第1話 お年寄りは大事に
ジルコン:ダイヤモンドの代用石の一つ。古くは貧者のダイヤモンドとして広く流通していたが、現在ダイヤの類似石としてのその価値はないに等しい。
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「○×△□!」
「×○△×□×?」
頭がガンガンと痛む。
いったい何があったんだ?
重い目蓋をこじ開けると、私の目の前にはまるでゲームに出てくる魔法使いみたいな格好をしたお爺さんと、いやに豪華な服を着たおっさんが立っていた。
あたりを見回す。
薄暗い地下室のような部屋だ。
部屋の広さの割に天井は低く、外部との接触を締め切るかのように、窓すら見つからない。
足元には円状の変な紋様が、私を中心にびっしりと描かれていた。気の遠くなりそうなほど緻密なそれは、薄暗い室内の中で淡く発光しているように見える。
中心人物らしい変な格好をした二人の周囲に視線を走らせると、鎧をかぶった兵士のような人たちが微動だにせずに立ちふさがっていた。物騒な。
…あれ?
彼らを眺めているとおかしなことに気が付いた。
彼らはぐるりと、私を取り囲んでいるのだ。
おかしい。
誰がどう見てもおかしい。
私が混乱している中、真正面に立たずんでいたお爺さんがゆっくりと私に近づいてきた。
嫌な雰囲気だ。
何が、とはっきりは言えないが嫌な感じがした。
ずるずると後退る私を見て、お爺さんは近くにいた兵士のような人たちに一言二言告げる。
すると彼らは私を無駄のない動きで拘束した。
逃げようとする私を兵士に押さえ付けにさせると、にこやかな笑みを浮かべたお爺さんは私の額に指を押しつけた。
「っ…!」
あつい。
まるで額が燃え上がったみたいだ。
そして痛みは次の瞬間には嘘のように消え去った。
「言葉の意味はわかりますな?」
不思議なことに、ほんの数十秒前まで発音の仕方さえ分からなかった言葉が理解できるようになっている。
私の額に押しあてていた指を外すと、お爺さんは安心させるようにほほ笑みを浮かべた。目じりのシワが穏やかに深まる。優しそうな顔だ。
…さっきのは気のせいだった?
「疑問で一杯でしょうが、先に我らの質問に答えていただきたい。勿論、あとで貴方の質問にもちゃんとお答えしましょう。よろしいですかな」
お爺さんの、どこか反論を許さない口調に押され頷く。お爺さんは一歩下がると、私の全身を舐めるように見つめた。
気まずい。痛いくらいの視線が突き刺さる。
ふと気が付くと、この場にいる全員が私に注目しているようだった。
「貴方は男ですな?」
私は女だ。
生まれてから一度も女以外のものになった覚えもない。
たとえ声がやや低かろうと、少々骨太だろうと、それはかわらない事実である。
本来ならすぐにでも答えたし、あんまりなその質問に怒りくるったかもしれない。それを躊躇したのは、深いシワに埋もれた瞳が、爬虫類じみた光を帯びた気がしたからだった。
「……男だとなにかまずいんですか?」
「いいえ、男なら結構」
お爺さんは今度こそ嬉しそうに目を細め、豪華な服を着たおっさんに目配せする。
するとおっさんも、力強く頷いた。
「ようこそ勇者様。我ら一同、心より貴方を歓迎しましょう」