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魚屋

 

「素晴らしい交渉振りでした」


 金を払い奴隷商人がしばらく待ってほしいと部屋を離れると、セリーがほめてくれた。

 仲買人に対するときのようには駆け引きを嫌ったりしないようだ。

 まあセリーの方がよほどえげつない交渉をしそうだしな。


「そうか。ありがとう」

「とりわけ、何故商人が最後に大きく値を下げたのか、私にはまったく分かりませんでした」


 ……えっと。

 三割引のスキルが効いたわけでして。


「さすがはご主人様、見事な人徳です」

「ありがとう。まあ人徳というほどでもないが」


 ここはロクサーヌに乗っておこう。

 スキルも人徳も似たようなものだとはいえるかもしれない。

 商人の目には、きっと俺は三割値引きをしても元が取れる大物取引相手に見えるのだろう。


「いえ。すばらしいことです」

「神域を冒したらしいが、問題はないだろう」

「ご主人様がそうおっしゃられるのでしたら」

「神罰など迷信です。本当に神罰があるなら、禁漁区で漁をした時点で下されているはずです」


 さすがセリーは合理的だ。

 ロクサーヌもそれを聞いてうなずいているから、大丈夫か。

 しばらくすると、奴隷商人がミリアを連れて戻ってきた。


「××××××××××」

「お魚ありがとうございます、だそうです」


 まだ食べさせてないが。

 初手から今夜の夕食に縛りをかけられてしまった。

 意外に交渉上手?


「そのうちにな」

「××××××××××」


 ロクサーヌが訳すと、じーっと俺の方を見つめてくる。

 別に魚を出さないとは言っていない。


「それでは、インテリジェンスカードの書き換えを行います」


 奴隷商人の言葉を好都合と腕を伸ばした。

 ミリアも何か言われ、仕方なく腕を伸ばす。

 セリーにも腕を出させてから、奴隷商人がインテリジェンスカードの書き換えを行った。



加賀道夫 男 17歳 探索者 自由民

所有奴隷 ロクサーヌ セリー(死後解放) ミリア(死後相続)



 インテリジェンスカードが更新され、ミリアが俺の所有奴隷になる。

 死後の扱いも相続になっていた。

 誰が相続するかまでは表示されないようだ。


 ミリアを受け取って、商館を出る。

 思ったとおりミリアは裸足だった。

 外に出るとまず革の靴を渡す。


「じゃあこれをはけ」

「××××××××××」

「魚を食べさせてもらう上に靴まではかせてもらうのは申し訳ないそうです」


 魚はもらうんだ。


「迷宮に入る以上はこれも装備品だから」


 ロクサーヌが訳すと、素直に受け取って靴をはいた。

 パーティーに加入させ、帝都の冒険者ギルドから家に戻る。

 家までの道すがら、ロクサーヌが早速ミリアに何か教えていた。


「××××××××××」

「××××××××××」

「××××××××××」

「探索者のはずなのにすごいと言っています」


 家に帰ってからも会話が続いていると思ったら、ワープのことか。


「適当に言っておいてくれ。後、内密にするようにともな」

「かしこまりました」


 面倒なのでロクサーヌに丸投げする。

 ロクサーヌの話を聞くと、ミリアが尊敬の表情を向けてきた。

 ロクサーヌが何と説明したか、分かったものではないな。


 まあ尊敬してくれるならそれでいいだろう。

 後で分かったときが怖いとしても。


「改めて挨拶すると、俺が主人のミチオだ。よろしく頼むな」


 ミリアの頭に手を乗せる。

 嫌がる様子がないことを確認して、なでた。

 ネコミミにも少し触らせてもらう。

 結構柔らかい。


 もう少し硬いかと思ったが、肌触りがいい。

 内側の白い毛が柔らかく、クッションになっている。

 ふわふわとした感じがまことに心地よい。


「××××××××××」

「はい、こちらこそお願いしますと言っています」

「ブラヒム語の返事は、はいだ。言ってみろ。はい」

「……はい」


 俺の命令をロクサーヌが翻訳すると、ミリアがもぞもぞと口を動かした。


「おお。ちゃんと言えるじゃないか」

「××××××××××」

「すごいです」


 ロクサーヌやセリーと三人がかりでほめる。

 やって見せ いって聞かせて させてみせ ほめてやらねば 人は動かじ

(by山本五十六)


