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貴族と庶民【11】


 ◆


 ある民家の屋根上で。

 屋根の修理に勤しんでいたクルドは、ある気配を察して面倒くさそうに視線をやった。

 その虚空から道化が姿を現し、静かにそこに降り立つ。


 道化がこちらを見て嬉しそうにニヤリと笑い、

「やぁ久しぶり、裁判者クルド。君に再び出会えて僕は最高にハッピーだよ」

 クルドは無視するように視線を戻すと屋根の修理を再開した。言葉だけを投げる。

「目的を言え」

 素っ気無く言ったことに腹を立てたのか、道化が不機嫌に言ってくる。

「せっかく地獄の底から蘇ってきたライバルに最初にかける言葉がそれかい?」

 ぴたりと作業の手を止めてクルド。意外な言葉に耳を疑いつつ、顔を引きつらせながら問い返す。

「ライバルだと?」

 道化がうんうんと頷いて大空を抱き込むように両腕を広げた。

「そうだよ。僕と君は過去にあんなに激しい死闘を繰り広げた仲じゃないか。もっとこう『待ちくたびれたぜ』とか『お前と戦うことができて胸が熱くなるぜ』とか『久々に楽しめそうだ』とか──」

「目的を言え」

「ひどい……。ひど過ぎるよ、裁判者クルド」

 道化はその場に泣き崩れた。

「僕はこんなにも君との再会に喜んでいるというのに」

 クルドは無視して作業を進める。言葉だけを相手にしながら、

「余興はいいから目的を言え」

 道化が急に泣くのを止めた。

「たかが霧の魔女相手に随分と手を焼いているみたいだね、裁判者」

「俺をからかいに来たのか?」

「うん、まぁね。そんなとこ」

「相変わらず裁き甲斐のある奴だな。お前だけは私的感情で裁いても清々しい気分になれる」

 道化がショックを受けたようにぽつりと、

「……今まで僕を私的感情で裁いていたなんて驚きだよ。それでも裁判者かい?」

「あんだけ慈悲無く裁かれておいて自覚がなかったお前に俺は驚きだ」

「ところで裁判者」

「なんだ?」

 道化が呆然とした顔で人差し指を向けてくる。

「釘を打つ場所間違えているよ」

「うるせぇ。これで合ってんだよ」

「それから裁判者」

「なんだよ」

「今宵、霧の魔女がラーグ伯爵を消そうとしているんだけど阻止できるかい?」

 鼻で笑ってクルド。

「誘っているのか?」

「まぁね」

「俺も随分と嘗められたもんだ」

「弟子を守れないほどの間抜けな裁判者なんだから嘗められるのは仕方ないよ」

 その言葉にクルドの手が止まる。複雑な心境をにじませて、顔を伏せ呟く。

「……そこ言われると何も言い返せねぇな」

 しばらくして、止めていた作業を再開させる。

 道化はその場にちょこんと座った。首をことんと倒して尋ねてくる。

「それで? 君の答えはどっちだい? Y or N?」

 クルドは懐から短剣を取り出すと、刃先を持ち手にして道化に見せるように軽く振った。

「この前ラーグ伯家の裁判を邪魔したのはお前だな?」

 道化がふふんと上機嫌に鼻で笑いながら人差し指を顎に当てる。

「さぁて。何のことかな?」

「そういう反応は相変わらずか」

 きゃはは。

 道化がおどけて笑う。笑いながら、飛んできた短剣を余裕で指の間に挟み受け取る。もう片方の空いた手からも同じ短剣を出現させて、

「さっきこれを投げたのも君だろう?」

「二つともお前の物だろう? 返してやったのさ」

「うん、僕の物だよ。ありがとう。返してもらえなかったらどうしようかと思っていたよ」

「次はそんなもんじゃ済まさねぇぞ」

 道化の表情がぱぁと華やぐ。

「それって僕と遊んでくれるってことかい? 裁判者」

「どっちにしろ結局はお前の遊びに付き合わされるんだろうが」

「うん、そうだよ。わかっているじゃないか」

 そう言い残し、道化は静かに消えていった。

 一人になった屋根上で、クルドは苛立たしく舌打ちする。

「くそ。アイツのせいで妙なとこに打っちまったじゃねぇか。これじゃ完全に釘が足りなくなるな」


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