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討伐

 

 迷宮の小部屋に、盗賊が六人いた。

 全員レベルはそれほど高くない。

 十台が四人、二十台が二人。


 この程度で十二階層に来るパーティーを襲えるのだろうか。

 とてもそうは思えない。

 パーティーは最大で六人だから、相手が六人いれば六対六になる。

 一対一で戦うのはぎりぎりというところだろう。


 油断させておいて不意をつくとしても、全員を瞬殺できるはずもない。

 必死に反撃されれば、一人二人の被害はどうしたって出る。

 それでは長期にわたって略奪を繰り返すことはできないだろう。


 よほど追いつめられていれば、あるいはそういう暴挙に出ることがあるかもしれないが。

 迷宮で待ち伏せして襲撃するような冷徹な盗賊団にはふさわしくない。

 多分、この六人だけで強盗を働くことはないと判断していいはずだ。


 他に部隊を分けているのか、先行して様子を見ている段階なのか。

 早朝なので本当に準備ができていないのかもしれない。

 いきなり襲ってくる可能性は、あまりなくなった。


「××××××××××」

「?」


 盗賊が何か話しかけてきたが、ブラヒム語ではないので分からない。

 首をかしげると、今度は盗賊Lv28の男が近づいてきた。


「おはようございます。ボスのいる部屋はあっちです。俺たちはまだ少し休んでから行きますんで」


 腕を横にして左側を差す。

 六人の盗賊の中では一番レベルの高い男だ。

 この男はブラヒム語が話せるらしい。


 警戒しながらも、小部屋の中に入った。

 盗賊がばらばらに別れる。


 あ。しまった。

 あらかじめ訓練してあったかのような動きだ。

 盗賊たちがさっと動いて、部屋の中に広がった。


 別に囲まれたわけではない。

 遠巻きに警戒されているだけだ。

 こちらも向こうを警戒しているのだから、警戒するなとはいえない。


 ただ、盗賊を一気に倒すことは難しくなった。

 今から引き返すのも不自然な動きになるだろう。


 ここでことを起こせばどうなるか。

 レベルも低いし、多分二人はすぐに屠れる。

 三人めは分からない。

 回り込まれてしまったので四人以上は無理だ。


 この部屋で戦えば、ロクサーヌとセリーとミリアも一対一で盗賊の相手をすることになるだろう。

 絶対に勝てないでもないが、絶対に勝てるともいいきれない。

 なるべく危険は避けた方がいい。

 おとなしく盗賊のいうことを聞いておくか。


「ありがとう」


 盗賊に従って左側に進む。

 盗賊たちは他の通路をふさぐように遠巻きに立っていた。

 こちらを攻撃する様子は見せない。


 なるほど。


 盗賊の作戦が分かった。

 俺たちが入ってきた扉以外の三つの方角のうち、どれか一つは盗賊のいうとおりボス部屋に通じているのだろう。

 そうでなければここで網を張る意味がない。

 そして、三つのうちどれか一つには他の盗賊が待ちかまえているはずだ。


 うまいこと考えている。

 この部屋に盗賊が六人いても、鑑定がなければ、普通のパーティーが休んでいるとしか考えない。

 強そうなやつらが来て勝てそうになければ、親切ぶってボス部屋に通してやればいい。

 弱そうなやつなら、罠にご案内だ。


 俺たちは、強そうだと判断されたか、カモだと思われたか。

 セリーやミリアにはこれみよがしにミサンガを巻かせるべきだったか。


 盗賊との距離を保ちつつ俺が通ると、盗賊は後ろの方に目をやった。

 下卑た笑みを浮かべている。

 女が目当てかよ。


 この場で成敗してやりたいが、ここでは動かない方がいい。

 せめてカモだと思われんことを。


 扉が開き、左側の洞窟に抜けた。

 誰もいない。

 洞窟が先に続いている。


「……滅びればいいのです」


 盗賊はロクサーヌやミリアの胸を見ていたのか。

 セリーよ、同感だ。


「曲がった先に三、四人います」


 最後尾のロクサーヌが小走りで追いついてきて、横に並び、小声で告げた。

 セリーよ、喜べ。

 滅ぼすことになった。


 前と後ろから挟み撃ちか。

 盗賊にしては悪くない作戦だ。


 俺たちはカモだと判断されたらしい。

 ロクサーヌの胸に目がくらんだだけかもしれない。

 効果抜群の撒き餌だ。


「あいつらは盗賊だ。一戦は必至だろう。襲ってきたら、ロクサーヌが前、セリーは後ろを頼む。ミリアはロクサーヌの後ろから援護しろ。盗賊は俺が倒すから、守備に重点を置いて戦え。俺は自由に動く。俺の動きにはつられるな」


