貴族と庶民【12】
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「霧の魔女だと?」
窓も何もない殺風景な──地下にある秘密の部屋──その中で、事情を聞いたラウルは顔をしかめてそう問い返してきた。
クルドは顔を合わせることなく、そこにあった本棚から次々と本を引き抜いてはページをめくって床に捨て、また引き抜いてはページをめくって床に捨ての作業を淡々と繰り返す。その作業を続けながら、クルドはラウルに言葉を投げた。
「五日ほど前だったか、司祭の息子が突然訪ねてきて俺に仕事を回してきた。屋敷に幽霊が出るだのなんだのとラーグ伯爵から依頼を受けたらしい。司祭の息子がラーグ伯家に一晩張り込んだ結果、どうも悪霊じゃないっつーことでこっちに依頼を回してきたわけだ」
「司祭の息子っつうとアイツか。ローズ家の事件で鉢合わせて俺様たちをペテン師呼ばわりしてきた──」
「こっちは非合法、あっちは聖職。向こうからすれば俺たちはペテン師だ」
「事件片付けたのはこっちだったんだけどな」
「それでもこれは聖職の仕事だ。あの時は全部奴に手柄を持っていかれたが、今回は堂々と仕事を譲ってくれたわけだ」
「そりゃあんだけ怖い目に遭えば自然とそうなるだろうな」
ラウルの言葉にクルドは鼻で笑って肩を竦める。
「Aクラスの魔女だったんだがな」
「弱い魔女だろうが何だろうが魔女は全部化け物だ」
「──と、いうわけでだ」
パタンと本を閉じて、クルドは話をまとめる。
「ラーグ伯家の幽霊事件はこっちで解決することになった」
「そりゃめでたいな。報酬はいくらだ?」
「仲介料を引いた出来高制だ」
「それ思いっきり利用されてねぇか? クルド」
クルドはお手上げする。
「取り分があるだけマシだ。今までこの仕事をやってきてまともに報酬なんてなかったからな」
鼻で笑ってラウル。
「んで、その結果が今回の牢屋行きの流れか?」
「話の通じない魔女だった。油断してこのザマだ」
「ふーん。その霧の魔女ってのはどこ出身でどんな魔女だ?」
「それを今調べている」
「…………」
ラウルが唖然とした顔で間を置く。しばらくして、さきほどの言葉が空耳であったかのように聞き返してくる。
「は?」
クルドは無視して本を読み続けた。
ラウルが周囲にある膨大な量の本を見回しつつ、言葉を続けてくる。
「調べているだと?」
「あぁ」
「今から?」
「そうだ」
「この量を?」
「そうだ」
「調べ物してそれから武器造って。その一連の作業がどのくらいかかる予定なんだ?」
「運が良けりゃ一月ってとこだろう」
ラウルが驚き目を瞬かせる。愕然と、
「一月だと!? 一月も魔女を野放しにするのか!?」
「正直マナが居なくて人手が足りない。猫の手もなんとやらだ」
「オカルト本部に応援の要請はしたのか?」
「魔女アーチャの時から本部に応援は頼んでいる。だが結果はこれだ。今だに本部からの連絡はない」
「本部で何かあったんじゃねぇのか?」
「なんかあったらロンが動揺している。わかるだろう? 弟子を失うほどの裁判者だ。本部から嫌われたってことだよ」
「……」
言葉を失ってか、ラウルが気まずそうに視線を下げていく。
それをクルドはちらりと横目で見やって、やがて素っ気無くラウルの名を呼んだ。
「ラウル」
「あ?」
「ロンが教えてくれた魔術数式を覚えているか?」
問われ、ラウルが記憶を探るように視線を天井へと上げる。
「たしか魔法陣の造り方だったか?」
「違う。武器構成に用いる数式のことだ」
「記憶にないな」
「じゃぁわかった。記憶にある範囲だけでいい。手伝ってくれ」
クルドは持っていた一冊の本をラウルに投げ渡した。
受け取ってラウル。
「いいのか? 後でロン爺に見つかって叱られても俺様は知らんぞ」
「マナがいないんだ。この際仕方ねぇだろ」
ラウルはしぶしぶといった表情で肩を竦めると、受け取った本の表紙を開いた。目を通しながら、
「いっつも雑用をマナにやらせるからだろうが」
「うるせぇ。武器の生成や戦略にどんだけ時間費やすと思ってんだ」
「どうせ戦略を練ったところで結局は直感と成り行きで全部片付いちまうんだがな」
「それ言うな。たまに自分の努力に挫けそうになる」
「んで? この魔術文字の中から何を見ればいい?」
「霧というスペルだ」
「ディル?」
「いや、ヴァルだ」
「懐かしいな。その響き」
…………。
その後の二人に会話はなく、部屋に本のページをめくる紙の音だけが響いた。
しばらくして、ラウルが口を開く。
「それにしても地味な作業だな。魔女アーチャを探した時みたいに魔法でちゃちゃっと出来ねぇのか?」
「あれは稀な事件だ。あんな高位の魔女ならすぐに割り出せる」
「霧の魔女の実力は?」
「Aだ。なるべく一撃で済ませたい。──余計な邪魔が入る前にな」




