺たちに関わるな。いくら大貴族だろうと潰れる時は潰れるぞ」

 クレイシスは額の封書を手に取ると、改めてクルドの手の上に押し付けた。

「それでももう二度と、モーディ・リアンの時のように見殺しにはしたくない」

「お前が首を突っ込めば余計な揉め事を増やすだけだ」

「そうならないようにオレが上手くやればいい」

「それでも限界はくる」

「わかっている。犠牲なくして権力は成り立たない。けどそうやって一つ一つ大切なモノを失っていきたくないんだ。いつの日かオレが大きな権力を手にした時、地位のない庶民やスラム街のみんなの存在を忘れて生きていくのが怖い。だからその書面はクルドに預けておく。それが今のオレにできる精一杯だ」

「…………」

 黙って。クルドは封書を受け取ると、彼の気持ちを汲んで素直にそれを懐へと入れた。

 そのまま無言で窓辺へ向けて歩き出す。

 歩きながら、クルドはポケットを探り、そこから煙草を取り出すと口にくわえた。

 開かれた窓に立って、窓枠へと手を置き。そしてくわえ煙草に火を点す。

 クルドはそこから見える風景を、煙草を吹かしながら眺めた。

 なんとも言えないほど広く大きな開放感を得る。

 しばらく煙草を吹かして、クルドはぽつりとクレイシスに言った。

「俺を恨んでいないのか? クレイシス。俺はお前の姉さんを見殺しにしたんだぞ」

 いつまでもテンペル画の前に座ったままで、クレイシスは答えてくる。

「オレ、ずっとクルドのことを誤解していたよ」

「……。何のことだ?」

「あの日の夜、クルドは姉さんを助けに行かなかったんじゃない。本当は来てくれていたんだ。すぐ傍まで」

 クルドは驚き顔で振り返った。くわいえていた煙草を危うく口から落としそうになる。

「誰から聞いた? それ」


「ヴァンキュリア邸の警備記録書を見たんだ。偶然・・オレの部屋の机上に一冊だけその記録所が置かれていたから。

 姉さんが魔女に殺されたあの日の夜、一人の怪しげな庶民がヴァンキュリア邸に侵入しようとして役人に捕まっていた。その庶民は裁判用の武器も服も全部ロン爺に返したままで、それでも生身一つでオレの姉さんを助けに行こうとしていたんだ。貴族の敷地内に無断で侵入しようとするなんて大罪だ。ラウルがあの時役人から助けださなければ今頃その庶民は──」


 言葉半ばで、クルドは窓へと体を向けると相手の言葉に自分の言葉を被せて会話を強制的に打ち切らせる。


「お前はもうラウルに関わるな。それと一つ訂正だ。俺はラウルに直接助けられたんじゃない。奴の手下どもに助け出されたんだ」

「どうして本当の事を話してくれなかったんだ? 役人が警備記録書をいちいちオレに見せているとでも思っていたのか? ずっと誤解させたまま放っておくなんて酷過ぎる」

「結果として救えなかったんだ。言い訳して何になる?」

「……」

 急に黙り込むクレイシス。

 クルドはちらりと横目で様子を見る。

 クレイシスは目の前の絵画に指先を持っていくと、それを撫でるようにそっと触れていた。永遠に時を止めた、ヴァンキュリア・サーシャの肖像画を。

 ぽつりと呟いてくる。

「じゃぁオレがあの時姉さんを救えなかったのも言い訳になるのか?」

 振り向いて、クルドはクレイシスへと目をやった。

 クレイシスはその絵画に話しかけるようにして言葉を続けてくる。

「必死で説得したんだ。でも、姉さんはオレの手を掴んではくれなかった。たしかにあの時はモーディ・リアンが死んで、何もかも遅すぎたことなのかもしれない。

 オレにもっと権力があればモーディ・リアンを救えたはずなんだ。そしたら姉さんも魔女の言葉に耳を貸さなかったはずだ」

 絵画から指を離し、悔やむようにその手を握り締めていく。

「なぜだろう、クルド。復讐は終わったはずなのに、この悔しさだけがいつまでもオレの心を苦しめて離れないんだ」

「……」

 無言で。クルドは窓へと向き直り、そして空を眺めた。

 背の向こうで、クレイシスがぽつりと尋ねてくる。

「なぁクルド。あの時の約束を覚えているか?」


【オレは世界一の大貴族を目指す。だからお前は世界最強の裁判者になれ】


 クルドは静かに視線を落とすと、約束を交わした小指を見つめた。

 落とした視線を小指から空へ。

 クルドは煙草の煙を吐き捨て、振り返らずに答える。

「約束ってのは守る為にあるんじゃないのか?」



■ 最後までお読みくださり、ありがとうございました。

  貴重なお時間をこの作品にいただけましたことを心からお礼申し上げます。


  継続してお気に入り登録くださいました方々、感想をくださいました方。

  本当にありがとうございます。


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