目に見えるモノ【5】
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月夜の仄かな光が差し込む薄暗い部屋の中を、キャシーは明かりも付けずにその部屋へと入り、問いかけた。
「行くの?」
「あぁ」
影は答える。
キャシーはその影の足に目をやった。
「怪我は?」
「魔術で治癒を早めた。ロンには言うなよ」
「怒られるから?」
「怒られるどころか殺される。裁判以外での魔術の使用は禁止されているからな」
「厳しいのね」
「厳しいからこそ俺は人間のままでいられるんだ」
影──クルドはキャシーへと振り向いた。
「色々と悪いな」
「いつものことでしょ。早く行きなさいよ」
「あぁ」
微笑して片手を軽く挙げ、クルドは再び窓へと向き直った。
手持ちの短剣を窓から放る。
すると短剣は箒へと変化し、宙に浮いた。
クルドは窓枠に片足を置くと、箒に飛び乗る手前で背中越しにキャシーへと言葉を残す。
「この恩はいつか返す」
相手の返事を待つことなく箒に乗り、クルドは窓から夜空へと飛び立っていった。
「……」
部屋に一人残されたキャシーはため息を吐いて肩を落とす。
誰もいなくなった部屋、それでも相手が居るかのように、
「昔からいつもそう。返しもできないくせに強がって」
小さく呟きを零して、キャシーは彼の寝ていたベッドへと歩み寄った。
さきほどまで彼が寝ていた場所。
その場所に手を置き、静かに腰を下ろしてそっと横になる。
まだ少し、温かい。
彼の温もりを肌で感じながら、どこか安心感と寂しさを覚える。
キャシーはそのまま眠るように目を閉じた。
「ほんとポッキリいっちゃえば良かったのよ。そしたらもう少し長く、一緒に居られたのに……」




