正義の見方【6】
◆
手入れなく荒れた庭を抜けて、クレイシスとラウルは屋敷の玄関前へとたどり着いた。
二人で玄関前に座り込む。
消えてしまった手持ちのランタンを地面に置いて、ラウルが服のポケットからマッチ箱を探し始める。
「なんか急に冷え込んできたな。白い息が出やがる」
はぁ。とラウルはわざとらしく息を吐き出す。
「やめてくれ」
クレイシスは両耳を塞いでうずくまった。
それでもラウルは面白がって話を続ける。
「ランタンの火もいきなり消えたしな」
「頼むからその手の話は本当にやめてくれ。別荘地にある古城の話をエルドラ卿に聞いてからトラウマなんだ」
鼻で笑ってラウル。興味なさそうに、
「ふーん」
「それ以来オレ、その古城に行ってない。最高の避暑地だったのに」
「たしかに色んな意味で避暑地だな。肝が冷えそうだ」
「オレは真面目に言っているんだ」
「貴族の気持ちなんざ俺様にはわからん」
投げやりに話を締めて、ラウルはポケットからマッチ箱を取り出した。
次いでマッチ箱からマッチ棒を取り出す。
そんな時だった。
「──!」
クレイシスがいきなり激しく背後を振り返る。
「どうした?」
不思議に問うラウル。
「……」
しばらく後ろ──暗闇の荒れた庭先を見ていたクレイシスだったが、やがてラウルに視線を戻して首を横に振り、答える。
「いや、なんでもない」
「魔女か?」
クレイシスは首を横に振る。
「……オレの気のせいだよな」
「何がだ?」
「さっき庭の向こうに消えていく姉さんの幽霊を見かけた気がしたんだ」
ラウルは顔をしかめた。
「ンだと?」
「否定してくれ」
「なんだ、そういうことか」
ラウルは胸を撫で下ろす。そして箱にマッチ棒を何度もこすりながら投げやりに、
「気のせいだ、気のせい。無人の屋敷だっつっただろ」
「それ、余計怖いんだけど」
マッチ棒を何度も苛立たしげに箱にこすりつづけてたラウル。とうとうマッチ棒を投げ捨てる。
「あークソッ! 駄目だこのマッチ棒。使いもんにならねぇ。さっきまで点いてたモンがなんで急に点かなるんだ」
「…………」
悪寒を覚えるクレイシスをよそに、ラウルは再びマッチ棒を箱から取り出した。
一擦りして気付く。
「ん? 火薬ついてんのはこっち側か」
マッチ棒の先をひっくり返して、改めて箱にこする。
すると火は簡単に点いた。
ランタンに再び明かりが灯る。
「おーついたついた。どうだ?」
嬉しそうにラウルがランタンをクレイシスに見せる。
クレイシスが疲れたようにため息を吐いた。前髪を両手で後ろに流すように掻き掴んで、
「なんか今ので無駄に神経をすり減らしていたってことがわかった気がする」
あっけらとした顔でラウル。お手上げに肩を竦めて、
「そうか。そりゃ早めにわかって良かったな」
ラウルはランタンを片手にその場から立ち上がる。
次いでクレイシスもその場を立った。
ラウルが訊く。
「ンで、どっから入る? 当然だが正面は鍵がかかってんぞ」
問われ、クレイシスは屋敷の屋根を見上げた。
「上から入ることは可能なのか?」
「よじ登って侵入するってか?」
「ラウルならできるだろう?」
言葉を払うように手を振ってラウル。
「やっぱお前は馬鹿貴族だな。無人の屋敷は足場が脆い。正面が駄目なら裏だ、裏。ついて来いクソガキ」
案内するようにラウルはランタン片手に歩き出す。
「……」
視線をラウルへと落としてクレイシス。半眼で睨みながらぼそりと、
「もしかしてオレ、からかわれたのか?」
「置いてくぞー」
「あ、待ってくれ」
クレイシスは慌ててラウルの後を追いかけた。
ラウルが背中越しに尋ねてくる。
「やることはわかってんだろうな?」
「古布と炭、それが無ければ厨房から塩を探す。そして全ての置時計のネジを回しておく」
「回廊の置時計は全て止まっているはずだからな。炭は暖炉に残っているはずだ。あと古布はカーテンかなんかを使え。とりあえず真新しくなけりゃいい」
クレイシスは頷く。
「うん、わかった」
「そしてそれをクルドに渡せば手伝いは終了だ。その後は状況を見て隠れるなり逃げるなり好きにしろ。俺様との合流地点は適当にここら辺でどうだ?」
「それ適当すぎる。もっと具体的に」
「ンじゃぁさっきの玄関前だ。全てが済んだらさっきの場所で待ってろ」
「わかった。あ、それとラウル」
──フッと。
いきなりクレイシスの前からラウルの姿が消えた。
ランタン一つ、その場に残して。
「え?」
クレイシスは足を止める。地面にあるランタンを見つめて、今起きた現象に我が目を疑う。
何度目をこすって見ようともラウルの姿はそこにはない。
クレイシスは不思議に辺りを見回した。
「ラウル……?」




