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勝ち逃げ

 

 モンスターカードを頼んだ翌日の夕方、早くもルークから連絡があった。

 家に帰ったとき玄関にメモが残されていたらしい。


「芋虫のモンスターカードを落札したようです。四千四百ナールですね」


 メモを見たロクサーヌが告げる。

 せっかく連絡があったというのに、ヤギのモンスターカードでもコボルトのモンスターカードでもないのか。


「前回は四千三百でした。百ナールずつ吊り上げて、こちらの反応をうかがっているのかもしれません」


 セリーが注意を促してくる。


「うーん。そこまでするかねえ」


 仲買人に対して厳しいセリーの意見だ。

 割り引いて受け取らなければいけない。


「仲買人というのはどんな汚い手でも平気で使ってくるやつらです」

「それはそうかもしれないが」

「その可能性はかなりあります。そう考えるのが合理的です」

「なんかそういわれるとそんなような気がしてきた」


 合理的なセリーに合理的だといわれると、合理的なように思えてきてしまう。


 翌朝、商人ギルドへと赴いた。

 ルークがモンスターカードを二枚出してくる。


「こちらが芋虫のモンスターカード。それと、昨日最後のせりでヤギのモンスターカードが出品されました」


 ルークは二枚のモンスターカードを慎重に別々にして置いた。

 俺は鑑定があるから迷うことはないが。

 鑑定によれば両方とも間違いなく本物だ。


「ヤギのモンスターカードか」

「五千四百ナールで落札しています」


 五千四百までといったら、きっちり五千四百で落としてくるのか。

 やっぱりセリーのいうことが正しいような気がしてきた。

 少なくとも、クライアントのために少しでも安く、という考えは仲買人にはないらしい。


「早かったな」

「競り合いになりかけましたが、なんとか落札できました」


 その競り合う相手をルークが用意していないという保証はどこにもない。


「ヤギのモンスターカードはそこまで急ぐものでもない。次からは、落札価格は五千二百までで頼む」

「かしこまりました」


 この際だから値段を下げる。

 うまくすれば、こちらが怒っているとルークが解釈するだろう。

 伝わらなくても、値段を下げられればそれでいい。

 ヤギのモンスターカードは当面一枚でいい。


「全部でいくらになる」

「そうですね。ええっと……次回の手数料込みで、いつもご利用いただいておりますので一万五百ナールで結構です」


 モンスターカードが四千四百と五千四百、手数料が二枚分千ナールのところを三割引で七百ナールということか。

 結構間があったので、あれこれと計算したのだろう。

 オークションでの金額にはどうあっても三割引は効かないようだ。


 金貨一枚と銀貨で支払いを完了した。

 家に帰って、芋虫のモンスターカードをセリーに融合してもらう。

 身代わりのミサンガは役に立つ装備品だから、すぐに作ってもらった方がいいだろう。


「モンスターカードの融合はやはり緊張します」

「大丈夫。失敗したら俺のせいでもあるからな。気楽に行け」

「はい」


 装備品にモンスターカードが融合できるかどうかは大体分かるとセリーには伝えてある。

 つまり、失敗したら俺の見立てが悪かったということだ。

 本当に失敗したらその理由は全然分からないが。


「ヤギのスキルカードは何のスキルになるんだ?」

「武器かアクセサリーにつけると、知力上昇のスキルになります。コボルトのモンスターカードと一緒に武器かアクセサリーにつけると、知力二倍のスキルになります」


 当然のように成功した後、セリーから説明を受けた。

 コボルトのモンスターカードと一緒に融合するとスキル性能がアップするのだから、知力上昇では知力が二倍にはならないのだろう。

 三割増しか五割増しくらいだろうか。


「アクセサリーにもつけられるのか」

「はい、つけられます」

「それならロッドにつけるよりもアクセサリーにつけた方がいいか。他の武器を持っているときにも効くし、将来新しい杖に替えても使える。なんならアクセサリーと杖に知力二倍をつけて知力四倍というのは……無理なんだっけ」

