貴族と庶民【1】
コンコン。
開かれたドアの前で、肩ほどの金色の髪を持つ貴族少女がはにかむ笑顔でドアを叩く。
「お姉ちゃん、入るからね」
すると窓際で外の景色を眺めていた彼女の姉が振り向いてくる。やんわりと微笑みを浮かべて、
「あら、エミリア。どうぞ」
貴族少女──エミリアは後ろ手を組みながら部屋を見回し、中へと入った。
片付けられ閑散とした部屋の中。ここは元、姉が使っていた部屋だった。今はもう来客用の部屋となり、姉の使用物は全てなくなってしまっていた。
姉──シンシアは再び窓の外へと目を向ける。
まるでそこから見える最後の景色を目に焼き付けるかのように。
エミリアは姉の気持ちに気付いて暗く俯くも、すぐに気分を切り替える。
笑顔を見せ、姉に声を掛けた。
「お姉ちゃん、きれいになったね」
シンシアが振り向いてくる。
「あら、それは私のこと? それとも部屋のこと?」
エミリアはわざとらしく惚けてみせた。
「んー。両方、かな?」
「まぁ上手いこと言って。どうせ今日持ってきたお土産でも期待しているんでしょ?」
「バレた? でもお世辞じゃないよ、ほんとだよ?」
シンシアが口元に手を当てフフと笑う。
「はいはい」
エミリアも照れくさそうに頬を掻いて笑った。
そして思う。
結婚式を挙げたあの日から最後に一度だけ、実家に帰ることを許された姉。姉は結婚してすごく美人になった。長く伸ばしていた金色の髪は大人っぽく後ろで一重に束ねて、表情も仕草も気品ある貴婦人そのものになった。やはり子爵のもとへ嫁いだことが姉を貴婦人へと成長させたのだろう。そしてもう一つ、姉のおなかの中には──
「ねぇ、お姉ちゃん。赤ちゃんっていつ生まれてくるの?」
シンシアは少し膨らみあるお腹をさすってみせた。
「そうね。まだもうちょっと先の話かな」
「ふぅん、そうなんだ。楽しみだなぁ」
「フフ。そうね」
「ねぇ、お姉ちゃん」
「ん?」
「あとで一緒にテラスで二人だけのお茶会しない? 色んなお話が聞きたいの」
「いいわよ」
「それから夜になったらバルコニーに出て、昔みたいに月の下で一緒にお菓子を食べるの」
「あら。面白そうね」
「それでね、それでね、あと……」
全て最後になるのだと思うと、指折り言いあげていくエミリアの目に少しずつ涙が浮かんだ。
黙って、シンシアがそっとエミリアを抱きしめる。
「そうね。いつも私と一緒だったものね」
エミリアは泣き顔を見られまいと姉の胸の中に顔を埋めた。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「ん?」
「今日……一緒に寝てもいい?」
「えぇいいわよ」
優しくエミリアの頭を撫でるのだった。そして励ますようにエミリアの背を軽く二度叩いて、
「ねぇ、エミリア。赤ちゃんにあげる靴下を今作っているんだけど、一緒に手伝ってくれない?」