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蒸しパン

 

「よし。これを買って帰るぞ」


 帝都の店でせいろを見つけた俺が勇みたった。

 せいろではなくてざるらしいが。


「は、はい」

「今日はこれでちょっとしたデザートを作ろう」

「デザートですか」

「楽しみにしててくれ」


 この世界にはあまりデザートというものはないようだ。

 果物や固いビスケットがせいぜいか。

 公爵やカシアなら何か食べているかもしれないが。


 庶民レベルではしょうがないのだろう。

 ロクサーヌもカルメ焼きで喜んでいたし。


 一度家に帰った後、卵と牛乳を買う。

 この世界には、それなりの値段はするが砂糖はある。

 上位のコボルトが落とすらしいコボルトスクロースだ。


 今までデザートを作ったことはなかった。

 クレープくらいなら牛乳、小麦粉、卵、砂糖で作れると思うが、日本にいるときに作ったことはないし、こっちで試したこともない。

 しかし蒸し器があるなら、俺にもいくつか作れる。


 クレープ同様作ったことがないので、蒸し器があるといってもいきなりのプリンはやめておいた方が無難だろう。

 プリンの原料は、牛乳、卵、砂糖だ。

 バニラエッセンスとかはさすがに無理。

 カラメルは砂糖を煮詰めるだけなのでなんとかなる。


 問題は分量と蒸し時間か。

 多分、何回か試行錯誤が必要だろう。


 蒸しパンなら、家庭の授業で作ったことがある。

 原料は、小麦粉、砂糖、牛乳、卵、重曹だ。

 重曹は石鹸を作るときに使ったシェルパウダーがある。


 まずは生地を作り、寝かせた。

 生地を寝かせている間に俺もロクサーヌと寝る。

 中華鍋の水を沸騰させ、その上にせいろを重ねてカップに入ったパン生地を置き、せいろをさかさまにしてかぶせ、布巾、木の板でふたをした。

 湯気が出てきたら、弱火にして、ロクサーヌに火加減を見てもらう。


 俺はその間に帝都へセリーを迎えに行った。


「甘くていいにおいがします」


 酒のにおいをさせたセリーを連れて帰ると、ロクサーヌが教えてくれる。

 そこまでにおわないように思うが、甘いのだろうか。

 魔物のにおいをかぎ分ける人は違うらしい。


 鍋からせいろを降ろし、ほとんどロクサーヌ一人で作った夕食を取った後、試食した。

 カップから取り出してみると柔らかい。

 しっとりと蒸しあがっているようだ。


「じゃあ食え」

「はい」

「いただきます」


 かじりつくと、もっちりとした食感があった。

 悪くない出来だ。

 砂糖はもう少し多くてもいいかもしれない。


「お、おいしいです、ご主人様」

「これはすごいです」


 二人にも好評のようだ。

 笑顔で蒸しパンを口に入れている。

 ハーレムメンバーを増やすのだ。

 これくらいの罪滅ぼしはあってもいいだろう。


 これからも時々作ることにしよう。

 蒸しパンはカロリーが高いのが難点だが。


「それでは、ご主人様。改めて、私からのプレゼントです。これからもよろしくお願いします」


 食事が終わると、ロクサーヌが昼間買った服を渡してきた。

 席を立って、ありがたく受け取る。


「ありがとう。俺の方こそよろしくな」

「はい。それから、これはセリーへ私からのプレゼントです」

「あ、ありがとうございます。大事にします、ロクサーヌさん」


 セリーも席を立ち、ロクサーヌから服を受け取った。

 セリーは前に図書館へ行ったときよりもお酒を控えてきたらしい。

 夕食の後のお勤めもちゃんとこなした。

 キスはちょっと酒臭かったが。



 翌朝、ハルバーの迷宮に入った後、十枚めの鏡を届ける。


「鏡の枠はいくつか作らせておる。そのうちできあがるであろう」

「さようですか」

「ミチオ殿は、仲買人のルークとは長いのですか」


 金貨をアイテムボックスにしまうと、ゴスラーが訊いてきた。


「長くはありませんが、それなりには」

「なかなかに優秀な仲買人です。ルークの父である先代も仲買人として使っておりましたから、見習いのころより知っております」

「そうでしたか」


 ルークは父親も仲買人だったのか。

 仲買人というのは騎士団や貴族とのつながりが生命線だろう。

 人脈を受け継げる世襲の方が有利には違いない。


「仲買人としては、信用できます。ミチオ殿に用があるときはルークを通じて連絡したいのですが、よろしいですか」


 仲買人としては、ね。


「ルークをですか」

「ミチオ殿はクーラタルにお住まいとのこと。こちらから出向くのも大変です。ルークならば、定期的にこちらに使いもよこしますので」


 鏡も十枚で終了というわけではない。

 贈答品として使えば、補充する必要がある。

 用件があるときにはいつでも連絡を取れるようにしておかなければならないだろう。

