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第5話 ヒーローについての考察

「しっかし、なあ……」


こんな城からは今すぐにでも脱出しなければ、と意気込んでみたものの、すぐに我に返る。


ここからどうやって逃げるのだ?


―――この国の名前も、常識も……何も知らないのに。


そのことに気がつき、冷や水を浴びたような感覚に少しだけ冷静になる。

改めて考えると自分の無謀さが浮き彫りになった。


一番良いのは、城内で情報収集してある程度この世界に詳しくなってから城から逃亡すること。


けれど、ジジイはきっとそう遠くないうちに帰ってくるだろう。もしかしたら明日かもしれない。

そうしたら逃げるチャンスはいったん潰れる。またアイツがどこかに行く日を待とうか?それこそ次の逃亡の機会なんていつくるかもわからないけれど。


……いや、まず第一に私は逃げれたとして、どこへ行くつもりなのだろう?帰る場所もないのに。

衣食住も得られるし、ジジイの監視付き。これ以上に手厚い保護はないだろう。訳のわからない世界に放り出される事を考えれば、胡散臭い場所でもここに居るほうがよっぽど安全だ。

『女とバレない限り』という前提条件に目を瞑ればだけど。




――――でも、その“安全”にだって落とし穴がある。



さっき、やっとそのことに気づいた。あの二人の男たちの会話で気づいてしまった。


小さくため息をつき、私は力なく部屋に足を進めた。

重い足取りで部屋の扉を開け、ベットの上に身を投げだす。倒れこむ身体の重みにマットレスが深く沈みこんだ。柔らかすぎるベットの上で寝転がり目を瞑ると、疲れがどっと押し寄せてくる。

枕に顔をうずめた。二人の男の会話が頭から消えない。彼らの会話が頭のなかでぐるぐるとリピートされつづけてる。



――『それじゃあ今回の勇者様が初代様にそこそこ似ていて助かったなあ』

『とはいっても色と性別だけじゃねぇか』

『それだけ合ってれば上等さ』――



「……今回の勇者、ねえ?」



ばかみたいだ。


ほんとに馬鹿みたい。私のどこが『勇者様』だ、ただの替え玉じゃないか。あんなに浮かれ上がっていた最初の頃の自分がひどく空しい。

勇者だからと黄色い声が上がらなかったのも当たり前だった。彼女達はたぶん本物の勇者を、最初の勇者を知っていた。何の能力もない私とは違う勇者を。

そしてわざわざ髪色が一緒な人物を呼び出した理由。……少し考えれば、答えは嫌になるくらい簡単に弾きだされた。


つまり、私は代用品なのだ。


全部わたしの勝手な憶測だけども、じゃなきゃ力も持たない勇者をわざわざ呼び出したり、そうとわかって城に置いたりする理由が思いつかない。

そう考えれば体力が上がってないのも納得できる気がして、ますますその思いは強くなった。ましてや特殊能力なんて目覚めるわけがないのだ。

ただの憶測、そう否定するにはその答えには説得力がありすぎる。


思考がどんどん悪い方に流れていくのを、止めることができない。



「…………ハァ」



帰りたい、なあ。



『元の世界に戻りたい。』


それが、私の中での一番の優先順位。

ここに住むことを躊躇している理由もそれだ。


……たぶんジジイは、私を帰す気が無い。

私を初代勇者様とやらの代わりに召喚したのだ。しかも私を呼び出す前に何人か呼び出している様子だった。それだけでもだいぶ切羽詰まっているのがわかる。きっと私が用無しになるのは、初代勇者が手元に戻ってきたときか、他の世界から勇者を呼び出してまで叶えようとする彼らの目的が達成されたとき、それか私よりも良い代用品が手に入ったときのどれかだ。

最悪なのは一番最後のだ。

そしてこの城が外より“安全”だという考えの落とし穴もそこだった。


はたして、私が用無しになったとき城の人々(かれら)は私を元の世界へ返してくれるのだろうか――――?


答えは、わからない。

けれども、否じゃないだなんてどうして分かる。

ちゃんと帰れるんだと保障されない限り、ここに留まるだなんて私にはできっこないのだ。

だって私は彼らを信用できない。

状況は最悪だ、考えれば考える程よくない結果しか想像出来なくなっていく。


だいたい初代勇者はどこに行ったのだ。

脱走だなんてして、おかげでこっちまでややこしい事に巻き込まれる破目になった。

そりゃあ彼も不本意だったろうけども。

どんどん自分の内側で醜く粘着質なドロドロしたものが膨れ上がっていく。

これ以上考えるのが嫌で枕に顔を埋めた。


(……わかってる、これは逆恨みだ)


清潔なシーツの匂いに包まれぽつりと思う。澄んだ石鹸とハーブの匂いに、少し心が落ちついた。

分かってはいるのだ、別に彼が悪いわけじゃない。けれどどうしても『彼さえここから逃げなければ』と思ってしまう。

要するに私は現実逃避がしたいのだ。


(――だって怖いじゃないか、)


私は知らない。

この世界の地図も、習慣も、この国の名前すら知らない。

どうすればいいのかも、帰り方も全然わからない。


だから、逃げたい。


(でも、)


「どうやって、生きていけっていうんだっ」


こんな世界に放り出されて。


私の前に呼び出された女の人の話が耳の奥で何度も繰り返し鮮明によみがえる。

……下手すれば彼女はすでに死んでるかもしれないのだ。

死なんて他人ごとに考えていたけど、今更沸いてきた実感に身体が内から冷えていくようだった。

勝手に呼ばれてその所為で死ぬだなんて……絶対に嫌だ。


なんで、よその世界に巻き込まれなきゃ行けない!



その時、はたと思い当たった。


……そもそも、『初代勇者』はなぜ呼び出されたのだろう?

そういえば初代と呼ばれていた勇者もかつてこの城に居たのなら、どの部屋に住んでいたんだ?

そしてどうやって城から脱出した……?

あ。と思い立った可能性に、弾かれたようにベットから飛び起きこの部屋を見回す。


この部屋にどこか見覚えがあった。

そう考えるとこんがらがった糸がスルスルと解けるように、既視感の理由に思い当たった。


私はこの部屋を夢で視たんだ。


逆に、今まで気付かなかったことを不思議に思う。

何個か家具は変わっているが、間違いない。


部屋の隅に、ひっそりとたたずむ古びた鏡。私を映し出すそれに、指をそっと触れてみる。

ひんやりとした感触は、私の指を拒むようにただそこにある。

それでも、私には一筋の希望のようだった。


手掛かりがあるかもしれない、ここから脱出するための。そして多分、それを残して行ったのは『初代勇者』だ。


(追いかけよう、)


彼の軌跡をたどろう。

そしたらいつか、たどりつく。

彼が私を助けてくれるか、味方かどうか、それはわからない。


でも 動かなければ、


私は進まなくてはならない。


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