第8話 外の町
(……髪は隠さなくてもよかったかな)
街の喧騒の中、周りを見回しながら私は通りを歩いていた。
この国の通貨と物価を、確認するためである。
ちなみに服装はメイドさんの服を一着お借りしていた。返す予定はないので盗んだともいう。
もちろんメイド喫茶の店員さんが来てるような絶対領域がウフフな制服じゃなく、私服みたいなものを選んだので、道行く人達からそんなには浮いてない筈だ、そう信じたい。
わざわざ服をお借りした理由は一つ、城の人々は私のことを男だと思っているので、女の服装をして城から出たほうがバレにくいと思ったからだ。失礼な話である。
とはいっても窃盗。理由をつけてみても、やってることは犯罪なのだ。なのでばれたらヤバい。
せめて捕まっても牢屋に入るのと罰金ぐらいで済めばいいのだけども、……まあ、無理な話ですよね!
そう思いながらも、どこか楽観的に考えるのがノータリン。つまり私である。
聞くところによると、刑罰の歴史は近代になるにつれ穏やかになっていくそうだ。人権問題などが声高にさけばれているのもあり、特に近代化した平和な国では緩いらしい。
それと比較し、ローマ時代などの遥かの昔や中世などはどこの国も結構えぐい刑罰が多い。
見せしめや制裁、不満の溜まった民たちへのガス抜きとしての娯楽、といった意味合いも強かったのだろう。
そしてあきらかに中世っぽいこの世界で、もし犯罪者として捕まったあとの私の扱いを考えてみる。
戸籍なし、城からの脱走者(もれなく反逆罪)、知り合いもいない。つまり私の存在を証明できる人はごく一部の城の人間だけ。
……碌な目に合わないだろうことは考えなしの私でもわかった。
ともかく狙いどおり城からは脱出したのだし、さっさと服を換えてしまおう。この服から足がついたらたまったもんじゃない。
万が一のことを考え、眉までを隠すように髪に頭巾みたいに巻いている布を少しずらした。これ、何気に頭が蒸れる。
この国の気候は日本の夏によく似ていた。真夏に頭を布でぐるぐる巻いてる人を思い浮かべてくれれば、私の気持ちがわかると思う。
そんな今の私の姿をわかりやすく例えるなら、……そう『真珠の耳飾りの少女』!あんな感じ。フェルメールとか中世の絵画に描かれているような頭巾だ。あ、顔面偏差値ごまかしてんじゃねぇぞ。とか鏡を見ろとかいう突っ込みは無しな方向で。
黒髪が目立たなくなるかな、と頭に頭巾を巻いていたけど、正直あまりよくない行動だったらしい、逆に悪目立ちしてしまっている感がある。ぽつぽつとこちらを見てくる視線に私はちいさく顔をしかめた。
通りを見る限り、この世界の人は随分カラフルな髪や瞳の色をしているようだ。ピンクやイエローブロンドの髪の人もちらほらいる。
男も女も様々な色の長い髪を惜しげもなく晒していた。……もしかしたら髪はこの世界では一種のスターテスなのかもしれない。
それに盗み聞きした話の所為で黒髪の女の人はいないと思っていたけれど、そうでもない。
グレー系統や私よりよっぽど濃い黒髪をきれいに巻いている女性だって少ないけどもいた。
(……どうしようか)
裏道で頭巾を脱いできた方がいいかもしれない。黒髪は何人かいたことだし。……けれど髪短いのは大丈夫なのかなぁ。
通りに黒髪の女性はいても短い髪の女性はまったくと言っていいほど見ない。
ジジイも下級階級の少年ぐらいだと言っていたし、頭巾のまま居るのといったいどちらの方がマシなのだろうか。
どちらを選べばいいかなんて私には決めかねた。だって価値観も、習慣も知らないのだ。まさか街行く人に聞くわけにはいかないだろう。
(とにかく、さっさと街を出よう)
それに限る、こんなとこにずっといたらジジイにいつ見つかるかわからない。
街を出たらいっそ少年の服を着てしまおうか、とそんなことを思案しながら一通り物価と通貨を確認し終わると、街の賑わいから少し離れた路地を歩く、美味しそうな食べ物の匂いや活気のある響きが遠くなっていった。
穏やかな街だ、けれどどこかピリピリとした疎外感を感じるのは自分の心に余裕がない証拠だろうか。
