誰にも言えない【11】
◆
ちょうどその頃。
ラーグ伯爵邸は大勢のパーティ客でにぎわっていた。
屋敷の中から聞こえてくる演奏。
今日は何かのパーティらしい。
外で、室内で、優雅で楽しい笑い声が聞こえてくる。
そんな様子を退屈そうに眺めながら、ラウルは三階のバルコニーで人を待っていた。
ふと。
トントン、と。
背後から聞こえてきた窓ガラスを軽く叩く音に、ラウルはため息を吐いて振り返った。
明かりの消えた薄暗い部屋の中から、そいつは不機嫌に顔をしかめてこちらを睨んでいる。
ラウルは体勢を変え、そいつに向けて気軽に挨拶しながら窓に向けて歩き出した。
「よぉ、遅ぇじゃねぇか」
闇夜に紛れるかのように着こなしたダークスーツに黒い髪。唯一浮き立つのは白い肌と純粋そうな青い瞳だけか。腹の中も含めてだが、見ていて何もかもが黒々しい。高貴な御貴族様は黒がお好きなのか、それとも──
「イブニング・スーツだ」
そいつ──クレイシスは苛立つようにして窓の向こうから言い放った。
ラウルは向き合う形で窓の傍に立つと、理解できないとばかりにお手上げする。
「夜になると喪中パーティとはな。貴族ってのはよくわからん」
「わからないのはラウルのその格好だ。なんで夜に白のスーツなんか」
「ポリシーだ、ポリシー」
「身だしなみという言葉を知らないのか?」
「お。出たな、その口癖」
「出たからなんだ? それがこれから人に物を頼む態度か?」
「傲慢な御貴族様だなぁ。誰かにいじめられてその八つ当たりか?」
「八つ当たりじゃない。常識を考えろ。なんで白い格好で来たんだ? 明らかに目立つだろ。それにその頭の被り物も」
「これが俺様のスタイルだ。文句あっか?」
肩を落としてクレイシスが疲れたようにため息を吐く。
「その格好で誰にも見つからないのが不思議でならないよ」
「それが盗賊ってもんだろ」
言って、ラウルは鍵のかかった窓をガチャガチャと揺らした。そして胸を張って命令口調で一言。
「開けろ」
「断る」
間髪置かず、クレイシスは真顔で言い放ってきた。
ラウルは鼻で笑ってお手上げし、やがて素直に頭を下げる。
「お願いします。開けてください」
「……」
呆れるようにため息を吐いてクレイシス。静かに窓の内鍵を外す。
ラウルはすぐに鍵の開いた窓を引き開くと、屋敷内へと入った。
さきほどの態度から一変、傲慢な態度でクレイシスを見下して言い換える。
「最初からとっとと開けろってんだ、この馬鹿貴族が」
「開けて損した」
「開けさせてやったんだ。わざわざここから入らんでも入るところはいくらでもある。まぁお前の顔を立てるのが筋っつーか、わざと下手に出てやったんだ。ありがたく思え」
クレイシスが眉間に人差し指を当ててうめく。
「『傍ら痛い』という言葉を知っているか? ラウルを見ているといつもその言葉が思い浮かぶ」
顔をしかめてラウル。
「あ? どういう意味だ、そりゃ」
「鍵の一つも開けられない盗賊なんて聞いて呆れる」
「ぶち壊せば開く」
「壊すな、この能無し盗賊」
するとラウルは嬉々としておどけ、クレイシスに指を突きつけて小馬鹿にする。
「へっへーんだ。そんな能無し盗賊に一年も泣きついてきた能無し馬鹿貴族はどこのどいつだったっけか?」
「ぐっ……!」
苛立たしく口端を引きつらせてクレイシス。ぼそりと、
「今言われたこと全部アレッタさんに言いつけてやる」
ラウルの強気な態度が一変。わたわたと慌て出す。
「そういう告げ口とかマジやめろ。お前をいじめたら絞め殺すと脅されてんだ。あの関節技見ただろ? 俺様死ぬぞ、マジで」
「相変わらず尻に敷かれているんだな、ラウル」
「お前も結婚すればわかる」
「大丈夫。オレ、そんなミスしないから」
「あ!?」
「そんなことはどうでもいい」
クレイシスは早々と話を変える。




