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目に見えるモノ【2】


 エミリアはにこにことした笑顔で親しげにクルドに手を振る。

「はろハロー」

 彼女は今日もすこぶる元気だった。


 ……。いや、ちょっと待て。何かが変だ。何かがおかしい。

 なぜ彼女が屋根上ここに居る?


 クルドは身の毛がよだつ思いで恐る恐る訊ねた。

「なぜ、ここに居る?」

 エミリアはきょとんした顔で小首を傾げる。

「おじさんこそどうしてここに居るの?」

「俺は仕事でここに居るんだ」

「ふーん、そう」

 エミリアは両腕を大きく広げ、バランスを取りながら屋根の上を器用に歩いて近づいてきた。

 クルドは焦った。ここは屋根の上だ。もちろん命綱なんて付いていない。誤って落ちれば命はない。

「ば、ばばば馬鹿止まれ、ストップだ。それ以上そこから動くな。落ちたら死ぬぞ。俺の言葉は理解できているか?」

 それでもエミリアは歩みを止めず、ドレスの重みや風向きにふらつきながらもクルドの傍へ近寄っていく。

「大丈夫よ。昔ティムにね、屋根を上手に歩く方法を教えてもらったの」

「そういう問題じゃねぇだろ!」

 両手をわななかせてクルド。

「ってか、お前どうやってここまで来た? 近くに誰か知り合いでもいるのか?」

 エミリアは首を横に振る。

「ううん。あたし一人。今ね、ティムを捜している途中なの。遊ぶ約束しているのに最近なかなか会ってくれなくて。──ねぇおじさん。ティムがどこにいるか知らない?」

「俺の言葉は通じているか? どうやってここまで来た? なぜ屋根の上を歩いている?」

「えっとね」

 と、人差し指を顎に当ててエミリア。

「どうやって来たかは秘密。でもね」

 当てていた指先を今度は三軒向こうの屋根部分に向ける。

「だいたいあの辺りから普通に歩いてきたよ?」

 クルドは激しく首を横に振った。

「全っっ然わからん。会話も噛み合ってねぇし」

「よっ、と」

 クルドの傍へとたどり着き、エミリアは後ろ手を組んで小首を傾げ、にこっと笑った。

「ね? ちゃんと来られたでしょ?」

「──って聞けよ、俺の話ッ!」

 泣きつくクルドに、エミリアは相変わらずな笑顔を見せるのだった。




 屋根の頂に二人で腰掛けて。

 エミリアが風に流れる金色の髪を色っぽく耳にかけながら話し掛けてきた。

「あたしね、今度お見合いすることにしたの」

 クルドは眉間にシワを寄せて首を傾げる。

「だからなんだ?」

「おじさんも候補者の一人に入っているから。あ、詳細はまた近くなったら教えてあげるね」

 思いっきり顔をしかめてクルド。

「は?」

「あ、なによその顔。もしかしてあたしの時は来ないつもり?」

「来る来ない以前に、俺の格好に違和感を持たないのか?」

「正装ぐらいしてきてよ」

「そうじゃなく……。困ったな」

 クルドは頭を掻きながら視線を逸らせた。

「その、なんと説明すればいいか。あの時は──」

「あの時があの時ならあたしの時も来てよ」

「そうじゃなくて」

「ねぇおじさん」

 エミリアが覗き込むようにしてクルドの顔を見つめる。

「どうしてお姉ちゃんの前から姿を消したの?」

「『どうして』ってお前、決まってんだろ」

 クルドはしどろもどろと答える。

「その、つまりあれだ。なんというか、その」

 本来の姿じゃなかったからだ。と、内心で付け加える。

「とにかく俺はもう行かない。行けないんだ」

 エミリアが元気なく顔をうつむけていく。

「お姉ちゃん、あれからずっと泣いてた」

「え?」

「クルドさんに嫌われたんだって言って、ずっと泣いてた」

「いや、えっと……」

 真実を話すべきか。それとも──

 いや、ここは正直に話しておこう。彼女の想像に任せていたらとんでもないことになりそうだ。

「まぁ何というかあれだ。お前のお姉さんとお見合いした時はたしかに男爵だった。嘘はついていない。だが俺は、これが本当の姿なんだ」

「庶民ってこと?」

「そうだ」

「なにそれ酷い。お姉ちゃんを騙したのね」

「だからこそシンシアは俺と結婚しなかった。そうだろう?」

「おじさんがあの時行方をくらまさなかったら、お姉ちゃんは絶対おじさんと結婚してた」

「……」

 無言で、クルドはエミリアの頭をくしゃりと撫でた。

「まぁなんつーか。これで諦めもついただろう?」

「ねぇおじさん」

 エミリアがぽつりと尋ねてくる。

「おじさんって一体何者なの? 魔女って本当はこの世に存在するんでしょ?」

「……」

 クルドはエミリアから手を退け、街の風景へと目をやった。素っ気無く答える。

「お前、俺のことを何か勘違いしてないか?」

「悪い魔女をやっつけてくれる人」

「魔女はこの世に存在しない」

「本当に?」

「本当だ」

 気分の晴れない様子でエミリアは膝を抱き寄せながら言葉を続ける。

「だったらあたしの中で何も繋がらなくなる」

 クルドはエミリアへと視線を戻し、尋ねた。

「繋がらなくなる?」

 頷いてエミリア。

「あたしが魔女の魔法で小鳥になったことだって、黒猫ちゃんがクレイシス殿下だったことだって何も」

 クルドは笑った。

「この世には魔女が存在して、人間を鳥にしたり猫にしたりするってか?」

 するとエミリアが感情的になって言い返してくる。

「本当よ、本当にあたし体験したの! あれは絶対夢なんかじゃない。今もずっと、あの時のことが実感としてこの胸の中に残っているの」

 言葉半ばにクルドはその場から立ち上がった。街へと視線をやり、

「貴族のくせに戯言を信じるのか?」

「戯言なんかじゃないもん!」

「じゃぁ証拠はどこだ? お前が小鳥になったって証拠は? 魔女が本当に存在したという証拠は?」

「あたしが子供だから? 子供だからそんなこと言うの?」

「子供扱いしていると思うか?」

「え?」

 クルドはエミリアへと視線を戻した。

「証拠が無いものに関わるな。目に見えるモノが現実、見えないモノは幻想だ。大人だったらその辺を区別しろ」

 呆然とエミリアは呟く。

「でも」

「さてと、仕事の続きに戻るか」

 ノビをして。

 クルドは無視するようにエミリアをその場に置き、持ち場へと戻った。去り際に手を振りながら、

「もう戯言なんかに関わるな。将来ロクな大人にならねぇぞ。それから今後一切酒場にも──」


 いきなり大きな音がして。


 エミリアの前から忽然とクルドの姿が消えてなくなった。

 代わりに、そこには大きな穴が開いていた。

 エミリアは小首を傾げてぽつりと呟く。

「……おじさん?」


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