「はい」


 ミリアが嬉しそうにはにかんだ。

 ブラヒム語の方もじっくり教えていけば大丈夫か。


「彼女がロクサーヌ。しばらくは翻訳もしてもらうのだから、世話になる。姉とも思って慕え」

「××××××××××」

「はい」


 ロクサーヌが訳すと、ミリアがロクサーヌに頭を下げた。

 結構きっちりと翻訳したのだろうか。


「よし、言ってみるか。お姉ちゃん」


 ミリアに教え込む。

 お姉ちゃんだ。

 お姉ちゃんと言えるようになったら、次は。


 ぐふふふふ。

 ネコミミの美少女にお兄ちゃんと慕われる悦楽。

 これは何ものにも代えがたい。


「……お姉ちゃん」

「はい、ミリア」


 よし。言えたな。

 次はお……。

 教えようとしたら、なにやらセリーがさげすむような目で俺を見ていた。

 何故だ。


 いや、気のせいだ。

 気のせいだろう。

 気のせいに違いない。

 被害妄想だ。


「か、彼女はセリーだ。パーティーメンバーは今のところこの四人になる。戦力拡充のためメンバーは増やすつもりだから、新しく入ってくる人とも仲よくやってくれ」


 くっそう。

 何がいけないというのか。


 せめてもの代わりに、ハーレム拡張宣言はしておく。

 最初が肝心。

 鉄は熱いうちに打て。

 なじむ前に、きっちりと布石を打っておいた方がいいだろう。


「××××××××××」

「弟がいたので、大丈夫だそうです」


 ミリアが胸を張った。

 弟が入ってくることはないがな。


「それじゃあ、次にジョブだが。迷宮に入るのに何かやってみたいジョブとかあるか」


 ミリアに質問しながら、パーティージョブ設定を使う。


 海女Lv2、村人Lv5、商人Lv1、探索者Lv1、戦士Lv1、海賊Lv1。


 レベルはどれもあまり高くない。

 海賊というのは、禁漁を破ったらしいので得たジョブだろう。

 獣人は盗賊じゃなくて海賊になるのだったか。


「このままでいいそうです」

「じゃあ海女か」


 海賊王に俺はなる、とか言い出さなくてよかった。


「というより、ギルドとの契約で海女になってからは十年間海女でい続けなければいけないという制限があるそうです」

「そうなのか」


 試しに、ジョブを村人Lv5にしてみる。

 設定できるじゃん。

 あっ。


「他のジョブに就こうとすると契約破棄で海賊に落とされると言っています」


 パーティージョブ設定を終わらせて鑑定してみると、ジョブが海賊Lv1に切り替わっていた。

 あわててパーティージョブ設定を再度起動する。


 ……。

 よかった。

 海女Lv2に戻せた。

 今度はパーティージョブ設定を終わらせても海女Lv2のままだ。


 念のため戦士Lv1にしてみる。

 大丈夫だ。

 海賊にはならない。


「どうやら、その契約は無効になっているようだな」


 ロクサーヌが訳したとおり、ジョブを変更したので契約破棄とみなされたのだろう。

 ジョブ設定でジョブを変えることなどまったく考慮されてないようだ。


 当然といえば当然か。

 それとも当然ではないのか。

 よく分からない。


「××××××××××」

「神罰でしょうか?」


 ミリアが心配そうに何か言い、ロクサーヌも心配そうに訊いてきた。

 その質問はまずい。

 全面的に俺のせいです。


「い、いや。神罰ではない。俺がちょっとな」

「そのようなこともおできになるのですね」


 あわてて否定すると、ロクサーヌが尊敬の表情を向けてくる。

 ロクサーヌが翻訳すると、ミリアまでもが。

 なにやら激しく勘違いされているような。


 まあやってしまったものは仕方がない。

 元には戻せない。

 知らんぷりをしておこう。


