誰にも言えない【13】
動きを止めるラウルとクレイシス。
二人に緊張が走る。
静かな室内に、どこからか重くゆっくりとした靴音が近づいてくる。
一歩、二歩、と。
ラウルはクレイシスと背中合わせになり警戒に辺りを見回した。
見回しながらクレイシスに言う。
「噂をすればなんとやら。早速のご登場か。おいクソガキ、戦う覚悟はできているか?」
クレイシスは静かに首を横に振り答える。
「それ以前に通用する武器がない」
「そうか、奇遇だな。俺様も持ち合わせていない」
ラウルはきっぱりと返した。
呆れるように半眼でクレイシス。
「もしかしてラウルって、意外と役立たずなのか?」
「少なくともお前以上には役に立つ」
「だったら何か役に立つ物を出してくれ」
「おっと、言い方が違ったな。少なくともお前と同等くらいに役立たずだ」
ぴたりと。
足音がどこかで止まった。
クレイシスが呟く。
「消えた」
しっ! と、ラウルは人差し指を口に当てて黙らせる。
「油断するな。起こるとすればこれからだ」
…………。
突然訪れた静寂。
何が起こるわけでもない。
やがてクレイシスが警戒を解いて言ってくる。
「何も襲ってこないんだけど、ラウル」
「だな」
「『だな』って」
「その分相手もこっちを警戒しているってことだ。隙を見せるな。その瞬間に魂を狩られるぞ」
ラウルはごそごそとポケットを探った。
「これから俺様が直々に、お前に魔女裁判の基礎を教えてやる」
「え?」
意外な言葉にクレイシスが問い返してくる。
「基礎?」
「そうだ」
「魔女裁判の?」
「そうだ」
「いいのか?」
「何が?」
「だって二人とも、一年前はあんなに魔女に関わるなって……」
不機嫌に眉を吊り上げてラウルは吐き捨てる。
「あの時はお前がそこまで肝が据わっているとは思ってなかったからだ。大抵の人間は魔女の恐ろしさを知って腰を抜かすもんだ。だがお前は違った。
その度胸があれば充分この仕事はできる。魔女裁判を手伝え。クルドがどう反対してようと俺様の知ったことか」
クレイシスがその言葉で察したのか、呆れるように言ってくる。
「もしかしてまたクルドと喧嘩でもしたのか?」
「そんなとこだ」
「それって」
──!
クレイシスが急に黙り込み、真顔になった。
気配を察してラウルも真顔になる。
クレイシスの前に、薄く人の形を模した霧が姿を現す。
ラウルは向きを変えてクレイシスと肩を並べた。
クレイシスがラウルに言う。
「ラウル」
「なんだ?」
「魔女裁判の基礎はすぐに学べることなのか?」
「塩さえあれば問題ない」
言ってラウルはポケットの中にあった小さな布包みをクレイシスに軽く放り投げた。
受け取ってクレイシス。
──その瞬間。
霧が襲い掛かってきた。
向かってくる霧を避けるようにして、ラウルとクレイシスはその場を二手に分かれる。
霧を挟み込む形で向き合い、顔を合わす。
ラウルが鼻で笑ってクレイシスを感心する。
「貴族にしては良い反射神経してんな。生まれもっての才能ってやつか?」
余裕のない笑みを浮かべてクレイシス。
「冗談。あの無駄に年食い駄目オヤジと一年も暮らしていたら自然と身に付いたんだ」
「お前本気でどんな庶民生活送っていたんだ?」
狙う相手を迷うかと思いきや、霧は迷うことなくクレイシスを標的にした。
霧の手から出現する一本の短剣。
それを見てラウルは急ぐようにクレイシスに言った。
「今渡したモンを投げつけろ」
すぐにクレイシスは、手に持っていた布包みを霧に向けて投げつけた。
投げつけると同時に布包みの紐が自然と解け、中に入っていた塩が霧の全身に降りかかる。
霧はフッとその場から姿を消した。
代わりにカタンと、一枚の絵画が床に落ちる。
ラウルが安堵に胸を撫で下ろし口笛を吹く。
「こんだけできりゃぁ大したもんだ。俺様が教えることは何もなさそうだな」
「消えたのか?」
「消えたな。気配を感じない」
「塩だけで追い払えるものなのか?」
「塩っつってもそいつは特別な塩だ。一時的に集った邪気を散らしただけに過ぎん。また邪気が集えば姿を現すだろう」
その絵からな。と、ラウルは顎先で絵画を示した。
クレイシスは浮かない表情で床に残された一枚の絵画に近寄り、そっとその絵画を拾い上げる。
そこに描かれた一人の少女。
薄く静かに笑うその表情が、どこかクレイシスを嘲笑っているかのようにも見えた。




