誰にも言えない【7】
夕闇が空に広がり、部屋の中も明かり無しでは物が認識できない薄暗さになった頃。
エミリアが三人の使用人を連れて部屋に入ってくる。
部屋に明かりが付き、おいしそうな匂いが漂う。
運ばれてきた夕食。
それが二人分だったことに、クルドは物凄く違和感を覚えた。
「俺がこんなに食えると思うか?」
「あ、これね。あたしの分」
「お前の分だと?」
エミリアは当然とばかりに繰り返す。
「そう。おじさんとあたしの分」
クルドは片手で顔を覆い、げんなりとため息を吐いて項垂れた。
「まさかとは思うが、お前もここで食べるのか?」
「うん」
ベッドの隣に一人用の椅子とテーブルが運ばれてくる。
エミリアはその席にちょこんと座り、
「あたしもおじさんと一緒にここで食べるの」
彼女とは別に、クルドの前にはベッドから下りなくてもいいように足の短い載せ台が用意される。
置かれていく夕食を前にして、クルドは尚項垂れたまま言葉を続ける。
「ご両親はお前がここで食べることを変に思わないのか?」
「だってパパやお母様にはあたしがおじさんの面倒を見るって言ってるもん。おじさんはフレスノール家の恩人だからフレスノール家の娘が見るのは当然よ」
「そうなのか?」
「そうやってパパを説得したの。パパが納得すればお母様は何も言わないもの」
「あーなるほど」
「それでね、今日はパパもお母様もラーグ伯家との社交パーティの日で家に居ないの。だからあたしが面倒を見るしかないわけ」
「お前は行かなくていいのか?」
「うん。行かなくていいから恩人さんの世話をしてあげなさいって。──あ、あたしの家ね、一応ラーグ伯家の傘下なの」
「へぇ……」
「それにあたし、あの家の子たちと仲悪いの。いつもあたしを階級の低い女と見下してくるからほんと大嫌い。それを態度に出したら、パパの仕事の話に差し支えちゃって。それ以来もう無理にパーティに出なくていいよってパパに言われちゃった」
気持ちを強く持とうとしてか、エミリアは無理に笑って独り言のように話を続ける。
「でもね、パパはあたしのことを嫌ってそう言ったわけじゃないの。仕事のことはパパの力量のせいだから気にしなくていいって言ってくれたの。それにね、パーティは伯爵の絵画コレクションの自慢だったり、伯爵夫人が飼っている珍しいペットの話や子供たちの自慢話が中心だから、あたしは行っても行かなくても別にいいんだって」
そっと目の淵の涙を手で払って、エミリアは気を取り直す。
「食べよう、おじさん。夕食が冷めちゃう」
「そうだな」
全ての準備を終えた使用人がエミリアの指示で部屋を出て行く。
クルドはエミリアに尋ねる。
「いいのか? 追い出して」
「あーいいの。後は全部あたしがやるから。その方がおじさんも気が楽でしょ?」
クルドは微笑する。
「まぁな。たしかにその方が助かる」
「そうでしょ? あたし、おじさんのことは何でもわかるんだから」
そう言ってくすくすと笑って。エミリアはポットを手に、クルドのカップに紅茶を注いだ。
クルドは注がれた紅茶を一口飲む。
飲みなれない初めての味に顔をしかめる。
なんとも不思議な味だ。
エミリアが不安そうに小首を傾げる。
「もしかしておいしくなかった?」
「いや、そういうわけじゃない。こういう味に飲み慣れていないだけだ」
二口目を飲もうとして、
「ねぇおじさん」
「ん?」
「魔女裁判ってどんな仕事?」
ぶほっ──!
クルドは思わず噴き出した。