 ルークを利用するということか。


「そちらがよければ、かまいません」


 了承して、ボーデを後にした。


 朝食の後、セリーにモンスターカードを融合してもらう。

 酒が入っている状態では怖かったので、昨晩はやらせていない。

 酔った勢いでやっても大丈夫なんだろうか。


 酒が入っていると失敗する可能性があるのか。

 スキルなんだから、そこまで気にすることもないのか。

 詠唱できないほど酔っていれば、スキルの起動に失敗するだろうが。

 わざわざ試してみることはない。


「で、できました」


 酒が抜けた状態での融合はもちろん成功した。



ひもろぎのロッド 杖

スキル 知力二倍 空き 空き



 できたのはひもろぎのロッドだ。

 ちゃんと空きのスキルスロットも二つ残っている。


「すごい。さすがセリーだ」

「ありがとうございます」


 セリーが大きく息を吐き出す。

 まだモンスターカードの融合には不安もあるらしい。

 今回はモンスターカードを二枚も使っているからしょうがないか。


 早速、ハルバーの迷宮に入って、試してみた。

 最初に現れたのはニートアント二匹、ミノ一匹の団体だ。

 ウォーターストームを喰らわせる。


 水魔法が弱点のアリは二発めで倒れた。

 こちらに来る前に全滅だ。

 残った牛にファイヤーボールをぶつける。

 ロクサーヌがミノの攻撃をかわした後、横からさらに火球を当てた。


 魔物が倒れる。

 ニートアントLv11は水魔法二発、ミノLv11はそれにプラスしてファイヤーボール二発の計四発か。

 ミノは魔法五発かかっていたものが四発になった。

 二倍といっても、与えるダメージが二倍になるわけではないようだ。


 回数が減ったので、さくさくと狩を行う。

 十二階層の魔物で倍になったとしても八発。

 これなら十分に戦えるだろう。


 あまりにもさくさく進みすぎて、ボス部屋に到着してしまった。

 扉を開けると、奥にもう一つだけ扉のある部屋につながる。

 待機部屋だ。


「今日は十二階層を試してみるまでにしておくか」


 十一階層ボスのハチノスはデュランダルでぼっこにした。

 途中何度かスキルを詠唱したようだが、すべてキャンセルしている。

 ボス戦の後、十二階層へと足を踏み入れた。


「ハルバーの迷宮十二階層の魔物はグラスビーです。針を飛ばす遠距離攻撃をしてきます。針には毒がありますので当たると毒を受けることがあります」


 遠距離から毒攻撃とか。

 まじすか。


「さすがに十二階層からの魔物は強そうだな」

「耐性のある魔法属性を持たないのが救いです。弱点は風属性魔法になります。グラスビーに限らず、羽で空を飛ぶ魔物は風魔法が弱点になるようです」


 セリーの説明を受けた後、ロクサーヌの案内でグラスビーのいるところに進む。

 でかいハチが一匹飛んでいた。

 ニートアントの蜂バージョンというところか。

 体が黒、脚が黄色の警戒色だ。


 遠目からブリーズストームを放つ。

 遠いので単体攻撃魔法だと避けられる。

 もう少し近づけてから撃てば当たるが、初めて当たる敵なので最初から飛ばした方がいいだろう。


 ブリーズストームが当たると、ハチが上下左右に激しくぶれた。

 見た目からして効果がありそうだ。

 あれは人間なら脳みそが揺さぶられる。

 ハチだからたいしたことないかもしれないが。


 二発めはブリーズボールを撃つ。

 続いて三発め。

 接近するまで、結局グラスビーは遠距離攻撃を使ってこなかった。

 近づいてくると、不気味な羽音がはっきりと響く。


 ロクサーヌが正面に出て、ハチの突進を剣でいなした。

 セリーが槍を突き込む。

 ロクサーヌのはすから俺もブリーズボールを叩き込んだ。


 音がやみ、ハチが墜落する。

 ホバリングしていたところからいきなりボトリと落ちた。

 黄色い脚が洞窟の地面に横たわる。


 四発か。

 十一階層の魔物と同じだ。

 十二階層より上で初めて出てくる魔物は低階層の魔物の倍、弱点の風魔法を使ったので半分、ということだろうか。


 ハルバーの十二階層なら風魔法だけを使えばいい。

 ニートアントが出てきても四発なら問題ないだろう。

 ハルバーの十二階層でも戦えるようだ。


 グラスビーはやがて煙となって消え、後に蜜蝋が残った。


「残ったのは蜜蝋か。蝋燭が作れるのか」

「ギルドに売ると、職人が蝋燭に加工します。特に貴重な素材でもないので、ギルド以外での買取はあまりやっていないようです」


 セリーが教えてくれる。

 蜜蝋から蝋燭を作ったりするスキルはないらしい。

 あればいいのに。


「革の装備品を手入れすることにも使えます。よろしければ、一つ使わせていただけますか」

「分かった」

「ありがとうございます」

 