「できないそうです」


 同じ攻撃スキルを複数の装備品につけても駄目だという話は聞いた。

 夢が、広がらない。


「じゃあ一つの装備品に同じスキルを複数つけるのは」

「さすがにそこまで試したという話は聞きません」


 二つめのスキルをつけようとして失敗すると一つめのスキルも消えてしまう。

 だから、複数のスキルをつけることはあまりない。

 一つの武器に同じスキルを複数つけて有効になるかどうかは試されたことがないのだろう。


 俺ならば恐れずに複数のスキルをつけられるが。

 試してみるか。

 でもまあ、普通に駄目そうだよな。女子高生的に考えて。


 ヤギのモンスターカードはおとなしくロッドにつけるか。

 アクセサリーとしては身代わりのミサンガがある。

 ヤギのモンスターカードも、値段を下げたとはいえ頼んでいるから、何枚も手に入るだろう。

 コボルトのモンスターカードが手に入るのを待ってロッドにつければいい。


「いずれにしてもコボルトのモンスターカードが手に入ってからだな。この身代わりのミサンガはロクサーヌが着けろ」

「えっと。お売りになられないのですか」


 身代わりのミサンガを差し出すが、ロクサーヌはすぐには受け取らなかった。


「もちろんあまったら売却するつもりだが。あーと。俺の身代わりのミサンガが切れたときの予備が必要だろう。予備に取っておくなら、ロクサーヌが装備すればいい」


 身代わりのミサンガは、そう誰でもが着ける装備品ではないのだろう。

 遠慮しているのか。


「でも私が攻撃を受けて切れてしまったら」


 受け取りやすいように適当に理屈をこねたのだが、反論されてしまった。

 失敗だ。


「セリー、身代わりのミサンガって、そう何十万もするものではないよな」

「はい。三万から四万ナールくらいです」

「じゃあ大丈夫だ。大怪我をされるより身代わりのミサンガの方が安い。ロクサーヌに死なれたらもっと困る。実際のところそんなに切れることもないだろうしな」


 ロクサーヌが身代わりのミサンガが必要になるほど敵の集中砲火を浴びるところはちょっと想像できない。

 そんな事態に追い込まれるようならパーティーごと全滅だろう。


 芋虫のモンスターカードは四千ちょっと。

 十回の融合で一回成功するとして、身代わりのミサンガの値段は高くても数万ナールというところだ。

 手持ちの装備品の中では一、二に高いが、ロクサーヌよりは安い。


「は、はい。ありがとうございます」


 身代わりのミサンガを着けることをなんとか納得させる。

 座っているロクサーヌのところに行った。


「俺が着けてやろう。ロクサーヌは、足首と手首、どっちに着ける?」

「で、では、あの。足首にお願いできますか。目立たない方がいいので」


 手首にミサンガをすると外から見える。

 鑑定がなければ身代わりのミサンガかただのミサンガかは分からないが。

 公爵やカシアは、これ見よがしに手首に身代わりのミサンガを巻いていた。


 俺は足首に巻いている。

 足首に着けてズボンをはけば、外からは分からない。

 俺を襲ってくるやつがいたとき、油断を誘えるだろう。


 手首に着けた方が、切れたときにすぐ分かるというメリットはある。

 公爵や公爵夫人クラスなら、襲う方も身代わりのミサンガがあると想定するだろうから、隠すことにそれほどのメリットはない。

 身代わりのミサンガを着けていると金持ちだと思われて狙われたり、反発を受ける可能性もあるから、ロクサーヌの場合は足首でいいだろう。


「じゃあ、まくってもらえるか」


 ロクサーヌが靴を脱いで右足をイスに乗せ、ズボンをまくった。

 白くて華奢なすねがあらわになる。


 つやつやとなめらかそうな足だ。

 ほおずりしたくなるくらいに可愛い。

 日の光を浴びて輝いている感じだ。

 真っ昼間に衣服の隙間からちらりとのぞくと、何か違うものがある。


 思わず手を伸ばしてなで回しそうになり、ロクサーヌの表情をうかがってしまった。

 い、いや。大丈夫だ。

 何も悪いことはしていない。


 別にこれからするという意味ではない。

 というか、いまさら足をなでるくらいがなんだというのだ。

 着けてやるとおびき出してなで回すのもいかがなものかと思うが。


 しょうがない。

 ほおずりするのもキスするのも舐め回すのも我慢して、ミサンガを巻いた。


 ええい、今夜だ。

 今夜を待っておれ。

 勝ち逃げは許さん。


「ありがとうございます」


 身代わりのミサンガを巻くと、ロクサーヌが礼を述べる。

 果たして今夜同じ台詞を吐けるかな?



