目に見えるモノ【9】
しばらくして、クレイシスが口を開いて会話を切り出す。
「なぁラウル」
「ん?」
「実は最近……」
何かを言おうとして、しかし思い悩んだような苦い顔で口を閉ざす。
なんとも煮え切らない切り出しに、ラウルは苛立つように続きを催促した。
「『最近』、なんだ?」
首を横に振ってクレイシス。
「いや、なんでもない」
「気になるようなら話しておけ」
「…………」
しばし躊躇っていたクレイシスだったが、やがて深呼吸してから周囲の目を気にするように見回し、そして無言でラウルを人差し指で呼び寄せた。
素直に身を近寄せて耳を貸すラウル。
クレイシスは囁くようにひそひそとラウルに耳打ちした。
「─────」
「あ!? 霧のお化けを見ただと?」
「馬鹿! 声がでかい!」
赤面ながらにクレイシスは激しくラウルを叱責した。
その怒鳴り声に周囲は何事かと静まり返り、二人に注目する。
集めてしまった注目を二人は咳払いすることで散らした。
元々異国人の集まりだ。喧嘩ではないことに興味を無くしたのか、視線はあっさり散っていった。
視線が散った後に、クレイシスは背凭れに身を預け、赤面した顔を隠すようにフードを目深に被って愚痴をこぼす。
「だから言いたくなかったんだ」
ラウルも背凭れにどっかりと身を預け、
「何を言い出すかと思えば。お前、歳いくつだっけ?」
「十五」
「ぷっ」
「笑うな」
一喝し、クレイシスはぼそぼそと独り言のように続ける。
「他にも椅子が一瞬だけ勝手に動いたり、夜中にピアノが独りでに曲を奏でたり、いきなりドアが開いたり、本棚から本が落ちてきたり、時計の針が逆に動き出したり、目の前で白い何かが絵画の中に消えていったり」
ニヤリと笑ってラウル。
「さてはお前、怖い話が苦手だな?」
「うるさい。これって絶対魔女の仕業だよな?」
「否定もできんが肯定もできん」
「肯定してくれ」
「じゃぁ魔女だ」
クレイシスはフードを少し上げ、真剣な表情でラウルに尋ねる。
「オレはどうすればいい?」
「対処法はいくつかある。ストレスを溜めない。夜中に目を覚まさない。何もかも忘れて体を休める」
「オレがストレス溜めて夜中に目覚めて疲れた頭で幻覚を見たとでも言うのか?」
「それでもまだ見えるようなら現実。話はそれからだ」
「何度も何度も繰り返し起きていることなんだ」
「それともなんだ? 俺様に枕元で子守唄でも歌ってくれとでも言いたいのか?」
「ぐっ……!」
クレイシスは奥歯を噛み締めると頬を引きつらせて身を引いた。
気楽に手を払ってラウル。
「戯言に振り回されている場合か? お前にとっちゃ今が大事な時期なんだろうが」
「わかっている」
「ストレスだストレス」
「違う、そんなんじゃない。きっと魔女の仕業だ」
「魔女が出たなら俺様とクルドで何とかする。まぁどっちかってぇとその手の現象は幽──」
「言うな。わかっている」
皆まで言わさず、クレイシスはラウルの言葉を打ち止めた。
会話を切り、ラウルは面倒そうな顔で言い換える。
「ただでさえ『エミリア』とか言う金髪令嬢が暢気に酒場に遊びに来て大変だってぇのに、またお前まで酒場に来られたら──」
「ラウル」
「ん?」
クレイシスの眉間にシワが寄る。怪訝な表情を浮かべてテーブルに身を乗り出してくる。
「魔女アーチャの事件は終わったはずだよな?」
「あぁ終わったな」
「なんでエミリアがあの酒場に?」
肩を竦め、お手上げしてラウル。
「さぁな。あの事件以来、用も無いのに何かと酒場に顔を見せるようになったな」
「エミリアは貴族だろう? 役人の目は大丈夫なのか?」
ラウルは顔を渋め、無言で再びお手上げして肩を竦めた。
「そっか……」
ため息を吐いて、クレイシスは身を引いて椅子に背凭れる。




