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貴族と庶民【4】


 亭主が皿を磨きながらキャシーに問う。

「クレイシス殿下は元気だったかい?」

 キャシーはハタハタと手を振る。

「あー違うの、ロン爺。いくら警察官の私だって殿下に会うことはおろか連絡を取ることなんて恐れ多くてできないわ。たぶんこの話が誰かを通じて殿下の耳に入ったんだと思うの。私はただ、上司からこの書類の命令を受けて動いただけだから」

 クルドがふてくされた声で横から口を挟む。

「重要書類だろうが、それ。こんなところに持ってきて良かったのか?」

 キャシーはクルドの胸倉を掴みあげるとメデューサのような形相で迫った。

「なにあんたのその態度。職権乱用してまた留置所にぶち込んであげたい気分だわ」

 クルドは恐怖に顔を引きつらせて宥める。

「わ、わかった。悪かった。真面目に反省する」

 表情を素に戻してキャシー。

「それで? どうせあの夜は魔女裁判か何かであの屋敷に忍び込んだんでしょ?」

「…………」

 クルドは昨夜のことを思い出し、表情を変えた。声を落としてキャシーを押し退ける。

「お前には関係ない」

 席を立ち、そのまま二階にある自分の部屋へと戻っていった。

 その途中までキャシーが追いかけて叫ぶ。

「ちょっ、何よその言い方! 人がせっかく心配してあげているのに!」

 クルドは後ろ手を振る。

「帰れ」


 去っていくクルドの背を見送り、キャシーは張っていた肩を疲れたように落とす。

「いつだって自分勝手なんだから」

 皿を磨いていたロンが誰にでもなくぼそりと呟く。

「事件が重なったか」

「え?」

 キャシーはきょとんとした顔でロンへと目をやった。

 ロンは皿を置くと「いや、なんでもない」と首を横に振った。そして言葉を言い換える。

「そんなにクルドのことが心配かい?」

 するとキャシーの顔が火を噴く勢いで赤くなった。

「ち、違うわよ! 誰があんな奴の心配なんか。私はただ、魔女の被害に遭った子のことを心配して──」

「キャシー君」

 言葉を遮り、ロンは言葉を続ける。

「魔女のことはもう忘れなさいと言っておいたはずだろう? 君の命を狙った魔女はまだ今も生きている。命が惜しければ二度と魔女に関わるんじゃない。いいね?」

 キャシーは元気なくシュンと項垂れると、やがて小さく頷いた。

「わかったわ」

 ロンは視線を落とし、別の皿を手に取る。

「被害者のことなら心配無用だ。クルドはワシが見込んだ裁判者だからな」

「そうよね。ロン爺に見込まれたんですもの。大丈夫よね」

「……」

 黙々と皿を磨いてロンだったが、遣り切れない気持ちになったのか申し訳なく謝ってくる。

「すまんな」

 キャシーは微笑むと首を横に振った。

「ううん、いいのロン爺。気にしないで」

 気分を払うようにして、

「これでもう用は済んだし、仕事に戻るわね」

 じゃぁねと手を振り、キャシーは明るく酒場を出て行った。



 しばらくして。



 入れ替わるように酒場のドアを押し開けて入ってくる一人の男性。「お? 今の」と、思い出したかのように一旦外へと出て行き、叫ぶ。

「おーおー。また来たのか、お前は。警察ってもんは相変わらず暇なんだな」

 遠くから聞こえてくるキャシーの叫び声。

「っるっさい、馬鹿犯罪者! 役人のとこに連行するわよ!」

「へっへーんだ。やれるもんならやってみろ。あの役人どもはな、貴族の命令でしか動かないとこなんだよ。お前みたいな民間警察ごときの為にいちいち動くかよ」

「そう言って毎日油断してなさいよ! いつか必ず連行してやるんだから!」

「俺様はいつでも歓迎だぜ。スラム街の奥地へ入れる勇気があるって言うんならな」

 だはははと勝ち誇ったような笑い。そして、



 先ほどの男が酒場のドアを押し開いて入ってくる。

 下顎のない熊の剥製の被り物に高級そうな上下の白スーツ。見た目は変だが一応これでもスラム街を仕切る盗賊の頭領である。

 ロンが疲れたようにため息を吐いて、その男に声をかける。

「ラウル君」

「あ?」

 名を呼ばれ、男──ラウルはロンへと目を移した。

「呼んだか? ロン爺」

「そんな挑発的なことを言い続けていると、いつか本当に役人の迎えが来るかもしれないよ?」

 ヘヘと余裕の笑いを見せてラウル。

「俺様たちを汚物扱いする奴らが本当にここまで来るとは思えんがな」

 ロンが戒めるような顔で名を呼ぶ。

「ラウル君」

「へいへい。以後気をつけます」

 投げやりにそう謝って、ラウルはカウンター席に足を運ぶと、その椅子にどっかりと腰を下ろした。ポケットの中に入っていた煙草を探しながら、

「クルドの奴は?」

 ロンは別の皿を手に取り、磨きながら答える。

「今朝キャシー君と一緒に帰ってきたところだ」

 あ? と、ラウルは動きを止めて顔をしかめる。

「幼馴染みとは聞いていたが、朝帰りするほどの仲だったのか?」

「クルドの保護者みたいなものだよ。警察署からの帰りだ」

「捕まったのか?」

「そうらしいな」

「アホか。──んで? 魔女裁判の結果は?」

 肩をすくめてロン。

「まだ何も聞いておらんよ」

 ラウルは冷やかすような笑みを浮かべると顎に手を当てた。

「ははーん。さてはミスったな?」

「ミスならもっと落ち込んでいる」

 ラウルの顔から笑みが消える。

「……言われてみりゃそうだな。なんかあったのか?」

 ロンは「さぁな」とばかりにお手上げすると、注文を受けるより先に戸棚のビールへと手を伸ばした。



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