誰にも言えない【10】
すると、窓に小石だろう何かが飛んできて当たり、軽い音を立てる。
エミリアの表情にみるみる笑みが宿っていった。
「やっぱりティムなのね」
また同じように窓に何かが飛んできて当たり、二度目の音を立てる。
エミリアが早々とベッドから離れる。
「おじさん、あたしちょっと行ってくるね」
クルドは慌てて引き止めた。
「ちょっと待て。行くってどこにだ? 外はもう夜だぞ。しかもティムが来たとなぜわかった?」
にこりと笑ってエミリア。
「さっき窓に小石が当たったでしょ? あれね、あたしとティムで決めた秘密の合図なの。ティムと会っているのがお母様にバレたら、あたしすごく叱られちゃうから。だから会う時はこうやって合図を決めたの。あ」
エミリアは「しまった」と舌出して肩をすくめる。人差し指を口元に当て、
「──これ内緒ね。おじさんとあたしだけの秘密。あたしとおじさんってそういう間柄でしょ?」
「どういう間柄だ。他人が聞いたら間違いなく誤解するぞ、その言葉」
「お願い、おじさん。パパとお母様には絶対にこのこと言わないでね」
ため息を吐いてクルド。
「わかった。言わない」
エミリアは微笑して、
「ありがと。じゃぁあたしちょっと行ってくるね」
「ちょっと待て」
「え? なに?」
小首を傾げてエミリア。
クルドは頬を引きつらせて、
「お前とティムの関係は今のでだいたい把握できた。だが、行くってどこにだ? 外はもう夜だぞ」
エミリアは当然とばかりに頷く。
「えぇそうよ。夜にね、ティムと一緒に秘密の場所に出掛けるの」
「ちょっと待て。今のでおじさんは果てしなくぶっ飛んだ想像してしまったぞ」
そんなクルドとは裏腹にエミリアは手を叩き合わせて嬉しそうに、
「【夜】と【秘密の場所】だけであの場所がわかっちゃうなんて、おじさんってすごい」
「その反応からして絶対、俺とお前が思っていること噛み合ってないだろ?」
無邪気にエミリアが傍に駆け寄ってくる。クルドの手を引いて、
「だったらおじさんも一緒に行こう。ティムもきっとわかってくれるはずよ」
と、そこまで言ってエミリアはクルドの足の怪我を思い出したのか、クルドの足に視線を向けてテンションを落とす。
「そっか。おじさんって足に怪我して──」
「そういう問題じゃなく、外はもう夜なんだぞ。店はほとんど閉まっている。こんな時間にいったいどこに出掛けるつもりだ?」
エミリアは顎に手を当て考える。
「うーんとね、知らない人のお家。でもティムの家でもあるんだって」
「ティムって貴族のティムのことか?」
「ううん。庶民のティムだよ」
「だったら尚更怪しいだろ」
三度、窓に小石が飛んできて軽い音を立てる。
エミリアはベッドを離れた。
「おじさん、あたしもう行くね。ティムが待っているから」
「待てエミリア」
「すぐに戻るわ。ちょっとだけティムに会ってくる。あたしが居ない間にパパとお母様が帰ってきたらおじさんが何とか誤魔化しといて」
お願い。と手を合わせ、エミリアは急ぐようにして部屋を出て行った。
ぱたんとドアが閉まる。
一人部屋に残されたクルド。
ため息を吐いて顔に手を当てる。
「ちょっと待て。何かがおかしいぞ、これは」
クルドはさきほどのエミリアの言葉を頭の中で反芻した。
知らない人の家でありティムの家でもある。その家に、しかもわざわざ夜になってから出掛けるだと?
クルドは静かに顔を上げて窓へと目を向けた。
窓は何事もなかったかのようにだんまりと黙している。
あの時感じた気配。
魔女でもなく道化でもない。
危険ではないが安全とも言い切れない。
直感が妙に胸騒ぐ。
クルドは怪我している自分の足へと目をやった。
その足にそっと手を当て目を閉じ、声を押し殺して唱える。
「治療」
淡く光る小さな魔法陣がクルドの足を包み込むようにして出現する。
しばらく輝いていた魔法陣は、やがて溶け込むように消え。
クルドは楽になった両足を交互に動かした。
「もって明朝──魔術の効力が切れるまで、か」
ベッドから足を下ろし、クルドはエミリアの後を追うようにして部屋を出た。