「セリー、海女っていうのはどういうジョブだ?」

「猫人族の女性の種族固有ジョブです。確か、本来なら水の中で生きているような魔物に対して強い攻撃力を発揮します」



海女 Lv2

効果 体力中上昇 HP小上昇 腕力小上昇

スキル 対水生強化



 海女には対水生強化というスキルがあるようだ。

 これが水生の魔物に対して強い攻撃力を発揮するスキルか。

 多分パッシブスキルなんだろう。


 ジョブは海女のままでいいか。

 水生の魔物に対して強いなら、役立つこともあるに違いない。


「武器は何を使う」

「魚を獲るときには槍を使ったことがあるそうです」


 そんなんばっかりだな。

 槍じゃなくて銛じゃないのか。


「迷宮でも槍でいいのか? 前衛が槍二人になってもロクサーヌは大丈夫?」

「××××××××××」

「××××××××××」

「攻撃重視なら両手剣、防御重視なら片手剣に盾でいいそうです」


 ロクサーヌとミリアが何かを話し合って結論を出した。

 片手剣に盾でいいか。

 敵を殲滅するのはどうせ俺の役割だ。


「じゃあ片手剣か。いずれ強化するとして、当面はダガーでもいいだろうか」

「はい。十分だと思います」


 ロクサーヌから了承を得たので、ダガーを取りに行く。

 アイテムボックスには入れてないが、セリーの作った空きのスキルスロットつきダガーが取ってあった。

 複数買わないと三割引が効かない。

 当面はあまっている武器でいいだろう。


 物置として使っている部屋からダガーを持ち出し、ミリアに渡す。

 「はい」と元気に返事をして、ミリアが受け取った。


「後は防具か。革の帽子と革のグローブはまだあるからいいとして、胴装備は皮のジャケットではきついだろう」


 グリーンキャタピラーLv11に皮のジャケットでは苦しいと交換したのだ。

 もっとレベルの低いミリアに皮のジャケットというわけにはいかない。


「皮のジャケットでも十分戦えますが」


 それはロクサーヌだけだ。


「何かあってからでは遅いしな。とりあえず防具屋に行く。他に必要なものがあったら一緒に買おう」

「かしこまりました」


 クーラタルの冒険者ギルドへ飛んだ。

 ミリアはやはり驚いているようだが、ロクサーヌに一任する。

 家の中からワープしたので詠唱も使ってないしな。

 ミリアも外で騒ぎ立てることはなかった。


 町の中心部に入って防具屋に行く……前にミリアが魚屋をじっとにらむ。

 やっぱそうなるか。


 魚屋といっても、たくさんの魚が置いてあるわけではない。

 鯉か鮎みたいなのを三、四種類だ。

 多分近くで獲れる川魚なんだろう。

 海から運んでこれるほどクーラタルは海に近くないらしい。


「××××××××××」


 魚屋をすぎようとすると、ミリアも仕方なくという風に何かをつぶやきながらついてきた。

 てこでも動かないかと思ったが、意外に素直だな。


「なんて言ったんだ?」

「××××××××××」

「××××××××××」

「ヘミチャナ、ロクスラー、バギジ。魚屋に並んでいた魚の名前だそうです」


 ミリアに確認してロクサーヌが教えてくれる。

 名前なのか。

 さすがによく知ってるのね。


「魚は後でな」


 ロクサーヌが訳すと、ミリアが目をいっぱいに開いて俺を見た。

 驚きと期待と喜びに満ちあふれているようだ。


「はい」


 返事をして、勢いよく先頭に立つ。

 行く場所分かってんのかね。


 あ。ロクサーヌにたしなめられて戻ってきた。

 やっぱり分からなかったのか。

 ミリアがロクサーヌの横に並ぶ。

 ロクサーヌが何ごとかミリアに話した。


「何を言われてるんだ」

「多分フォーメーションです」


