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貴族と庶民【13】


 ラウルが手を止めて顔を上げる。

「余計な邪魔だと?」

 クルドは頷く。

「あぁ。マナが二年前に狩った道化だ」

「葬ってなかったのか?」

「確実に葬ったさ。だが、奴は再び地獄から蘇ってきた」

「まるでイタチごっこだな」

「イタチならまだ可愛げがある。ゾンビだ、あれは」

「序幕は始まっているのか?」

「おそらくな」

 ラウルがやれやれとお手上げして肩を竦める。

「魔女狩りの後に道化狩りとはご多忙なことで。──にしては、随分と余裕ぶっこいてんな。楽勝か? それとも無理が見えて半ば投げてんのか?」

 クルドはきっぱりと告げる。

「後者だ」

「できれば前者と言ってほしかったな」

「前者だろうが後者だろうが効率良くやってれば結果は同じだ」

「そりゃ正論だが終幕フィナーレまで野放すんじゃねぇぞ、クルド。道化はフィナーレが厄介だ」

「わかっている。だが魔女と比べれば手ぬるい相手だ。今はまだ放っておいて問題ない」

「ほんとかよ」

 疑うようにそう言って、ラウルは本へと視線を落とした。

 クルドも会話を止めて本のページをめくっていく。


 …………。


 またしばらくして。

 ラウルがページをめくりながら言う。

「ところでヴァンキュリア・サーシャとフレスノール家で起きた事件の関連性はどうなったんだ?」

 ぺらりと一枚、ページをめくってクルドは答える。

「解けない謎が一つある。なぜ高位の魔女が二人の願いに応えたか、だ」

「あのピーチク令嬢を含めりゃ三人ってとこだな」

 一旦ため息を挟んでからラウルは言葉を続けた。

「アーチャを狩ってもう三ヶ月だ。あれから何か原因となるものは分かったのか?」

「エミリアの話がもし本当なら、アーチャの事件は遊びで広まった呪詛まじないが原因だ」

 ラウルが怪訝に顔をしかめて訊ねる。

「遊びで広まっただと? 呪詛がか?」

「あぁ。どこが発端か知らんが、貴女や貴婦人の間で急に流行りだした遊びらしい」

「魔女の存在を知っていてやっているってことか?」

「本当に魔女が存在すると信じているなら高位魔女を呼び出すなどと馬鹿な真似はやらんだろう。古布にペンタクルを描いたりだとか、その円外に三本のロウソクを立てたりだとか、その中心に純金の聖杯を置いて清らかな水を注いだりとか」

「おいおい、誰だ? そんな頭のイカレたことをするお嬢様どもは」

「エミリアの話だ。あとは両手を組んで呪詛を唱える。エミリア曰く、心から魔女の存在を信じて唱えることが重要だそうだ」

「オカルト協会も真っ青な本格仕込みだな。ちゃんとした高位魔女の召喚儀式じゃねぇか。何がどーなってそんな危険なもんが遊びで広まったんだ?」

 お手上げしてクルド。

「さぁな。呪詛の内容も完璧だ。魔女に命を捧げる代わりに願いを叶えてほしいだとさ。魂狩りには絶好の標的だ。阻止してやるのも難しい」

「にしても、広まるキッカケか何かがあるはずだろうが。裁判者の誰かがヘマしたとか?」

「お前ならペテン師がやる本格的なオカルト仕込みを真似したいと思うか?」

 口をへの字に曲げてラウル。納得する。

「たしかに真似るのもアホだな」

「そうだ。素人がやったところで何の効果も発揮しない。頭の具合を疑われるだけだ。だが──」

 クルドはそこで一旦言葉を切る。

 耳を傾けてラウル。続きを催促する。

「だが、なんだ?」

「だがもし、裁判者の素質を持った者がそれを行ったとしたらどうなると思う?」

「危険だな」

「そういうことだ」

「となると、裁判者の素質を持つ者が次々と魔女に魂を狩られていっているということか」

「ここで気になる点が一つある。たとえ被害者が裁判者としての素質を持っていたとしても、わざわざアーチャが出向く必要はなかったはずだ。それなのになぜ大魔女は魔女アーチャに指示を出したと思う?」

「俺様が知るか」

「だからこの事件に関してはこれ以上進まない。これで納得できたか?」

 顔を上げてラウル。反論する。

「納得も何も、調べる余地は他にもあるはずだろう? 大魔女に聞くなりなんなり」

「すでに解決した事件だ。いつまでも掘り起こしていても仕方ない。今は目の前の被害者を霧の魔女から守ることが先決だ」

「なんつー投げやりな」

「黙ってくれ、ラウル。俺だってこんなことは言いたくない。クレイシスの気持ちは俺だってわかっている。これ以上失態を繰り返さない為にも冷静でいたい」

「……」

 ラウルはそれ以上何も言わず、静かに本へと視線を落とした。


 再び部屋に訪れる静けさ。本をめくる音だけが響く。


 しばらくして、ラウルがわざとらしく咳払いして口を開く。

「あーその、なんだ? やっぱ人手不足ってのが問題なんだろうな。もうこの際だ。次の後継者が見つかるまでヴァンキュリアのクソガキに手伝ってもらうってのはどうだ? アイツは魔女の姿も見えるし、何よりあの魔女アーチャに喧嘩を売ったくらいだ。裁判者として継がせないとしても俺様のように──」

 

 クルドは激しく本を閉じた。感情を押し殺し、声を唸らせて言う。

「アイツの復讐はもう終わった。これ以上関わらせてどうする?」

「んなこたぁ俺様だってわかっている。だがよクルド、後継者も取らない上にこうも次から次に事件が中途半端に片付いていくのは俺様はどうも納得がいかないわけだ」

 遮るようにして、クルドは言い返した。

「お前が納得していないのは事件じゃなく、俺が最後までクレイシスに真実を話さなかったことじゃないのか?」

「……」

 黙り込んだ後、呆れるようにため息を吐き捨てて、

「別にお前がそれで良けりゃ俺様はどうだっていいんだがよ」

 ふてくされるようにそう言って、ラウルは重い腰を上げてその場から立ち上がった。尻についた埃を手で払い出す。

「ラウル」

「あ?」

「その本はこっちに返せ。後で俺が読む」

 苛立たしく舌打ちしてラウル。手に持っていた本をクルドに投げて渡す。

 悠にそれを受け取り、クルドは黙って本棚に入れ置く。

 ラウルがため息を吐いて踵を返す。背中越しにぼそりと、

「マナが死んで、お前は変わっちまったな」

 顔をしかめてクルド。聞き返す。

「……なに?」

「いや、なんでもない。俺様は仕事に戻る。後で下っ端をここに行かせるから帰るなり待たせるなり好きにしろ」

 そう言い残し、ラウルは部屋から出て行った。


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