プロローグ
ギルドの由来がテーマですので、主人公が変わる可能性があります。また、ラストのイメージもまだないので、未完に終わる可能性があります。その点ご容赦くださいますようおねがいします。
「1Mlyワープの有人実験開始」
「了解。成功を祈る」
ここは宇宙空間。
いまや人類は銀河系を飛び出し、近隣の銀河まで進出するにいたっていて、現在1Mly(100万光年)遠方まで進出している。
これを可能にしたのは空間転移技術、いわゆるワープ。
ワープとは圧倒的なエネルギーを注入することで空間を歪ませ、遠距離をあたかも光速を越えて移動したかのように見せる技術で、核融合を圧倒的に凌ぐ反原子結合を人類がエネルギー源として利用できるようになって獲得した技術である。
宇宙の形は太古の昔ポアンカレが予想し、ペレルマンが証明したとおり三次元球面と同相であるから、空間を歪めても必ず元の空間に帰結するため、ワープを用いても必ず元の空間のどこかには辿り着ける。
その空間の歪み方が注入するエネルギーに比例するので、1回に移動できる距離は1Kly(1000光年)程度であった。
それを繰り返して、1Mlyまで人類の足跡を残していっているが、今回の技術は1回のワープの距離が1Mly。
今までヘリウムをエネルギー源として使用していたものを、炭素の利用に変更し、圧倒的なエネルギーを得ることに成功したのだ。
1Mlyといえば従来の1000倍で、今人類が苦労して辿り着いた最果ての地に、一気に移動することができる技術である。
これが実用化されれば今のところ到達していないアンドロメダ銀河への移動も可能になるだろうし、別の銀河群への移動もできるかもしれない。
今まで無人実験を行った結果は良好だった。
ワープ先は計算でかなりの精度で確定することができるので、ワープ先が星の中心でした!などという悲劇は起こっていない。だいたい、星の密度と言うのはブラックホールを考えても案外疎なものだ。
そして、今日が最初の有人実験の日。
実験するのは李下楽研究所。
1万年以上続く、今や宇宙各地に研究施設を持つ世界有数の宇宙開発機関である。
そして有人実験を行うのはエイトム=クランマ。
入社5年目の、そろそろ中堅と呼んでよい李下楽研究所の一研究員である。
「起動」
そして、この日の実験が100万光年級のワープを可能にするだけでなく、新たな世界を開拓する記念すべき日になるとは、その時は誰も予想していなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「エイトム君、お帰り。実験は無事成功したようだ」
往復計2回のワープを終えて研究所に戻ってきたエイトムを迎えたのは、空間転移開発部部長、ノミューズ=オティヤ。
「はい、部長。無人実験同様、滞りなく実験は完了しました。
人体への影響も今のところ特に見られません」
「うん、精密検査は受けておくように。モニターしている限りは問題なさそうだった」
「はい。で、それはよいのですが気になる点が……」
「気になる点?」
「はい。ワープ最中に空間モニターを見ていたのですが、認識できない空間が存在していたのです」
「認識できない空間?」
「はい、これなんですが……」
エイトムは空間モニターの保存データをノミューズ部長の脳内モニターに転写する。
「うん、確かに何か未知の空間があるな。
空間座標を示す軸も消えてしまっている。
計測器の故障だろうか?」
「いえ、そうではないと思っています。直感ですが、別の次元の宇宙空間なのではないかと……」
「別の次元の宇宙空間?」
「はい、この宇宙空間とは全く事象を異にする宇宙空間です。どんなに航行しても辿り着くことができない、そういう空間なのではないか……と」
「そう思う根拠があるのか?」
「ワープ中に黒い空間が見えた気がするのです。
確かに今いる宇宙空間と全く見た目は変わらないのですが、何か底知れぬ不安のような期待のような気持ちになる………」
「ふむ……直感と言うのも馬鹿に出来ないものがあるからな。よしちょっと調べてみよう」
それから李下楽研究所の誇る高速コンピュータNayutaに、測定結果を入れて解析をした結果は、エイトム研究員の予想を裏付けるものであった。
異事象の宇宙空間、その後異世界と呼ばれるようになった空間の可能性を示す報告は全宇宙に激震を齎した。
まだ宇宙空間のごく一部しか人類が到達していないとは言うものの、その先の宇宙に何が存在するかは大体予想が付いている。
ところが、異世界が存在するとなると話は全く変わってくる。
どのような宇宙空間なのだろうか?広さは今いる宇宙と同じくらいなのだろうか?星の密度は?そもそもこの宇宙と同じ物理法則が適用されるのだろうか?異世界と認識される空間はいくつあるのだろうか?
