序章【1】
この作品はR15指定です。ホラー要素もあります。読まれる際はご注意ください。
月の輝く真夜中の、うっそうとした森に眠る墓地で。
鈴の音が静かに鳴り響く。
チリリ、チリリと。
まるで使者の魂を呼び起こすかのような、その単調で透き通る音色を墓地に響かせながら。
鈴を鳴らしていたのは七歳ほどの貴族令嬢だった。
蒼い瞳に雪のように白い肌、フリルをふんだんにあしらった漆黒のドレス。華やかというより高嶺の花、豪奢というよりは黒いダイヤ、令嬢というよりもアンティーク・ドール。そんな女の子だった。
女の子は一つの墓標を前にして佇み、鈴を鳴らす。
チリリ、チリリと。
弱い風が吹きぬけた。
女の子の長い銀の髪がふわりと風になびく。
それを合図にするかのように、女の子は鈴をぴたりと止めた。
そして土に眠る死者へと優しく語り掛ける。
「さぁ、目覚めなさい。私のかわいい人形」
声に応えるように、女の子の足元の土がぼこりと盛り上がった。
土にまみれた青白い手。肉は腐敗し、ところどころに骨が見えている。
遺体は動いた。
まるで彼女の生気を求めるように手を伸ばし、低いうめき声を上げながら這い出てくる。
女の子は最後にもう一度だけ鈴を鳴らした。
遺体が変化する。
朽ちた体から生える黄と緑のまだら模様の服。覆うように全身を包み込み、裾の先端がギザギザになった長いゆったりとした服を作り上げる。腐った肉はみるみる蘇生し、生前の体を取り戻していく。足はつま先の尖った靴が生まれ、尖った靴先に丸く黄色の玉をつけた布靴が形成される。頭には二手に分かれて垂れ下がった長耳の帽子。顔は化粧で真っ白く、赤みを帯びた唇と丸い赤鼻。そして片目には蒼く浮かぶ大きな六紡星の痣。
やがて遺体は道化の姿で生まれ変わった。
長い眠りから覚めたかのように、大きくノビをする。
「僕を起こしたのは君かい? シャルル=デ・リル・リアン・ハルシュタット・ラル・クヴェル」
女の子は無言で手持ちの鈴をチリリと鳴らしてみせた。
道化がにこりと笑う。
「おはよう、リル。僕の主」