 まんまワックスとしても使うのか。

 ロクサーヌに渡すのは帰ってからでいいだろう。

 蜜蝋は残り容量も少なくなったアイテムボックスにぶち込んだ。


 それなりに戦えることが分かったので、今日はここまでにする。

 いよいよ帝都の奴隷商人を訪ねるときだ。


「前に話したとおりこの後帝都に行くが、二人はどうする。一緒に行くか?」

「はい。ついていきます」

「えっと。よろしいのですか」


 セリーが逡巡した。


「二人にとっても仲間になるわけだからな。意見も聞いてみたい」

「大丈夫ですよ、セリー」

「そういえば、私のときにもロクサーヌさんがいました。それでは私もご一緒させてください」


 ロクサーヌとセリーも来るそうなので、三人で帝都の冒険者ギルドへ飛ぶ。

 奴隷商の商館がある場所へと向かった。

 場所はアランから聞いている。


 行ってみると、周りを塀で囲まれた一角があった。

 敷地の中には立派な建物がそびえ立っている。

 門も豪華だ。

 儲かっているらしい。


「ここだろうか」

「そのようですね」


 塀は中から外に出さないようにするためのものだろうか。

 門は開かれているので、足を踏み入れる。

 すぐに男が出てきた。


「紹介を受けて来た。店の者と話がしたい」

「承りました。こちらにお越しください」


 紹介状を渡すと、男が建物の中に案内する。

 入り口横の部屋に俺たちを通し、男は立ち去った。


「ようこそおいてくださいました。私が当商会の主でございます」


 しばらく待っていると、違う男が入ってくる。

 奴隷商人Lv6だ。


「よろしく頼む」

「それでは、こちらにお越し願いますか」


 奴隷商人の案内で奥の部屋に通された。

 ソファーに腰かけると、ハーブティーが三つ用意される。

 紹介状を渡しているから、ロクサーヌやセリーを売りに来たと勘違いされることはないだろう。


「悪いな。いただくとしよう」


 ハーブティーには口をつける振りだけをした。

 人身売買している場所だと思うと、どうもイメージ的に信頼がおけない。

 奴隷を購入している俺がいうことではないかもしれないが。


「ベイルの奴隷商であるアランからの紹介状を拝見いたしました。鍛冶師を探しておられるとか」

「いや。鍛冶師はもうよいのだ」

「さようでしたか」


 奴隷商人がちらりとセリーを見る。

 見た目でドワーフだと分かったのだろう。

 売らんぞ。


「迷宮で戦える女性がいたら紹介してほしい」

「冒険者、探索者向けの戦闘奴隷ということですか。他にご条件は」

「ブラヒム語を話せる者で」


 若くて美人がいいが、そこまでは言わなくていいだろう。


「帝都では冒険者向けの戦闘奴隷や有力者様向けの見目麗しい家内奴隷が需要の大半になります。当商会でも需要にあった者を用意してございます。きっとお気に召す者がいることでしょう」

「そう願いたい」

