序章【2】
女の子──リルは、淡々と道化に用件を告げる。
「消してもらいたい人物がいるの」
道化は首を傾げた。
「誰だい?」
「フレスノール男爵の次女フレスノール・エミリア。彼女は人間でありながら西の魔女と同じ力を秘めているわ」
道化は困ったように腕を組み、眉間にシワを寄せて唸った。
「西といえば精霊の加護……。精霊が相手となると僕の暗黒魔法は不利になるね」
「昼間は、でしょう?」
「夜は夜でこの街には裁判者クルドがいる」
「彼は人間よ。不死身のあなたが負けるはずないわ」
「いくら僕が不死身でも相手が悪ければ負ける」
「……負ける?」
呟き、リルは射殺すような目で道化を睨んだ。
道化がびくりと身を震わせる。ひきつる笑顔で慌てて挙手し、すぐにコクコクと何度も頷く。
「はーい、僕がやりまーす。えぇ喜んでやりますとも。絶対に勝ってみせまーす」
「それでこそ私のかわいいドール」
リルはくすりと笑って手の平に白い光を生み出した。
白い光が形となる。
形となった物を、リルは道化に投げ渡した。
道化が受け取る。
受け取った物を見つめ、道化は不思議そうに目を瞬かせた。
白くて面長で、簡易作りの顔隠し。マスケラには二つの意味がある。一つは、舞踏会で上流貴族が身分を隠す為に付ける物。そしてもう一つの意味は──
道化はことんと首を倒してリルに訊ねた。
「いいのかい? 使っても」
リルは笑みを消し、答える。
「構わないわ」
片手に出現させた扇をバッと開き、その扇で口元を覆い隠して言葉を続ける。
「私を存分に楽しませて」
道化が大きく口端を広げてニヤリと笑う。まるで悪巧みを覚えた子供のように、
「わかったよ、僕の主。最高のショーを見せてあげる」
その場から立ち上がり、両腕を広げて夜空を仰ぐと声を張り上げた。
「レディース&ジェントルマン。舞台の幕は開かれた。僕は今、すごくハッピーな気分だよ。
今宵月の輝きのもと、最高の舞台を演出しよう」
道化は口角を大きく吊り上げて不気味に笑った。これから狩猟でも楽しむかのように呟く。
「さぁ、ショーの始まりだ」