目に見えるモノ【8】
ラウルはその向かいの席に腰を下ろした。からかうように鼻で笑い、目の前に座る人物に親しげに声を掛ける。
「よぉ、久しぶりだなクソガキ。元気してたか?」
その人物──クレイシスは声量を落とし、静かに尋ねる。
「話があるって聞いたんだけど、何?」
「いや、大した事じゃない。お前と少し話がしたくてな」
「それだけの為に?」
「あぁ。それだけの為だ」
さも当然とラウルは頷く。
クレイシスは顔を伏せ、フードの下に顔を隠す。そのわずかに見える表情は懐かしそうに微笑していた。
「変わってないな、ラウル」
「たった三ヶ月だろう? 何が変わるっていうんだ?」
「クルドは元気か? キャシーやロン爺は? あれからみんな何事なく元気にしているのか?」
「相変わらずだ」
「アレッタさんは?」
「俺様の女房も相変わらずだ。俺様よりお前に会えない日が寂しいと言ってやがる」
「ラウルの子供たちも元気にしているのか?」
「死んだという話は聞かんな」
「そっか……」
話を聞いて、クレイシスは肩を落として安堵の息を吐いた。
ラウルが突然「あ」と何かを思い出してぽんと手を打つ。
「そーいやアステカ婆さんがお前のこと捜してたんだったなぁ」
顔を上げてクレイシス。
「え? なんで?」
「お前のことをまだクルドの息子と勘違いしているらしい」
「まだ勘違いしているのか?」
「それとお前、勝負挑まれて勝ち逃げしていたらしいな」
クレイシスは記憶を探るようにしばし考え込む。
「まさか銅貨探しのリベンジか? いや待てよ、それともゴミ箱から犬より先に肉を見つける競争か? そういえばドブネズミを誰が一番多く捕まえられるかの競争にも参加したなぁ」
頬を引きつらせてラウル。
「おいおい、いったいどんな庶民生活を送ればそうなるんだ?」
クレイシスは暗く影を落として気分を沈ませると目前のテーブルにうつ伏せた。
「そうだよな。たしかにあの時は毎日を生きるのに必死だったんだ。なんかもう、この思い出だけで一生落ち込めそうな気がする。……貝になりたい」
同じくテーブルに片肘ついて呆れるような目でラウル。
「だーから俺様もクルドも帰れっつっただろうが。それを無視したお前が悪い。いつまでもあの廃人と関わるからそうなるんだ」
顔を上げてクレイシスは微笑した。首を横に振る。
「別にあの暮らしに後悔しているわけじゃない。無駄なことなんて一つもないんだ。クルドが姉さんの仇を討ってくれたから」
ラウルは急に真顔になって尋ねる。
「あれから魔女を見たりしてないか?」
「見てない」
「本当か?」
「本当だよ」
お手上げするような仕草でラウル。
「そうか。ならいい」
「なぁラウル」
「ん?」
「……いや、なんでもない」
首を横に振って椅子に背もたれ、クレイシスはそのまま口を閉ざす。
ラウルも身を引き、椅子に背もたれると相手の言葉を静かに待った。
しばらくして。
クレイシスがぽつりと会話を切り出してくる。
「本当に、これで全てが終わったんだよな?」
「ん? なんか腑に落ちないことでもあるってぇのか?」
「姉さんが魔女に殺された理由が気になるんだ」
「今のところ有力な説は、お前の姉さんが呪詛を唱えて魔女に殺されたんじゃないかってことだ」
顔をしかめてクレイシス。言葉を返す。
「それ、本気で言っているのか?」
「信じる信じないはお前の勝手だ。好きにしろ」
「…………」
半ば投げやりに返されて、クレイシスは納得いかないような顔で身を引く。
その様子を見てフッと鼻で笑ってラウル。ポケットに入れていた煙草を取り出し、口にくわえる。
「クルドがやっている魔女裁判ってのはそんなもんだ」
ポケットの中にあるマッチ棒を手探りながら、言葉を続ける。
「これでわかっただろう? お前は酒場に居た時に魔女を証明するだのなんだのとクルドに喧嘩腰に言っていたが、世間から見りゃ頭がイカレているようにしか見えてねぇってことだ」
クレイシスはため息を吐いて謝る。
「そうだよな。ごめん」
そこで口を閉ざし、会話を切った。
話を広げることなくラウルは無言でマッチ棒を探し続けていたが、やがて探すのを諦めたのか、動作を落ち着けてそのまま椅子に背もたれた。そして退屈そうに煙草をくわえたまま天井を見つめる。
沈黙がしばらく続いて。
やがて亭主がやってきて気遣うように無言でマッチの箱を置いて去っていった。
マッチ箱を手にしてラウル。箱の中から一本取り出して擦り、煙草に火を点す。




