無理難題
懸賞金をうやうやしく受け取った。
「帝府にかけあってインテリジェンスカードのチェックをしないよう特例を認めさせたのに、無駄になってしまったな」
公爵がのたまう。
無駄にはなっていないのだが。
まさか見せろとかいわないよな。
「帝府というのは、帝国にかけあったのですか」
「頭の固いやつらだが、最後には認めさせた。盗賊は盗賊に取り締まらせるのが一番じゃ。ミチオ殿もそうは思わんか」
公爵はセリーと同じ意見のようだ。
せっかちな公爵らしい考えではある。
「そうですね。短期的にはそう思います」
「ほう。長期は違うと」
「えっと。いや、盗賊に盗賊の取り締まりをさせると、取り締まる側と取り締まられる側との緊張関係がなくなってしまいます。長い目で見ると、うまくいかないこともあるかもしれません」
やべ。
反対意見になってしまった。
「盗賊を取り締まる騎士団には矜恃が必要ということですか。確かにそういうこともあるかもしれません」
「むむ。ゴスラーまで……。あやつらの頭が固いだけではなかったということか」
「た、短期的にはもちろん有効でしょう」
あわててフォローする。
公爵に反対意見なんて述べてもよかったのだろうか。
粛清されるね。
「お呼びになられましたでしょうか」
そのとき、部屋の外から声がかかった。
これでうまく話がそれる。
あなたが神か。
「カシアか。入れ」
「はい」
女神だった。
ドアが開いて、カシアが入ってくる。
相変わらず美しい。
肌の露出のほとんどない水色のゴシックドレスに身を包んでいた。
静謐で、優美で、匂いたつような気品にあふれている。
絵画に出てくる貴族の貴婦人という感じだ。
というか、本物だけど。
侍女らしき人が一緒に入ってきて、後ろに控えた。
声をかけてきたのは侍女のようだ。
こちらもやはりエルフの美人さん。
とはいえ、格調高いカシアの美しさは一歩抜きんでている。
「ミチオ殿はカシアと同じく、盗賊に盗賊を当てるのはよくないという考えのようじゃ。取り締まる側と取り締まられる側には緊張関係が必要だと申しておる」
「まあ。さようでございますか」
カシアが俺を見て軽く微笑む。
女神の微笑だ。
「癒着する可能性があるのではないかと」
「そうですね。貴族は貴族にふさわしい振る舞いを行うべきでしょう」
「緊急避難としては、盗賊に盗賊を取り締まらせる手もありだと思いますが」
カシアを見つめてばかりもいられない。
公爵の目が気になって、つい肩を持ってしまった。
粛清はよくない。
「しかしその必要もなくなったようじゃ。カシアよ、喜べ。ミチオ殿がハインツの一味を成敗してくれた」
「まあ」
カシアが、目を見開き、喜びの表情で俺を見る。
どこまでも澄んだ青い瞳。
吸い込まれそうなくらいだ。
というか吸い込まれたい。
「シモンだけが逃れたようだが、一人ではたいしたこともできまい。案外、もうくたばっているかもしれん」
確かにそのとおりです。
「ありがとうございます。ハインツが跋扈していたのはわたくしの実家に当たるセルマー伯の領内です。わたくしの知り合いもハインツに殺されました。ミチオ様はわたくしにとっても仇をとってくれたことになります」
カシアが頭を下げた。
艶のある綺麗な金色の髪がざっくりと流れ落ちる。
「いえいえ、とんでもない。ありがたいお言葉です」
「こちらの領内に入ったのではないかと聞いて心配しておりました。これで領民も安心できるでしょう」
「お役に立つことができて光栄です」
カシアに心配していただいただけで領民には十分だ。
「ハインツかその一味で、指輪を装備しておる者がいなかったか」
公爵が俺に尋ねてきた。
俺はアイテムボックスから決意の指輪を取り出し、公爵に渡す。
「指輪であれば、これですね」
「おお。……いや。ここまで新品ではなかったような。余の記憶違いか」
決意の指輪はキャラクター再設定によって生まれ変わってしまった。
もう戻せない。
「それしか見つかっていませんが」
「許せ。ミチオ殿のことを疑っているわけではない。ゴスラーはどう思う」
