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貴族と庶民【9】


 ◆


 酒場を出た朱髪の少年──ティムは、民家の裏通りを足早に歩きながらフレスノール家へと向かっていた。

(約束の時間に間に合わないかもしれない)

 フレスノール家の裏手にある貯蔵庫の中で待ち合わせ。あの場は隠れやすいし警備員も来ないという彼女の提案で利用させてもらっている。裏手ということもあるが、何よりあの近くには敷地塀に面した大きな樹木が植えられている。彼女はいつもその樹木を利用して登り、下町へと抜け出していた。

 でももう、

(お嬢様に会うのはこれで最後にしよう)

 昔は彼女と会えることが嬉しくて会っていたが、歳を重ねるにつれて罪悪感ばかりが募っていった。

(お嬢様もお家の為にご結婚される歳だ。それなのにいつまでもおいらが居たんじゃこれから先、お嬢様は幸せになんかなれない)

 庶民と関わりを持つ貴族がどのような末路を歩むことになるのかをティムは知っていた。貴族の誰からも相手にされることなく没落していき、庶民と変わらぬ暮らしになってしまうのだ。

 ティムは首を振って考えを振り払う。

(嫌だ。エミリアお嬢様だけは絶対に幸せになってほしい!)

 だからこそティムは決心する。彼女の前から姿を消し、今後一切会わないようにしようと。他の仲間たちともそう決めたのだ。

 彼女の幸せの為に……。


 入り組んだ裏通りを抜け、裕福な庶民が行き交う大通りへと出た。


 ここの大通りは人が多い。しかも貴族が馬車を降りて歩いたりもする道だ。自分のような小汚い身分の者は隅に寄り、貴族とは体がぶつからないようにしなければならない。

 ティムは道の隅を歩き、体がぶつからないよう気をつけながら歩いた。

 そんな時だった。


「さぁ集まって集まって! 楽しいショーを始めるよ!」


 どこからか陽気な声を耳にして、ティムは思わず足を止めて辺りを見回した。そして、答えはすぐに分かった。行く道とは反対の路地にたくさんの人垣ができていたのである。

 この時期、街に旅芸人が来るのは珍しい。アムステル国境付近の山脈に雪が積もって、それを超えてまではなかなかやってきてくれないのだ。もうこれを見逃したら当分見ることはできないだろう。

見れば下町の仲間たちも次々とその人垣の中心地へと向かって走っていっている。

 ティムも真似るようにしてその人垣の中へと入っていった。

 足と足の隙間を縫うようにしてその中心地へと四つん這いで掻き進んでいく。

 人垣の中心地には一人の道化が陽気におどけていた。大きな玉乗りの上でバランスを取りながら手品を見せている。てのひらから花を出現させたり、火を出したり、トランプをばら撒いたり。かと思えば、野次馬の頭から鳩を飛び出させたり。

 笑いや拍手、子供達の声に包まれた中で行われる楽しげな手品に、いつしかティムは惹きこまれていった。

 すると、道化がティムを見つけて微笑みかけてくる。

「君、ちょっとこっちに来て手伝ってくれないかい?」

「え? お、おいらが?」

「そうだよ」

「で、でもおいらはスラム出身だから──」

「構わないよ。手品は命がけでやらないと面白くないからね」

 野次馬で着ていた裕福な者達にはその意味が通じたのか、クスクスと笑い声が聞こえてくる。

 笑いの意味もわからず、ティムは緊張に胸を高鳴らせながら道化の傍へと歩み寄っていった。

 道化が大きな玉の上から降りて手を招き、「早く早く」とティムを急かす。

 ティムは照れくさそうに身を縮めながら前へと進み出ていった。

 その手を取って、道化が声を張り上げる。

「さぁお集まりの紳士淑女の皆様。これからちょっとしたショーをご覧いただきましょう」

 ティムの手を引いて誘導し、そのまま壁際へと立たせる。何もなかった掌から一個のリンゴを出現させて静かにティムの頭の上に載せた。そして何気ない仕草を交えながら、道化はティムの耳元でそっとささやく。

「死にたくなかったら絶対にそこを動かないことだよ」

 ──え?

 ティムの心臓がどきんと跳ねた。死という言葉に顔から血の気が引いていく。

 その顔を周りに隠すようにして、道化は虚空から出現させた顔隠しマスケラをティムの顔に覆い被せた。

 小さなのぞき穴が二つ。ティムはそこから全てを観察した。

 準備が整ったのか、道化がその場を離れていく。

 周囲に向けて声を張り上げながら、

「さぁ皆様ご注目を。彼にマスケラを被せたのは、これから出すものを見て失神させない為」

 道化が高く振り上げた手には、陽光にきらめく一本の短剣があった。

 周囲がそれを見て戦くようにざわめき、息を呑む。

 道化はリンゴへと的を絞り刃先を構えた。が、その刃先が少しずつティム目掛けて下がっていく。しだいに道化の表情は狂気に満ちた顔となり、口端を引き伸ばしてニヤリと笑う。声量を落として呟くように、

「ショータイムだ」

 その言葉を合図に、短剣はティムに向けて投げられた。


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