第9話 怪しい店
10000pvありがとうございます。
値段がおかしくなっていたのを改稿しました。
今日から話の区切りまで、連続投稿がんばります!
街に戻ってきたのはいいものの、私は街中の兵士の数が城門に行く前よりも少しづつ増えてきていることに気づいた。
……いい加減街から出る方法をみつけないと、本当に危なくなってきている。
そろそろ、城から逃げたのもばれている頃合いだろう。せめて服だけでも変えておきたいところだが……、
ぶち当たった切実な問題に、私は途方にくれていた。
お金が無い、一銭たりとも。
服自体は、街を歩く中で古着屋をみつけた。そこでは貴族やちょっと裕福な商人などの古着を販売しているようだった。
庶民のような人も古びてはいるが作りのしっかりした服を着ていたし、きっとそこで服買う人も少なくないのではなかろうか。
値段も手ごろなものから高級なものまであり、人の出入りも結構なもので、そこからも古着屋の需要の多さがわかる。
若い女の子たちがきゃあきゃあ言いながら品定めしている姿も見かけ、どこの世界でも女の子はあまり変わらないのだなと微笑ましい気分になった。
……けれども けれども、だ。
私にはそれを買う肝心の金がない。
もともと、こっちの世界に呼び出された時だって、ろくな荷物を持ってなかったのだ。どうにか捻りだそうにもない袖は触れぬ。
過酷な現実の壁が私の前に、バベルの塔のように立ちはだかっていた。
―――どうする……?
いま私が持っているものは、元の世界での服と財布、携帯電話だけだ。
売るとしても、元の世界での服、という選択肢はあまり選びたくない。売ったら城にすぐ身元がバレてしまう気がする。
他に何かないかと探ってみても出てきたのは、携帯電話についていたストラップぐらい。
天然石のビーズで作った結構大きめの人形で、眉唾物だが恋愛運が上がると聞いて買ったものだ。
ちなみに地味に高かったわりに恋愛運に対する効果は感じれなかった一品。月の光に浴びせると良いとか、試せることは片っ端から全部やった。そこまでしても効かなかった。おなじストラップを買った友達には見事に効いて彼氏ができていた。泣いた。
結局はものに頼らず本人が頑張るしかないということなのだろう。少し高い勉強代だった。
けれども長いあいだ試行錯誤をくりかえしてつけていたストラップ。そのせいか妙な愛着があって外せなかったのだ。
……これにだけは縋りたくなかったが、もう無難で売れそうな物はそれしかない。
「売れんのかこれ……?」
正直、私なら買いとらない。
けれども、そのまま突っ立っていてもお金は入ってこない、それどころか兵士に捕まる可能性すらある。
どうしようもないので私はそのストラップを買い取ってくれそうな店を探すことにした。
***
現在、私はそれほど人がいなさそうな鑑定屋の前にたたずんでいる。
大通りの外れにひっそりと佇むその店は、いかにも『危ない商売しちゃってます』といった匂いをぷんぷんかもし出していた。
無論、表通りにも鑑定屋らしき店は何件かあったが、入ろうとした瞬間に兵士が店から出てくるのを目撃して、速攻で回れ右をした。すでに兵士の皆さんは張り込みをしていたらしい。あんのくそ爺! 仕事が早くて結構なことだ。
そういう理由もあって、やっとのことで見つけた兵士がまだ来ていないだろう店は、外見からして胡散臭い雰囲気を漂わせるようなのしか残っていなかった。
ともかくもどうにか店を見つけたのだから、さっさと入って売ってくればいい、けれどもチキンな私には中々踏ん切りがつかない。
両手で頬をバシンと叩き自分に喝を入れ、高く売れてくれよーとなむなむとストラップを拝んで、私は鑑定屋のドアを叩いた。
「やあ、いらっしゃい」
カランと、ドアの上につけられたベルが軽い音を立てる。
商人らしく活気のある笑顔を見せ、店主らしき中年の男がカウンターの奥に座り込んでいた。
歯がオール金歯の骸骨のような老人が営業してそうだと思っていたが、意外なことに店主は感じのいいオッチャンだった。店主のややメタボ気味な体型と口髭が森の熊さんのようで、むしろチャーミングと言えなくもない。
彼の周囲に飾られている怪しい物品さえなければ、ここが表通りの店だと言われてもそうなのかと頷いてしまうだろう。
想像してたよりよっぽどマシな店主に安心して、私はカウンターに近づきながら、店内の宝石の値段をキョロキョロしない程度に確認した。
今は盗んだ侍女のちょっと質の良い服を着ているから店主の愛想はいいが、世間知らずと足元を見られたらおしまいだ。
けれども飾られている宝石の値段はピンキリで素人の私にはろくに区別の判断が付かなった。
「……あの、宝石を売りに来たんですが」
宝石、でいいんだよな? あのストラップ。
慣れた雰囲気をかもしだそうとする私に、店主はにこやかな笑顔で頷く。
「宝石を確認させてもらえるかな」
ストラップを差し出すと、店主はランプに道具で火を入れルーペで覗き込んだ。
あれ、火をつけるのは手動なのか? 魔法とかでシュバッとやると思っていたのに。
しばらくすると、真面目な表情でルーペを覗き込んでいた彼は手元から目線を離し私と目を合わせた。
「ずいぶん、ダブリングが強い石だね」
「ダブリング?」