「そうですね。もう少し傷があったようには思いますが。指輪を磨いたのかもしれません」
「ハインツはセルマー伯のところから決意の指輪を盗んでおる。元々は当家にあったものだ。カシアを娶るときに結納として渡した」
公爵が事情を説明する。
元々は公爵のところにあった装備品なのか。
というか、決意の指輪を結納にすればカシアを娶れるのか。
「結納……」
「庶民とは逆だからな。庶民の場合、魔物と戦うのはどうしても男性が多い。だから男性の数が減り、女性があふれてしまう。これが庶民の女性が結婚のときに持参金を必要とする理由だ。持参金が足りなければ一夫多妻になる。貴族の場合、男性であれ女性であれ魔物と戦う。男性の数だけが減るということはない。結婚のときには男性側が結納を支払うのじゃ」
何を勘違いしたのか、公爵が貴族の結納について説明してきた。
貴族の結納どころか庶民の結納も知らなかったのだが。
この世界では結婚のとき女性が男性に金品を払うらしい。
昔は戦争で男性が死ぬことが多く、イスラム教が一夫多妻なのはその救済のためだったという話を聞いたことがある。
それと同じようなものか。
「なるほど」
「これがハインツが持っていた決意の指輪なら、是非余が買い取りたいのだが、どうじゃ」
「由来のある品ですか」
「五代前の先祖が固定のときにいただいたものだ」
決意の指輪はやはり固定で出てきたものらしい。
「そのような事情であれば」
しょうがない。
断る理由もない。
「では、防具鑑定のために指輪は余の方で預からせてもらおう」
「はい」
決意の指輪を取られてしまった。
値段とかどうするのだろう。
貴族がつけた値に従えということだろうか。
公爵やカシアのことだから、安値で取り上げることはないと思うが。
白紙の小切手を出すような感じかもしれない。
言い値で払うと。
それも困る。
「ミチオ殿をセルマー伯のところへ連れて行きたいと思うが、カシアはどう思う」
公爵がさらに恐ろしい提案をしてきた。
別に賞金だけもらえればそれでいいのだが。
「はい。もちろんセルマー伯からも感謝の言葉があってしかるべきでしょう」
カシアも賛成のようだ。
それでは行かずばなるまい。
「そうであろう。ミチオ殿もよろしいか。なに、少しの時間頭を下げておけば終わる話じゃ。堅苦しく考えることはない。決して悪いようにはいたさぬ。迷惑をかけることはない。行くのはミチオ殿一人でよいぞ」
「はあ」
「ミチオ様はあの賊を倒されたのです。セルマー伯にも謝意を表明する機会を与えていただければと思います」
「分かりました」
カシアに頼まれたのでは嫌とはいえない。
できれば断りたいが、断る理由が思いつかない。
「セルマー伯が討てなかった盗賊を余の領内で仕留めたのだからな。余も自慢できるというものじゃ」
それが公爵の本音か。
美人の嫁を奪ってしまったために義実家との関係がうまくいっていないのではないだろうか。
そういうことに巻き込まないでいただきたい。
「セルマー伯との連絡はわたくしが取りましょう。すぐというわけにもまいりません。ミチオ様、三日後の朝、再度ボーデへいらしていただいてもよろしいでしょうか。それまでに日取りを決めておきます」
「はい。三日後ですね。それでは三日後にうかがわせていただきます」
頭を下げ、公爵とカシアの下を辞した。
話も終わったようなのでちょうどいい。
いつまでもカシアのそばにいたいが、そういうわけにもいかない。
さらなる無理難題を押しつけられる可能性もある。
インテリジェンスカードを見られないうちに撤退した方がいいだろう。
「ミチオ殿、こちらです」
ゴスラーがロビーまで送ってくれた。
「ゴスラー殿、この辺りに、漁村というか漁港というか、魚が豊富に手に入るところはあるか」
「領内の漁村といえば、ハーフェンですね。良質の魚が獲れることで有名です。よろしければ、騎士団の冒険者に案内させましょう」
やはりハルツ公領内にいい漁村があるようだ。
ハルツ公領が海に面していることは、コハクが海で採れるという話から分かってはいた。
