第3話 夢
夢を見た。
いや、もっと正確に言うなら私は夢を見ている。
そこはたぶん夜で、室内をオレンジ色の小さな蝋燭の灯りが照らしていた。
―――人がいた。
豪華な部屋の真ん中で、ベットに座り込む黒髪の男が手に持った剣を眺めている。
白銀に輝く刃は男の漆黒の瞳を映し出す。
男のまるで旅にでも出るような質素な恰好は、贅をつくした部屋の中で一つだけ異物のように馴染まない。
どれくらい経ったろう、目を伏せると彼は鞘に剣を仕舞い、灯りを手元に手繰り寄せる。
蝋燭に息を吹きかけると、それはほんのわずかに勢いを増したあと煙をくゆらせ消えた。
立ち上がった彼の髪が、小さく揺れ闇に溶け込んだ。
男は堂々とした足取りで、部屋の隅の鏡の前に立つ。
それは古めかしい宝石のはめ込まれた鏡。不思議なことにその鏡には何も映っていない。
男は鏡の中に三つ、四つほど何かを放り込む。
私は あ、と反射的に目を瞑ったが、予想していた硬い物同士がぶつかる音はなく。
そこには何も映さない鏡だけが変わらず佇んでいる。
最後に皮の手帳をふところから取り出し、男は窓辺へ歩みだす。背にわずかばかりの荷を背負って。
彼は出窓の脇に手帳を置き……そして力強く窓を開いた。
男の歩みを留めるように風は室内へ勢いよく吹き込む。
しかし部屋に背を向ける男の背に迷いはない。
星さえごく僅かな、新月の空がカーテンの隙間から覗いていた。
吹き荒れる風が、窓辺に置かれた手帳にぶつかり、容赦なく手帳のページをめくる。
穏やかな風景の広がる前方を男は睨み付けた。まるでその奥に何かがあるように。
最後に手帳を持ち上げると、彼は鏡へそれを投げ込む。
皮の表紙に金字の書かれたそれは、音も立てずに鏡の中に消えていく。
次に思わず目を瞑るような強い風が吹いたとき、そこにはもう誰もいなかった。