誰にも言えない【1】
「あれ? ここだったかしら……?」
大通りに馬車を停めてもらって、エミリアは歩道に降り立った。
後ろから侍女が下りてきて声を掛ける。
「お止めくださいませお嬢様。このようなところからではなく、フレスノール家御用達のデ・ジャロ宝石店が──」
エミリアは振り返って腰に手を当てると、頬を膨らませて立腹した。
「嫌よ。ティムが教えてくれた宝石店で買うって、あたしもう決めたんだから」
「お嬢様。ティムは庶民でございますよ? そのような者が紹介した宝石店など贋物に決まっております」
「もういいわ。あたし一人で買いに行ってくるから貴方は先に帰ってて」
言って、エミリアはくるりと踵を返して街中を歩き始めた。
「お待ちくださいませお嬢様」
侍女が追いかけてくる。
「ついてこないで」
「お願いでございますお嬢様。このようなことを黙認しては私が奥様に叱られてしまいます」
エミリアはため息を吐いて足を止めた。
侍女も足を止める。
再度、エミリアは侍女に振り返ると──
「あれ?」
言おうとしていた言葉を止めて。
エミリアはある場所の異変に気付いた。
一つだけ壊れた街灯。本来なら早朝の時点で業者が交換しているはずの物である。
小首を傾げて指を向け、侍女に問う。
「ねぇ。あそこの街灯、一つ壊れているよね?」
侍女は振り返り、
「……どこの街灯が壊れているのですか?」
「ほら、あれよ。ここから一、二、二つ目の街灯よ」
困惑に侍女は首を傾げる。
「……何も壊れてなど」
「え、でも」
エミリアの目には確かに街灯は壊れて見えた。しかし侍女にはそれがわからないらしい。いや、侍女だけではない。他の誰もその街灯が壊れていることに気付いていないようだ。
(昼間だからなのかな?)
エミリアはふいと視線を外し、それ以上を諦める。そしてそのまま再び歩き出した。
「お待ちくださいませお嬢様」
慌てて追いかけてくる侍女。
すると──。
ゾクリと、エミリアの背筋に悪寒が走った。
(なにこの感じ……)
『こっちに来て! 早く!』
(え?)
頭に直接響いてくる自分の声に思わず目を瞬かせる。
よくわからなかったものの。エミリアは直感に導かれるようにして、ある方向へと駆け出した。