北の海だから期待できるだろう。
「ここがハーフェンになります」
冒険者が連れてきてくれたのは、漁村の魚市場だった。
潮の香りと魚のにおいが強烈に入り混じっている。
水揚げされた魚をはさんで、売り手と買い手がやり取りをしていた。
「これは騎士団のかたではございませんか。何かご用でしょうか」
到着すると、すぐにエルフの男が話しかけてくる。
漁村の人だろう。
村長Lv3だ。
村長なのか。
「このかたの話を聞いてほしい。それでは、私はこれで」
俺を連れてきた冒険者はすぐに帰っていった。
「どのようなご用でございましょうか」
「ここでは俺でも魚を手に入れることは可能か」
「はい。特に制限はございません」
冒険者が帰ってしまったので、村長と直接話す。
俺でも大丈夫のようだ。
それだけ聞けば十分か。
「いつもこんなに盛況なのか?」
「毎朝、場所を変えて網を入れます。大漁不漁はその日の運です。獲れた魚をここで売りに出します。今日はなかなかの漁でございました」
「では、近いうちに魚を買いに来るとしよう」
「お待ちしております」
顔をつないで、家に帰った。
帰って賞金を確認する。
金貨三十九枚に銀貨が五十二枚。
三十九万五千二百ナールだ。
こんなものといえばこんなものだが、少ないといえば少ないか。
持ち込んだ八枚のインテリジェンスカードのうち、六枚は盗賊のレベルが低い。
十台二十台だ。
六人まとめても十万ナールかそこらだろう。
一人だけレベルの高い盗賊がいたから、この盗賊が一人で十万ナールいけばいい方。
とすると、兇賊のハインツの懸賞金は約二十万ナールということになる。
これはやはり少ないというべきか。
こんなものというべきか。
今更どうでもいいといえばどうでもいいが。
文句をいったところで増えるわけもなし。
「インテリジェンスカードも渡してきたし、これからはハルバーの迷宮に入ることになる」
朝食を取りながら、ロクサーヌたち三人に話した。
盗賊も倒したのだし、ハルツ公領内の迷宮に戻らないといけないだろう。
シモンが一人行方不明で残っていると強弁することも可能だが。
そこまでこだわることでもない。
「ハルバーの迷宮十三階層の魔物はピッグホッグです」
「ピッグホッグか。弱点は水魔法だったよな」
「そうです」
セリーに確認する。
ハルバー十二階層のグラスビーは風魔法が弱点、十三階層のピッグホッグは水魔法が弱点か。
効率的にはクーラタルの十六階層の方がいいだろうが、しょうがない。
そうそう都合よくはいかない。
ハルバーやターレの十六階層に案内してもらうという手もあるが、魔物の並びが違えば意味はない。
それに一階層ずつ順に探索していった方が安全だ。
冒険者のジョブも早めに獲得しておくに越したことはないが、一日二日で探索者Lv50までなれるわけもない。
「あと、懸賞金も入ったことだし、しばらくしたら戦力の拡充も考えたい」
「はい。当然のことです」
「すぐにというわけではない。ミリアがなじむのを見計らってからだ」
「××××××××××」
「はい、です」
ハーレム拡張宣言もしておいた。
ミリアがロクサーヌの通訳に頼り切っているうちはまだまだか。
ブラヒム語を完全にマスターするには時間がかかるだろうが、ある程度の意思疎通はできるようにならないとな。
「それから、決意の指輪はハルツ公に売ることになると思う。公爵の先祖が固定で出したものだそうだ。ミリアには悪いが」
「やはりそうですか」
「はい、です」
セリーとミリアがうなずく。
セリーが身代わりのミサンガを装着した後、決意の指輪はミリアが着けていた。
たった一日だけになってしまったが。
ミリアにそれほど落ち込んだ様子はない。
取り上げる形になってしまったが、大丈夫か。
「その代わりといってはなんだが、ハルツ公の騎士団から領内にある漁村を紹介してもらった。明後日にでも行ってみよう」
フォローも兼ねて、提案する。
「すごい、です。はい、です」
ロクサーヌの通訳を聞いたミリアが目を輝かせた。
やはり装備より魚の方が大事らしい。