とめどない思考を打ち切り、先ほどのよりは減った道行く人の中で気の良さそうなおばさんに声をかける。
「あの、すいません、」
「ん?なんだい」
「街の外に出るのはどこへ行けばいんでしたっけ?」
おばさんは少し怪訝そうに眉を寄せる。
「お嬢さん、旅人さんなのかい?」
言外に疑うような視線を向けられ私ははっと息を呑んだ。
そうだ、旅人ならみんな街に来たときそこを通ってる筈なのだ。なんで、こんな当たり前なことに気づかなかったんだ!おばさんの不審な人を見るような視線が痛い。
……どうしよう、ドキドキと心臓が早鐘を打つ。緊張で口の中がカラカラに乾いていく。
不自然な態度をとってはいけない。自然に、あくまでも自然に。
なにかいい理由はないだろうか。頭をフル回転させて、私はおずおずと口を開いた。
「……はい、でも恥ずかしい話、行きは連れと一緒だったのであまり覚えてなくて」
動転していたせいで、切り上げるように早口に言い切ってしまった。
変な様子だと思われていないだろうか?恐る恐るおばさんを覗き見る。けれども何故か、おばさんは痛ましそうに私を見ていた。
あれ、なんで?……いや、助かったけど。突っ込まれずに済んでよかったけど。なんか腑に落ちない。
そんな微妙な気分の私に気づく事無く、おばさんは気遣うような妙に明るい口調で話題を変えた。
「あら、ずいぶん大変な時に旅に出ることになったんだね」
「ええ、急に故郷の母が体調を崩したと連絡が来たんです」
今度はあらかじめ疑われないように考えていた理由を告げる。
おばさんはあっさり納得したらしく、疑うどころか励ますように私の肩を軽くたたいた。
「そうかい、大変なことが続くねぇ。あまり気を落とすんじゃないよ、こんな時勢だけどね」
「?……ええ」
何か勘違いされているような気がしたけど、深く考えずに受けながそう。やぶ蛇なんてことになったら目も当てられないしな。日本人らしい曖昧なスマイルってすばらしいね。
気を取り直したらしく、おばさんもやっと本題に入った。
「この通りをまっすぐ行って二つ目の曲がり角を右に曲がると大通りになる。そのまま行けば城門さ」
「ありがとうございます」
「どうってことないさ。……ああ、けれど城門はいまは規制されているから、なかなか出るのに時間がかかるんだよ」
「……そうですか」
ここにも関所みたいなものがあるらしい。ゴクリと生唾を呑みこむ。まさか戸籍なんてあったりしないよな。そんなんがあったら一発でばれてしまう。
ずいぶんと気落ちした私の様子に、おばさんは慌てて言葉をつづけた。
「まぁ、関所の役人さんも鬼じゃないから、掛け合ってみるんだね」
「……はい、ありがとうございます」
「頑張るんだよ。……ああ、そうだちょっと待ちな」
おばさんは腕に抱えた袋の中をゴソガサと探ぐりだした。しばらくすると薄い茶色の紙袋を取り出して私に手渡した。
「これを持っていきな」
「え、」
小さな紙袋を覗くと中にはナッツみたいな木の実が入っている。ほんのり芳ばしい香りが鼻先をくすぐった。
「わあ、おいしそう」
「餞別さ。これなら日持ちするから、旅でも邪魔にならないだろう」
「ありがとうございます!」
朗らかに微笑むおばさんにお礼を言い手を振る。おばさんの姿が街角に消え、そして教えてもらった道へ向かって私は歩き出した。
***
少し遠くから城門を眺める。門の前にはぞろぞろとした人だかりと列が組んであった。そのうちの多くは馬車や荷車だ。その一つ一つを役人が確認して回っている。
城門の周りには城壁があり、ぐるりとこの街を囲んでいるようだ。街から出るにはこの門を通るしかないいらしい。
「あんたも待ちかい?」
突然、後ろから声をかけられた。おどろいて振り返ると、白髪のまじったおじさんが少しびっくりした顔でこちらを見ている。
……しまった、間違えた!いきなり振り返った所為だろう。ちらちらと周囲の人たちの視線がこっちに集まるのを感じた。話しかけられて挙動不審になるなんて、疑ってくれと言わんばかりに怪しい動きだ。あまり人目をひきたくなかったので、慌てて取り繕うように答える。