 昼すぎ、コハク商の事務所を訪れた。

 ゴスラーから注文を受けた鏡十枚の仕入れは次で終わりになる。

 その前に、親方の奥さんに売るネックレスを手に入れたい。

 ハルバーの迷宮からボーデへ飛ぶ。


「コハクの原石は現在一つだけなら融通できます。値段は前回と同じく八百ナールです。お持ちになられますか」

「ネックレスが一つほしいのだが、それと一緒にもらえるか」


 コハクの原石は一個しかないらしい。

 やはりコハク貿易で儲けることは大変だ。

 コハク商としても、見つかったコハクを全部俺に回すというわけにもいかないのだろう。


 しかし今回は一個でもあればそれでいい。

 三割引のための犠牲になってもらえる。


 ネックレスを買うことを伝え、ロクサーヌとセリーに選ばせた。

 ネックレス選びは二人の意見を聞いた方がいい。


「それから、こちらがタルエムの小箱になります」


 ネコミミのおっさん商人がネックレスの他に小さな箱を出してくる。

 頼んでおいたやつか。

 色の白い綺麗な小箱だ。

 薄茶色の年輪が鮮やかに入っている。


「なかなかよさそうだな」

「まだ試作の段階ではございますが、お客様にはアイデアもいただきましたので、前回ご購入の分、小箱をお譲りいたします」

「悪いな。ありがたくいただいておく」


 小箱を二つ受け取った。

 結構重い。

 見た目とはギャップがある。


 白いのも何か塗っているのでなく木材そのものの白さのようだ。

 期待したよりもいい出来だろう。

 高級感を演出するための小箱だから、重い方がいい。


「これか、そっちがよさそうですね」

「やっぱりそうですよね」

「二つのうちのどっちにするかですが」

「私はこれがいい品だと思います」


 ネックレスを選んでいた二人の方も結論が出たらしい。

 最終的にはセリーが一本のネックレスに絞った。


 多分、最初にこの商会に来たときに見せてもらったやつだ。

 確か五万五千ナールだったか。

 最初に見せるくらいだから、この店でも自慢の品なのだろう。


 どうせ俺が見てもよく分からない。

 店の意見とセリーの意見が一致したのだ。

 これにすべきだろう。


 祖父の存命中には本を買う余裕もあったようだし、セリーには見る目があるかもしれない。

 そうでなくても、売りつける先の親方の奥さんとはセリーがいい関係を結んでいるだろう。

 セリーが気に入ったものなら確実だ。


「では、コハクの原石とこのネックレスをもらえるか」

「ありがとうございます。公爵様からの紹介状をお持ちいただいたお客様ですので、特別に三万九千飛び六十ナールでお分けいたしましょう」


 なんかそう言われると紹介状の威力がすごいみたいで嫌だ。

 三割引が効いているだけなのに。

 お金を払う。

 金貨の他、銀貨九十枚に銅貨六十枚。


「これでいいな」

「お客様には特別にタルエムの小箱もおつけいたします。小箱は二百ナールで売ることを考えていますが、アイデアをいただいたので、お客様からはお代をいただきません」


 コハク商が小箱の中に布の袋に入れたネックレスを収め、渡してきた。

 金を取ってくれた方が一つの買い物で三割引が効いて楽なのだが。

 まあ、ただになるのだから文句はいうまい。


 一度帰って二人のネックレスを持ち出し、ペルマスクへ向かう。

 ザビルの迷宮でネックレスをつけさせ、税金の銀貨を渡した。


「やっぱり行かれないのですか」


 セリーが心配そうに尋ねてくる。

 さすがに不安もあるらしい。


 ネックレスを親方の奥さんに金貨二十五枚で売れば、セリーと同額だ。

 実際には三割引が効いたから、セリーよりも高い。

 自分より高い商品をまかされるのは心労があるだろう。


 着けているネックレスもあるから、完全に一財産持っている状態だ。

 うまく逃げ出せれば何年か遊んで暮らせる。


「大丈夫ですよ。ご主人様は私たちのことを信頼してくださっていますから」

「は、はい」


 ロクサーヌの方はよく分かっている。

 あるいは単に能天気というべきか。

 大丈夫だとセリーを励まし、ペルマスクの冒険者ギルドへ飛んだ。


 二人を送り出す。

 これで二人が鏡を一枚ずつ持ってくれば十枚になる。

 当面、ペルマスクから家まで直接飛ぶことはなくなるだろう。

 ラスト一回ですむかと思うと、心が晴れ晴れとしてくる。


 うきうきして落ち着かない感じだ。

 心なしか冒険者ギルドの中もざわついている感じがした。

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