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誰にも言えない【5】


 その後、クルドは足の怪我の面倒を見たいと申し出るフレスノール男爵の感謝の意を無下に断れず、馬車でフレスノール邸へと運ばれた。

 部屋とベッドを貸してもらえたばかりか服まで用意してもらい、さらに医者まで呼んでもらえて。

 何から何まで至れり尽くせりの中で、クルドはフレスノール男爵にいつ正体がバレるか気が気じゃなかった。

 まさかこんな形で再びフレスール家を訪れることになろうとは。

 人生というのは本当に何が起こるかわからないものだ。

 医者の治療を受けて右足に固定の板と包帯を巻かれ、ベッドで安静が必要だと言われる。

 フレスノール男爵は「怪我が治るまでここに居ていい」と言ってくれたのだが、クルドは今すぐにでも逃げ出したい気分だった。

 部屋に一緒に居たエミリアがクルドの内心を察したのか、事が一段落したと同時にフレスノール男爵と医者を部屋から押し出す。

「いいからいいから。後はあたしがやるわ。パパはお仕事が忙しいでしょ?」

 男爵がエミリアの言葉に安堵するように笑みを浮かべる。かわいい愛娘の気遣いを断ることができないようだ。あっさりと部屋を離れる。

「そうかい? ならお願いしとくよ」

「うん、まかせて」

 頷いて、エミリアは医者と男爵を部屋の外へと押し出すと、すぐにぴしゃりとドアを閉めた。


 しばらくして男爵と医者がそろって部屋の前を離れていく足音が聞こえてくる。


 遠のいたことを確認した後、エミリアが輝かんばかりの嬉しそうな笑みを浮かべてクルドへと振り返ってきた。

「ねぇねぇおじさん。懐かしいでしょ?」

「うるせぇ」

 ベッドで上半身を起こして安静にしたまま、クルドはそっぽを向いた。

 ぷぅと不機嫌に頬を膨らませてエミリア。腰に手を当てて立腹する。

「なによ、その態度。せっかくあたしが上手く誤魔化してあげたのに」

「頼んでねぇよ。──と、言うわけにもいかないか」

 クルドはため息を吐いてエミリアへと顔を向けると、真面目にきちんと礼を言った。

「ありがとな。その礼だけは言っておく」

 途端にエミリアの機嫌は直る。顔を上機嫌に緩ませて、クルドのベッドに走り寄る。

 そしてお尻から飛び込むようにして勢いよくベッドに腰掛けてきた。

 ベッドのスプリングの波打つ衝撃にクルドの怪我した右足も弾む。

 クルドは上げそうになる悲鳴をぐっと堪えて我慢し、涙目になって両手をわななかせながらエミリアに訴えた。

「頼むから普通に座ってくれ!」

 しかしエミリアはさほど気にした様子もなく、明るく尋ねてくる。

「ねぇねぇおじさん。あの時のことを思い出さない?」

 眉間にシワを寄せてクルドは問い返す。

「あの時の何を?」

「ここね、あの時使った部屋なの。黒猫ちゃんがここに居て、あたしが間に居て、そしておじさんがそこに居たの」

「あぁあの時か……」

 思い出して、クルドは部屋を見回した。

「たしかにどことなく見覚えがある」

 言われてみればあの時、見合いの後に宿泊部屋として通された部屋があった。ベッドで黒猫と腹減っただのなんだのと言い合って、そして窓からエミリアが入ってきて──

 クルドは懐かしく微笑した。


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