「ええ、でも今日出るのはなかなか難しそうですね」
「最近は情勢も悪いからなぁ。北の方では反乱軍が暴れているらしいし」
北の方に反乱軍がいるのか、世間話に戻ったことに安心しながらおじさんのこぼした情報を頭に刻み込んだ。
「わしは近くの村からここに野菜を運んで来てたんだが、おまえさんは?」
「町に出稼ぎに来たばっかりだったんです、けど母の危篤の知らせを聞いて」
「そうか、大変だね」
旦那さんも亡くなったばかりだというのにねぇ、とおじさんは独り言のようにつづける。
その言葉に不意を突かれギョッと固まった。
「え?」
「ん?どうしたんだい」
「いま旦那が亡くなったって……」
「あれ、違うのかい」
片眉を上げたおじさんに慌てて首を振る。いや実際は違うわけだけど、本当は夫どころか彼氏もいない。
頭の中は混乱しっぱなしだ。
「あの、なんでわかったのかなぁと」
「なんでって、」
おじさんは戸惑ったように声を上げた。
「おまえさん髪を隠しているだろ」
その言葉にめまいを覚える。なんだよそれ。
さっきのおばさんの態度の理由もやっと分かった。
そんな私に違和感を覚えたのか、おじさんはふと私の姿をみて驚いたように声を上げた。
「そういえばあんた、碌な旅の準備もできていないじゃないか!」
「あ、ああ急いでいて」
「女の一人旅は危ないぞ、方向が同じなら一緒に行ってやれるんだが……。あんたはどっちの方に行くんだい?」
「その、北の方向なんです」
「北ァ!?一番危ないところじゃないか」
「……ええ」
北には反乱軍がいる、それが今のところ唯一といっていい勇者への手掛かりだ。
曖昧に微笑むと、おじさんは困ったような顔をした。多分いい人なのだろう。
「どうしてもっていうんなら、仕方がないことだが。……とにかく用心棒ぐらいやとっておきなさい。」
「そうですね、ありがとうございます」
おじさんに礼を言いながら、そろそろ町の方へ戻ろうかと考える。
ここまま街を出るのはあまりに焦りすぎた。自分もだいぶパニックになっていたんだな、と思う。とりあえず旅の準備をしなきゃいけないし、どうやって城門を出るか作戦を練らなきゃいけない。
それに、服も変えた方がいいだろう。
「それじゃあ、失礼します」とおじさんに声をかけ、城門へ踵を返そうとするとおじさんは不思議そうに私を見た。
「ん?もう順番が来たのかい」
「あ、とても時間がかかりそうなので、いったん街へ戻ろうと思います。ありがとうございました」
「ああ確かに、人が多いね。今夜は泊りかもしれない」
「たくさん並んでますもんね」
「あー、さっさと宿をとってた方がいいかもなぁ、夜は外出禁止令がでてるらしいから宿屋はすぐにいっぱいになるだろうし」
「え……?」
「ん?」
「い、いえ、何でもないです!」
再び焦っておじさんに頭を下げる。
「それじゃあお元気で。わたしはいったん宿屋へ行ってみます。いろいろありがとうございました」
「そうかい?わしはもう少し待ってみるよ。それじゃあ、あんたも元気で」
また会えたらいいな、と笑顔で片手を上げたおじさんに、手をふり返し街へ足を向ける。
やらなければいけないことはいっぱいあった。
けれどもまだ、不安な気持ちと同じぐらい、どうにかなるだろうとのんきな考えが頭を占めていた。
早い話、いまだに冒険気分が抜けきれてなかったのだ。
その認識が甘すぎるものだったと、私は後に思い知ることとなる。
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以下寡婦が髪を隠す説明↓
この国は綺麗な髪がステータスです。もちろん頭髪の薄い人用にかつらもあります。なので綺麗な髪は結構いい値段で売れます。
旦那さんが亡くなった人が髪を隠している理由は大体二つあって、一つ目は尼さんやシスターと同じ理由、もう一つは髪が高値で売れるので生活の厳しい寡婦は髪を売ることが多い、それで短い髪を隠すため布で巻くという理由があります。
男も女も髪を伸ばしている国って、暑苦しそうですね。短髪フェチに厳しい国です。