 まだアイテムボックスに入っていた銅の槍を取り出し、ミリアの木の盾と交換する。

 盗賊相手には間合いの取れる槍がいいだろう。

 念のために取っておいたのが役立つ。


 曲がり角まで進んだ。

 ロクサーヌを見ると、小さく首を振る。

 盗賊はまだ先にいるらしい。


 角を曲がった。

 洞窟の先の方に四人いる。

 兇賊Lv24、海賊Lv67、盗賊Lv48、探索者Lv42。


 全員レベル高い。

 特に海賊の男は圧巻だ。

 兇賊というのも初めて見た。

 こっちが主力部隊か。


 後ろから追いつかれても癪なので、早足で進む。

 四人は、立ちふさがるように洞窟に広がった。

 前に三人、兇賊Lv24は後ろに控えている。

 こっちの兇賊の方が頭目なんだろうか。


「ボスがいると思ったか」

「残念だったな、盗賊だよ」

「××××××××××」


 前にいる男たちが口々にはやし立てた。

 一人はブラヒム語じゃないから、何を言っているのか分からない。

 ロクサーヌを見てにやけているから、どうせろくでもないことだろう。


 探索者の男も、脅されているとか嫌々仲間に加えられたとかではない。

 完全に染まりきっている。


 言動も思考も残念な盗賊のようだ。

 鑑定がなければ、普通は盗賊かどうかは分からない。

 不意打ちに徹すれば、多少は有利になれそうなものを。


 曲がり角の後ろから、さっきの六人も追いついてきた。

 当然挟み撃ちか。

 盗賊は十人で俺たちを前後から囲む。


「持っているものと女を置いていくなら、命だけは助けてやってもいいぜ」


 なるほど。

 不意打ちじゃなくて交渉の余地があると思わせるのか。

 無駄に戦闘するよりも被害は少ないのかもしれない。

 前後を挟まれてしまえば、抵抗を諦めるパーティーもあるだろう。


 もっとも、盗賊が誰かを生かして帰す可能性はゼロだ。

 普通に考えれば分かる。

 せっかくこの場所を見つけたのに、誰かを逃せば使えなくなってしまう。

 いきなり盗賊に囲まれたら、そんな判断もできなくなるのだろうが。


「おら。さっさと全員武器を捨てな」

「命あってのもの種だぜ」


 相手は十人。

 前の四人はかなりレベルが高い。

 一つのパーティーが相手なら、これだけいれば楽勝ではあるのだろう。

 普通ならば。


「入り組み惑う迷宮の、勇士導く糸玉の」


 盗賊たちを無視して、呪文を唱えた。


「この洞窟には遮蔽セメントを塗ってある。逃げられないぜ」


 探索者の男が馬鹿にしたように吐き捨てる。

 やっぱりそのくらいのことは当然考えているようだ。

 パーティーに探索者がいれば、せっかく挟み撃ちにしてもダンジョンウォークで逃げられてしまう。


 遮蔽セメントが塗ってあればフィールドウォークは使えない。

 ダンジョンウォークも遮蔽セメントで使えなくなるのだろう。

 それなら、遮蔽セメントを塗っておけばパーティーメンバーに探索者がいても逃げられなくなる。


「ダンジョンウォーク」


 忠告を無視して、スキル名称を口にした。

 ダンジョンウォークと口に出し、頭ではワープと念じる。

 黒い壁が現れた。


 ワープなら遮蔽セメントがあっても使える。

 俺は壁の中に突入した。


「馬鹿な。ダンジョンウォークが使えただと」

「××××××××××」

「いや。逃げたのは一人だ。女をほっといて逃げるとは、馬鹿なやつだ」

「馬鹿はどっちですか」


 ロクサーヌの声を聞きながら、デュランダルを突き入れる。

 一人だけ後ろにいた、兇賊Lv24の首に突き刺した。

 ワープでこの男のすぐ後ろに移動したのだ。


 出る場所を想定して兇賊の首の辺りに剣を突き込む。

 ほぼ狙いどおりの場所をデュランダルが穿った。

 背後からの一撃を喰らって、兇賊Lv24が倒れる。

 倒れた音で、他の盗賊たちも事態に気づいた。


