貴族と庶民【8】
胸を撫で下ろす少年。
「良かった。あんなに心配するお嬢様は初めて見たから、力になってあげたくて、つい──」
クルドは少年の言葉を遮って口を開いた。
「『つい』で自分の命までやるつもりだったのか? 貴族に関わり不当な裁判にかけられて処刑台送りにされた庶民がどれだけいると思っている?」
その言葉に少年はしゅんと項垂れる。
「……そんなこと覚悟の上です」
言って、腕にある痣をクルドに見せた。
「お嬢様とお話をするたびに役人に捕まって棒でぶたれていますから」
流し目で見て、クルドは淡々とした口調で尋ねる。
「ピーチク娘はそのことを知っているのか?」
少年は首を横に振る。
「知らないはずです」
「なぜ言わない?」
「僕が会わなければ済む問題だからです」
クルドは鼻で笑って吐き捨てる。
「わかっているじゃねぇか。なら、これからは気軽に貴族と馴れ合わないことだ」
少年が顔を上げて噛みつかんばかりの勢いで言い返してくる。
「そんなことわかっています! けど、お嬢様は……」
語尾を小さくしていきながら少年は再び元気なく俯いた。その下で悔しむようにぐっと拳を握り締めていく。
「エミリアお嬢様だけは他の御貴族様とは違う。だからおいらは出来る限りのことをエミリアお嬢様にしてあげたかったんだ……」
そう呟くように言った後、少年は静かに席を立ち、無言でクルドに一礼する。
そのまま口を開くことなく、少年は踵を返して酒場を出て行った。
…………。
黙ってコップを磨き続けるロン。
ぼりぼりと頭を掻くクルド。
煙草を口にくわえて火をつけるラウル。
しばらく黙々と各々の作業をした後、クルドはため息とともに言葉を吐き捨てた。
「やっとクレイシスがここを出て行ったかと思えば次はピーチク娘か」
煙草を吹かしながらラウル。面倒くさそうに、
「んで、どーすんだ? この依頼」
「受けるしかねぇだろ」
「問題は役人だ。ヴァンキュリアのクソガキは自分で知恵を働かせて何とか役人の目を誤魔化していたが、あの金髪令嬢が役人の目を誤魔化しているとは思えねぇ。あとつけられてガサ入られたら俺様たちは終わりだからな」
「わかっている。何とかしたいのは山々だが──」
「言っとくがこの件に関しては手を貸さんぞ。わかっているだろう?」
クルドは言葉途中で席を立った。会話を続ける。
「そうしてくれ。裏で盗賊が関わっていたとなれば余計に罪が重くなる」
「わかってんじゃねぇか」
「話はそれだけか?」
「あぁそれだけだ」
「じゃぁ俺は仕事行く」
席を離れるクルドの背に向け、ラウルは言葉を続けた。
「逃亡する時はいつでも俺様に言え。脱出路ぐらいの面倒はみてやる」
背越しにクルドは答える。
「俺に盗賊の仲間入りをしろと?」
「新入り大歓迎だ」
「遠慮しとく」
片手を振って、クルドは酒場のドアを開けて外へと出て行った。