 あまりにも長々と説教されているので気になっていると、セリーが教えてくれる。


「フォーメーション?」

「はい。今までは私とロクサーヌさんが前後か左右を分かれて警護する形でしたが、三人になりましたので」


 前に飛び出さず、きっちり警戒しろと言われているのか。

 というか、今までそんなフォーメーションがあったのか。

 気づかなかった。


「そうか。悪いな。ロクサーヌもありがとう」

「いえ。当然の任務ですから」


 もちろん俺を警護するのだろう。

 きっと、本当なら俺がきっちり命令しないといけないのだ。

 命令がないので、ロクサーヌがフォローしてくれていたに違いない。

 いたっていたらない主人である。


 防具屋に行き、まずは盾を選んだ。

 木の盾の上位の鉄の盾をロクサーヌに選ばせる。

 空きのスキルスロットは二つ。

 小さくて薄いせいか、木の盾に比べてそれほど重いわけではない。


「ミリアは硬革のジャケットとチェインメイル、どっちにする」


 ロクサーヌが鉄の盾を選び終えたところで尋ねた。


「魚を獲りに海に入るのでなければチェインメイルでいいそうです」


 さすがにチェインメイルを着て海に入ったら浮かんでこれないだろう。

 空きのスキルスロットがついたチェインメイルをいくつか取る。

 ミリアに選ばせよう、としたら、一瞬で指を差された。


「これでいいのか」

「えっと。早く魚屋だそうです」


 自分の防具より魚が大事か。

 どうせどれを選んでもたいした違いはないとは思うが。

 だからロクサーヌはそんなに説教しなくても。


 鉄の盾とチェインメイルを買って、防具屋を出る。

 洋服なども、ミリアはほとんど迷うことなく即決していった。

 買い物はミリアぐらい早いと楽だ。

 ただし魚屋ではどうなるか分からない。


「ミリア、魚は白身を焼いたのでいいか?」


 怖いので先に聞いておく。

 ロクサーヌが訳すと、ミリアが俺を見て嬉しそうにうなずいた。


「大丈夫だそうです」

「では焼き魚と、ロクサーヌとセリーも夕食をあと一品ずつくらい頼む」

「今日は私がスープを作ります」

「私は炒め物で」


 ロクサーヌがスープ、セリーが炒め物を作るようだ。

 初日だし、ミリアは作らなくていいだろう。

 ミリアが俺を熱い目で見つめてくる。

 ほれたか?


「××××××××××」

「魚ありがとうございます、だそうです」


 まあそんなこったろうと思ったよ。

 服、日用品、魔結晶を買った後、魚屋へ行って白身を買う。

 ミリアは俺にべったりとついてきた。

 探索者のじいさんから白身を受け取る。


 ちなみに、これこそが魚屋がクーラタルにある理由だ。

 白身はドロップアイテムなのである。

 上の方にいる魔物が残すらしい。


 ドロップアイテムなのでアイテムボックスに入る。

 第一線では戦えなくなった探索者のよいバイト先なんだろう。

 キャッシャーとして商人の店番が別にいるので、三割引も効く。

 クーラタルの魚屋は売るよりも買取が主業務のようだ。


「ミリアって魚はおろせるのか」

「おまかせくださいと言っています」


 うん。

 胸を張ったので、答えはロクサーヌが訳す前に分かった。

 やはりできるのか。

 スーパーで切り身しか買ったことのない俺とは違う。

 これからは魚屋で魚を買っても大丈夫そうだ。

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[良い点] 突然の五十六に草。 ここにきてロクサーヌの、しっかりしたお姉さんぶりがより発揮されててホッコリする。
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