「馬鹿な。どうなってやがる」

「とにかく、全員でやっちまえ」


 全員でこられると厄介だ。

 セリーと後ろの盗賊六人との間に、ファイヤーウォールを出現させる。


「もう一人いやがった。どこかに魔法使いが隠れてるぞ」

「××××××××××」


 盗賊たちがあわてた。

 ファイヤーウォールでは洞窟をふさぐことはできないが、けん制にはなる。

 槍を持って待ちかまえているセリーのところに正面からは突っ込みにくいだろう。


 レベルの高い主力三人は俺の方に向かってきた。

 いい判断だ。

 俺が移動したことで、今この三人は俺たちに挟まれた状態になっている。

 俺一人を排除すれば、優位を取り戻せる。


 俺としても好都合だ。

 俺の方に来てくれれば、ミリアたちの危険が減る。

 後はどうやってこの三人を倒すか。


 全体攻撃魔法は人には使えない。

 単体攻撃魔法は人に使える。

 ファイヤーウォールを出しているので燃えている間は他の魔法が使えない。

 それでも、ボーナス呪文は使えるようだ。


 ジョブの魔法使いが出す魔法とボーナス呪文は別カウントになっているのだろう。

 一度は距離を取るために下がったが、ボーナス呪文が使えることを確信して前に進む。

 できれば使いたくないが、贅沢はいっていられない。


 盗賊が近づいたとき、真ん中の男に向かってMP全解放と念じた。

 選択しておいたボーナス呪文の単体攻撃魔法だ。


 海賊Lv67が爆ぜる。

 三人いた盗賊たちの真ん中の男が、突如として吹き飛んだ。

 鎧などの装備品を残し、文字通りに爆発する。


「は?」


 両隣にいた男の動きが一瞬止まった。

 隣にいた海賊が突然爆発したのだ。

 動きが止まるのはしょうがないだろう。


 俺も、なんてことをしてしまったのだと湧き上がる感情を必死に押し殺す。

 このチャンスをふいにすることはできない。

 何もしたくないと嘆く心に鞭打って、デュランダルを振るった。

 完全に動きの止まった盗賊Lv48の首を、難なくはね飛ばす。


 MPが回復するのが分かった。

 人間からでもMPを吸収するらしい。

 このまま逃げ出したい気持ちに駆られるが、踏みとどまる。


 もう一人海賊の隣にいた探索者もまだ動きが止まっていた。

 海賊の体の一部だったしぶきが探索者にも張りついている。

 思考が再起動するには多少の時間を要するのだろう。


 MPが回復したのを幸い、嫌がる感情を抑圧して腕を動かす。

 返す刀で探索者の首も飛ばした。


 MPがさらに回復する。

 それなりでしかないが、贅沢はいっていられない。

 すぐにもう一度ワープを行った。

 六人の盗賊の背後に出る。


「こっちだ。逃げられないぜ」


 盗賊たちに後ろから声をかけた。

 アイテムボックスを開き、強壮剤と強壮丸を取り出す。

 所持していたのを全部取り出し、口に放り込んだ。

 さすがに回復なしでは長期戦はやっていられない。


「××××××××××」

「××××××××××」


 六人が何かを言い合い、俺の方に向かって一斉に走ってくる。

 ファイヤーウォールは消えたが、向こうにはロクサーヌたち三人がいる。

 こっちは俺一人。

 向こうに出口はないのだろうし、当然こっちにくるだろう。


 ただし、いい判断だとはいえない。

 忘れていることがある。

 さっきまで、六人の盗賊とセリーとの間にはファイヤーウォールがあった。

 向かってくる六人の前に再び無詠唱でファイヤーウォールを張る。


 先頭の盗賊は、たいした被害は受けなかったようだが、後ろの火に気を取られている隙に俺に首をはねられた。

 二人めと三人めの盗賊は、火の壁にもろに突っ込んだ。

 斬り捨てたがほとんどMPは回復しなかったので、即死だったのかもしれない。

 四人めの盗賊は、火に半分入った後、あわてて横に逃げ出したが、そこで俺に斬られた。


