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正義の見方【10】


「……ティム?」

 たしかに声が聞こえてきた。

 間違いなくティムの声。

 声の聞こえてきた方へ、エミリアは目で姿を捜した。

 黒猫が怪訝な表情で尋ねてくる。

「まだ他に誰かいるのか?」

 エミリアは掴んだ彼の服から手を離して、静かに頷く。

「ティムと一緒にここまで来たの。ティムもこの部屋のどこかに居るはず」

 そう簡単に説明し、エミリアはティムの姿を捜し始めた。

 部屋のあちこちを。


 ──そして、見つける。


 さきほどまでエミリアが隠れていたソファーの後ろ──その床にティムはうつ伏せて倒れていた。

 エミリアは急いでティムの傍へと駆け寄る。

 ティムの傍らへと座り込み、エミリアは声をかける。

「ティム?」

 しかしティムは何の反応も返してこない。

 様子を確認しようとエミリアはうつ伏せるティムの体に手を触れた。

「……?」

 触れたその手に違和感を覚える。

 エミリアはゆっくりと自分の手を引き戻していった。

 恐る恐る目前へと持って行き、それを確かめる。

 エミリアの両手は生々しくティムの血で染まっていた。

 何が起こったのかわからなかった。

 何をすべきなのか。どうすればいいのか。

 言葉さえ何も思い浮かばなかった。

 声を上げることさえ忘れ、両手が勝手に小刻みに震えていた。

 エミリアの異常を察したのか、黒猫がエミリアをその場から押し退けてティムの傍に膝をつく。

「黒猫ちゃん……」

 泣きそうになる声で、エミリアは黒猫を見つめた。

 黒猫は無言のまま手際よくティムを仰向けに寝かせる。

 ティムが腹に手を当てたまま苦痛に顔を歪めた。

 そこでようやくエミリアは状況を理解する。

 ティムの腹が、そして手が、真っ赤な血で染まっていたのだ。

 黒猫がすぐに着ていたジャケットを脱いで、それを絞るように縦長に丸め、ティムの腹に巻くように当てた。

 ティムの背中の辺りでジャケットの両端をクロスさせて締め付ける。

 その様子をエミリアはただただ見つめることしかできなかった。

 怖くて、何も思い浮かばす、震えることしかできなくて。

「エミリア」

 名を呼ばれ、エミリアは身を震わせた。

 冷静に、黒猫が問いかける。

「この庶民はお前の知り合いか?」

 きっとティムの服を見てそう判断したのだろう。

 エミリアは小さく何度も頷いた。

 黒猫が言ってくる。

「出血が酷い。オレは医者じゃないからこれ以上のことは無理だ。お前はここに居ろ。オレはクルドを捜してくる」

 すぐにエミリアは黒猫の腕を掴んで引きとめた。

「やだ待って。あたし一人じゃ何もできない。黒猫ちゃんもここに」

 その手を振り払って黒猫が苛立つように声を荒げた。

「二人でここに居ても意味がないだろ!」

 鋭く言葉を返され、エミリアは言葉を止める。

 しっかりしろと黒猫が片腕を掴んで、

「このままだとこの庶民は死ぬ。どっちかが誰かを呼びに行かなければ手遅れになるんだぞ」

 エミリアは何も言い返せなかった。

 事は一刻も無駄にできない。だからこそ不安なのだ。何もできないからこそ、

「オレがクルドを呼んでくるからお前はここに居ろ。きっとその方がこの庶民も安心するはずだ」

「……」

 エミリアは不安を浮かべたまま静かに顔を俯けていく。

 黒猫が掴んでいた手を離し、励ますようにぽんぽんと軽く肩を叩いてきた。

「クルドならきっと何とかしてくれるはずだ。手遅れになる前にできる限りのことはしたい」

 エミリアは無言で小さく頷きを返す。

 それを見て安心するかのように。

 黒猫は「頼んだぞ」とエミリアに優しく声をかけた後、部屋を出て行った。



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