異世界と言うものは誰も見たことがないので、科学界に一気に探査の気運が高まってきた。
今のところ一歩リードしているのは、当然李下楽研究所。曲がりなりにも観測をしているし、異世界の可能性を発表したのもここであるから、一歩リードするのは当然である。
そして、実験の日から3ヶ月。
「理論的にはこれで異世界に飛び込めるはずなのだが……」
ノミューズ部長が心配そうに出来たばかりの観測機を眺めている。
厳密には観測機自体が異世界に飛び込む訳ではなく、それを運搬するロケットがワープ中に軌道を変更、異世界に飛び込むため、観測機が異世界に飛び込むように表現するのは間違っている。
ただし、帰ってくるときは同様の機構を使って異世界からこちらの世界に戻ってくるので、観測機にもワープ機構は付随している。
いずれにせよ、飛び込むのはこの観測機で、一番大切なデータを持って帰ってくるのもこの観測機なので部長の感想ももっともである。
この観測機が異世界に飛び込んだ後、1週間の観測を終えると自動的にこちらの世界に戻ってくるようプログラムされている。
異世界に飛び込むときは観測ができるが、戻ってくるときは完全に自動なのでそちらの方が不安が大きい。
そもそも、飛び込んだ先が異世界の星の中だと、もう対処しようがない。
その辺まで考えた上でのノミューズ部長の不安である。
「ま、大丈夫でしょう。自動のワープはワープの無人実験で何度も使った技術で、特に新規性もありませんし、観測装置自体はただの望遠鏡ですし、技術的には異世界に飛び込むために出力を上げている以外、何も変わったところはないから、問題ないでしょう」
と、言うのは技術部の課長シュンサー=クヴァン。
エイトムとは旧知の仲で、エイトムがこの会社を選ぶのに、シュンサーの影響が多少はあったのかもしれない。
「それは分かるが、何せ異世界だからな……宇宙全体が高温だったら、端からアウトだし」
「それはそうですが、宇宙全体が200℃になることもないでしょう。
星に突っ込んだらアウトですが、まああとは運を天に委ねて結果を待ちましょう」
「そうだな」
そしてその日の内に観測機は宇宙空間に放出される。
この時代、宇宙空間と居住惑星の間を移動することは極普通の交通であり、当然観測機もそれほど入念な準備をすることもなく宇宙に行くことができる。
そしてワープの後、観測機はこの宇宙空間から消滅したことが確認された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
観測機打ち上げから1週間後。
「予定通りであればそろそろ信号が送られてくると思うんだが……」
心配そうに管制室にやってきて状況を確認しているノミューズ部長。
「異世界は時間の進み方が遅かったりして……」
と部長を冷やかすのはエイトム研究員。
「ハハハ……」
乾いた笑い声を返すのはノミューズ部長。
「ハハハ……」
同じく、乾いた笑い声を出すのは管制室で働いている人々。
そして、どんよりと重い空気が場を支配してしまう。
エイトム研究員の発した問題点は、いかにもありそうなことだから。
時間の進み方が1/10だと、観測機が回収されるのは10週間後、1/1000だと、1000週間後となってしまう。
そうでなくても異世界に飛び込んだ瞬間に時間がずれる可能性もある。
全員恨めしそうな表情でエイトムを睨みつけている。
「だ、大丈夫ですよ、大丈夫ですって。絶対戻ってきますから!
シュンサーさんも太鼓判を押していたじゃないですか!ね?」
必死で場を盛り上げようとするエイトムであったが、彼の努力ではどうにも重い空気は払拭できないのであった。
この重い空気を払拭したのは信号音であった。
ピッ……ピッ……ピッ……
「来たーー!!!」
観測員の一人の歓喜の叫びが、全員の心の感動を代弁していた。
そして翌日、回収された観測機から異世界の情報が齎される。
その第一声は……
「こっちの宇宙とあんまり変わりませんね……」
またまた全員の士気を下げるような発言をするエイトムである。
「まあぱっと見はそうだが、色々違うところもあるかもしれない。兎に角、データの解析を進めよう」
とは、ノミューズ部長の弁である。
それから暫くは空間転移開発部の半数の人員を用いてひたすらデータの解析。
星の分布、エネルギー密度、温度、各電波波長域での宇宙像、宇宙空間に漂う物質の調査、その他諸々の結果をひたすら解析していた。
結果がある程度まとまると、それを全宇宙に発信する。
ただ、エイトム研究員の感想の通り、最初の内こそ非常な関心を集めていたものの、同じようなデータが出てくると次第に興味も下火になってきていた。
そんなある日のこと。
「あれ?」
データを解析していたエイトムが、結果を見て何やら疑問を感じたようだ。
「部長、これを見ていただきたいんですが」
「ん?何だ?」
「ここの星の惑星なんですけど」
「うん」
「流石に映像が不鮮明で分かりづらいんですが、ほんの僅かですが夜の領域に光があるんです」
「それで?」
「これが一日目、これが二日目、これが三日目、一週間分まとめるとこんな感じです。
で、毎日夜になるとこの領域が明るくなって、夜がふけるに従って暗くなっているんです。
そのパターンも日毎に微妙に違います」
「君は……もしかしてここに文明があるのではといいたいのか?」
「……はい」
しっかりと頷くエイトム。
「では次の観測機にはこの惑星の傍に飛んでもらうことにするか」
「あの……できればお願いがあるのですが」
「何だ?」
「有人観測をさせていただけないでしょうか?」
「君が行くのか?」
「はい」
「現在のデータでは文明があるかどうかは断言できないから、外れかもしれないし、下手したら帰ってこられないかもしれない。それでも行きたいのか?」
「はい。何か異世界が呼んでいる気がするのです」
しばし思案するノミューズ部長。
「よし、わかった。いいだろう。本部長決裁はお願いしておく。
今組み立て中の観測機のマウンタを有人用に変えてもらうようにする。
水、食料は3ヶ月分。文明がなかったら即時帰還、あった場合は異文明接触法に従い行動のこと」
「ありがとうございます!」
こうしてエイトム=クランマは異世界に旅立つ最初の人間になったのだった。
そんな彼も
「これで文明がなかったら、スポンサーが出資を渋ってしまって、資金が足りなくなる」
と部長が嘆いていることはしらない。
ちなみに、異文明接触法とは、簡単に言うと宇宙空間に飛び出す技術力のない文明は原則惑星自体に不干渉、特別な事由がある場合は惑星への干渉を認めるが、現地人との接触は最低限に留めるというものである。
エイトムは、最終的にはこれを大きく逸脱してしまうのであるが。
ポアンカレもペレルマンも数学者ですので、実際の宇宙空間の構造を説明したわけではありません。
登場する企業は実在の企業とは全く関係ありません。
人名・地名の由来が分かる人は……かなりオリジナルと違うので分からないかもしれません。