 五人めの盗賊は、少しだけ足を踏み入れた後、後方に退避できたようだ。

 しりもちをついて足を伸ばしている。

 無事ですんだのは一人だけか。


 しりもちをついている盗賊に注意しながら、歩を進めた。

 無事だった一人がそれにあわせてじりじりと下がる。

 盗賊の後ろからロクサーヌたちが追いついた。


「少し下がれ」


 ロクサーヌたち三人を下げさせる。

 距離が開いて、無事だった一人がまた後ろに下がった。

 俺が前に進む。

 盗賊が後ろに下がる。


 射程圏に進み、大きく一歩踏み出してしりもちをついている盗賊の首を払った。

 それを見て、無事だった盗賊が俺に斬りかかってくる。


 盗賊としては、最善の判断だっただろう。

 俺の剣がデュランダルでなければ。

 普通の剣であれば、人の首をそうやすやすとはね飛ばすことはできないはずだ。

 切り落とそうとしている隙に、俺を突き殺せたかもしれない。


 しかし、俺が使っている剣はデュランダルである。

 しりもちをついている男に放った一振りは、その首を簡単にはね飛ばすと、俺を襲ってくる盗賊の横腹にヒットした。

 途端に勢いのなくなった盗賊の振り下ろしを、俺は余裕で避ける。


 めいっぱい力を籠めて、一度デュランダルを盗賊の腹に押し込んだ。

 それからゆっくりと引き抜く。

 盗賊が崩れ落ちた。


「ご主人様」


 ロクサーヌたちが駆け寄ってくる。


「全員無事か」

「はい」

「ロクサーヌとミリアは他に逃げた者がいないか確認を頼む。セリーは、インテリジェンスカードの回収を手伝ってくれ。手首を包むから、盗賊の服を切り取れ」


 まだ終わったとは限らない。

 すぐさま三人に指示を出した。

 確認できた盗賊は全部倒したはずだが。


 無詠唱での魔法に加えて、ワープとMP全解放も使っている。

 見た者がいたら、全員始末した方がいい。

 ロクサーヌとミリアが盗賊六人のいた小部屋に走って向かった。


「すばらしい戦いぶりでした」

「ありがとう」

「早く手首を集めた方がいいでしょう」


 セリーが淡々と作業を開始する。

 俺も盗賊の手首を切り離した。

 セリーのはぎ取った盗賊の服の上に積み上げる。


 手首を取るのはぎりぎり間に合ったようだ。

 最後に兇賊の手首を切り取ったとき、兇賊が吸い込まれるように消えた。

 装備品を残して、その体が迷宮に引き込まれる。

 一瞬で兇賊の体が迷宮の床に沈んだ。


 他の盗賊の体も次々に消えていく。

 迷宮が人を消化するのはこういう風にやるのか。


「逃げた者はいないと思います」


 ロクサーヌとミリアが帰ってきた。


「そうか」

「それにしてもすごい戦いでした。さすがはご主人様です」

「ありがとう。ロクサーヌたちも無事でよかった。三人とも怪我はないな」

「はい」


 三人とも怪我もなかったようだ。

 一番心配だったのは三人に被害が及ぶことだ。

 最高の結果といえるだろう。


「ファイヤーウォールを張っていただいたおかげで、盗賊はこちらに手出しできませんでした。ありがとうございます」

「××××××××××」

「ミリアもすごかったと言っています」


 盗賊をなで斬りにしたが、三人に嫌われることもないようだ。

 元々けしかけたのはこの三人だしな。


 手首を数えると、ちゃんと八個集まっている。

 探索者の手首は賞金にはならないだろうから取っていない。

 MP全解放で爆発した海賊の手首も回収できなかった。

 手首も残らないほどに四散したらしい。

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[気になる点] MP全解放とは思い切ったなあ、と。 オーバーホエルミングでは足りなかったか。
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