店主は人の良い笑みで頷くと、カウンターの奥にある棚からなにやら文字の書かれた一枚の紙を取り出した。
『――……ヴィナチカ軍が大陸西部に侵攻を開始した。帝国軍がこれを撃退……』
不思議なことに見たことがない文字の羅列の筈なのに、どういう意味の言葉が書いてあるのか分かる。これもジジイの魔法のおかげなのだろうか。まるで頭の中が翻訳機にでもなったような妙な心地である。
驚きじっと紙を見つめる私に彼は変わらずにニコニコとした笑顔を向けた。
「すまないね、うちにはあまり紙がないんだ。まああまり必要もないがね、……よく見ていてごらんよ」
そう私に一声かけると、店主は手袋をしてもう一度奥の棚を探ると、薄べったい透明な石を取り出し紙の上に丁寧な動作でのせた。
「これがダブリングさ」
「あ、」
私は小さく驚きの声を上げた。
その宝石を通して紙を見ると、紙に書かれた文字が二重にだぶってて見えるのだ。
「二重に見えるだろう、そのおかげで石の光沢に不思議な深みが出る。そうじゃない石とどちらが美しいかは決めるものじゃないけどね」
「……すごい、はじめて知りました」
自然と声は、口をついて出た。今まで持っていた自分の石の特性を、初めて知ったことに少しの感動を覚えていたのだ。
だからだろうか、店主の雰囲気が変わったことに気付かなかった。
「とはいえ、この宝石はあまりに石が小粒すぎるね。これでは高く見積もっても200リラだ」
……しょぼっ!しょぼすぎる。あまりにお粗末な値段に私はめまいがした。
国のお金の単位はリラだ。
市場を見回ったところ、100リラ=100円くらいの値段と検討を付けた。
つまりストラップの値段は200円。いくら中古と言ったって某高級アイスより安い。
じつは貴重な石だった、なんて幸運はそうそう都合よくおこってくれないらしい。現実は残酷だ。
けれどもそんな金額じゃ、一晩を過ごすどころか朝ご飯代さえままならない。
「いやいやいや、それじゃあ困りますって!もう少し高くなりませんか」
「無理だね。これでもだいぶ高く見積もっているんだ」
「表の店では500リラはしましたよ」
もちろん嘘っぱちだ。
表の店には入ることさえ出来なかったので、そんなことは知るわけない。
「250リラ、これでも赤字ギリギリさ」
「もうちょっと頑張って400リラ」
「300リラ、うちじゃあこれ以上は無理だよ」
300リラ、つまり約300円前後。
どうだろう? ギリギリ飲み物を一杯くらいは飲めるだろうか。……いや、厳しいな。
ストラップをこの値段で売ってしまっていいのだろうか。私の全財産だぞ。
少し考え込み、「もう一度、他の店をもう一度見てきてます」と言おうとした時だった。
「ああ、そうだ。きみはその石を誰から手に入れたのかな?」
ふと店主が声の調子を変えた。
棘のようにわずかに感じた違和感に店主の顔を見上げたが、彼は変わらぬ顔でニコリとほほ笑んでいる。
「こういうことを聞くのは野暮だったね。ここにはいろんな人がいる」
「……なにをいって」
「これはただの親切心だよ。表じゃ入手経路をこだわらない店っていうのはのは、簡単には見つからないってことさ」
鈍い私でもそこまで言われればわかった。
店主はこの石を、盗品だと疑っているのだ。
売れそうな唯一の私の持ち物にケチをつけられて、かっと頭に血が上る。
「バカなこと言わないでください。これは盗品なんかじゃありませんっ」
「石はそうかもしれないがね」
穏やかだけどどこか投げやりな口調で、私をなだめるように店主は言った。
「あんたのその服は違うだろう」
その言葉に、私はさっきまでの勢いをなくし、唇をわななかせた。
「……なんで」
なんで、わかったの?
弛んだ糸のようだった空気が、ピンと張り詰めていく。
大きく瞳を見開いた私に店主は微笑した。
「勘違いしないで欲しいのだけど、盗品だからといってどうこうする気はない。こちらも危うくなるしね。君がその服をどうやって手に入れたかも同じことだ」
ただのオッチャンだと思っていた男が、はじめて不気味な存在に思えた。
「さあ、ここからが本題だ。さっきの石の値段はおまけと言っていい。……あんたの今着ている服、それをうちに1万5000リラで売らないか?」
石の何倍もの値段を突きつけられ、驚きに目を瞠る。
ていうか、あの値段でオマケしてくれていたのか?嘘だろ。
ぐっと、突っ込みたくなる気持ちを抑える。
それじゃあ、あのストラップほぼ無価値ってことじゃないか。
頭が混乱でうまく働かない。「どうする?」と促され、わたしはゆっくりとからからに乾いた唇を開いた。
「どうして、わかったんですか、」
「どうしてだとおもう?」
「……私がここにこの服を売ったことで、足がつく可能性は?」
「安心してくれていい。あんたはこの店に来なかった、それでいいな」
今の私では、その値段が買い叩かれているかどうかすらわからない。
けれども腹をくくり、私は店主を見据えた。
「……ストラップは売りません。けれどもこの服の売り値、1万2500リラでいいです」
もう一度、浅く息を吸い込む。
「そのかわり、私が着ていてもおかしくない普通の服の用意してください」
その言葉に、店主は今までの顔が営業スマイルだったとはっきりわかるほどニヤリと笑った。
「交渉成立、ごくろうさん」