「それでは、これから彼女たちの住む部屋へ行って軽くお目通し願いますか。気に入った者がいれば、呼び出して面談していただきたいと思います」


 言わなくても通じたようだ。

 ルックスでスクリーニングしてしまえということか。


「分かった」


 奴隷商人について三階に上がる。

 女性部屋なのでロクサーヌやセリーも一緒だ。


「二階には年齢のいった者や戦闘に適さない女性奴隷の部屋がございます。よろしければ、後ほど二階もご案内いたしますが」

「必要ないだろう」


 タテマエとして戦力拡充という名目があるのだし、変なことは勧めないでほしい。

 奴隷商人は何故かちらりとセリーを見るもあっさりと引き下がって、三階の部屋に入っていった。


「探索者のお客様がパーティーメンバーを探しておられる。ブラヒム語を解する者はこちらに並べ」


 奴隷商人が奴隷を並べる。

 数は十人くらいか。

 あんまり多くない。


 やる気のなさそうな者、興味ありげにこちらを見てくる者、いろいろだ。

 全員ほとんどやる気がなさそうだったベイルの商館よりいいかもしれない。

 帝都では戦闘奴隷の需要が多いというのは本当らしい。


 それでも数が少ないのですぐに終わってしまう。

 一番よさそうなのは、顔もそれなりやる気もそれなりという感じの女性か。


 部屋を突っ切ると、次の部屋に案内される。

 さすがに十人は少ないよな。

 大部屋に詰め込むのではなく、分けているらしい。


 次の部屋にはたいした美人はいない。

 その後他の部屋を回っても、特にこれといった女性はいなかった。

 まあロクサーヌやセリーと同じレベルを期待するのは無理があるか。

 ある程度妥協せざるをえないだろう。


「まだあるのか」

「次の部屋はまだ男性経験のない者のみを集めております。その分、戦闘奴隷としてはいささか値が張りますが」

「大丈夫だ」


 そういう分類もありか。

 ブラヒム語の分かる奴隷が呼ばれて並ばされる。

 この部屋には一人綺麗な女性がいたが、明らかにやる気がなかった。

 こちらを見ようともしない。


 なるほど。

 セリーから聞いた玉の輿狙いだ。

 自分が綺麗だと分かっているのだろう。

 自分の美貌なら金持ちの主人を手玉に取れると。


 迷宮に入るのは面倒だし危険だし、できれば避けたいだろう。

 綺麗な女性なら玉の輿を狙う。

 戦闘奴隷を狙うのは玉の輿が無理な女性ということか。

 美人なのに戦闘奴隷でもよかったロクサーヌやセリーは貴重だ。


 購入してしまえば、戦闘でもやらざるをえないだろうか。

 戦力的にそれもどうなんだろう。


「それでは、お次の部屋でございます」

「頼む」


 次の部屋に入った。

 何人かの女性が並ぶ。

 彼女たちが並んだ後、奥に座っていたネコミミの少女が遅れて立ち上がった。


 あ、可愛い。

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