公領の迷宮
「まずは防具屋へ行って、装備品を強化しよう。その後、セリーは探索者ギルドへ。俺とロクサーヌはボーデとターレの迷宮を回ってみる」
朝食時間の終わりに今日の予定を立てた。
クーラタルの迷宮へはしばらく行かないとしても、装備品の強化はしておくべきだろう。
迷宮に入ることが餌になることで、公爵が俺に餌として迷宮に入れといったのだとしても、文句をつける筋合いはない。
世界の成り立ちがそうなっている以上は。
強くなる、あるいは慎重に進めば、餌になることはない。
餌になるようなやつは所詮その程度のやつだったということである。
必ずしも強さだけが求められるものでもない。
自分とパーティーメンバーの能力を見極め、敵の可能性を考察し、強化が必要なら強化すべきポイントを見定める。
派手な強さはなくとも、迷宮で生き残ることは不可能ではない。
「装備品の強化ですか」
「ロクサーヌとセリーの皮のジャケットをなんとかしようと思う。これをもう少しいい装備品に替えたい」
今日のところは、セリーの皮のジャケットが強化ポイントだ。
現状の対策としてはセリーだけでいいが、セリーの装備品ばかりを強化するわけにもいかない。
ロクサーヌの方も替える。
どうせ三割引のためには複数買う必要があるのだし。
「ご主人様の装備品から整えるべきでは」
「完全に余裕があっての強化ならばそうするが、今はクーラタルの十一階層で詰んでいる状態だからな。必要なところからにすべきだろう」
ロクサーヌを説得する。
俺は後衛だし、前に出るときにはデュランダルのHP吸収があるから、今の装備でそれほど魔物の攻撃が痛いわけではない。
「えっと。私のためにすみません」
「気にするな。パーティーメンバーにはそれぞれの役割がある。今は前衛の防備を固めるときというだけだ」
セリーには気にしないよう伝えた。
「はい。ありがとうございます」
「分かりました」
朝食の後、ロクサーヌが食器を洗っている間、セリーに装備品を作らせる。
セリーの場合、単に戦闘だけでなく鍛冶師の方でも役立ってもらっている。
その後、防具屋に赴いた。
「革のジャケットのもう一つ上は、この硬革のジャケットか」
すっかり顔なじみになった店員に尋ねる。
クーラタルの中心部近くにある大きな防具屋だ。
最近はセリーが作る装備品をよく卸している。
「それと、前衛のかたであればチェインメイル、男性用には鉄の鎧や鋼鉄の鎧もございます。チェインメイルで強度は硬革のジャケットとほぼ同等とされております。鎧は重くて動きにくいのが難点ですが、その分お求めやすくなっております」
店員が答えた。
硬革のジャケットが置いてある棚とは通路をはさんで反対側に、チェインメイルが置いてある。
チェインメイルというのは、要するに鎖帷子だ。
持ってみると、結構重い。
これを着て迷宮で暴れまわるとか。
無理だな。
とりわけ回避重視のロクサーヌに重い装備品は厳禁だ。
「ロクサーヌは硬革のジャケットの方がいいよな」
「いい装備品ですが、よろしいのですか」
「大丈夫だ」
現状の装備で不安があるのだから、ちまちま強化しても安全にはならない。
「セリーも硬革のジャケットでいいか?」
「この程度の重さであれば特に支障にはならないと思います」
セリーがチェインメイルを持ち上げる。
セリーはチェインメイルでいいのか。
軽々という風でもなさそうだが。
「重くないか」
「重いことは重いですが、問題ありません」
まあセリーがいいというのならいいか。
ドワーフは力持ちだ。
あるいは何らかの補助効果を持っているのかもしれない。
硬革のジャケット 胴装備
スキル 空き 空き
チェインメイル 胴装備
スキル 空き
いくつか取って見るが、チェインメイルの方は空きのスキルスロットが一つ、硬革のジャケットは空きのスキルスロットが最大で二つのようだ。
硬革のジャケットの方がその分いい装備品なんだろう。
チェインメイルは置いてある数が少ないから、空きのスキルスロット二つのものがないだけかもしれないが。
「それじゃあ、このあたりでいいものを選べ」
空きのスキルスロットつきのものをいくつか取り出して、ロクサーヌとセリーに渡した。
違いがあるのかどうかはよく分からない。
ロクサーヌなんかは真剣に選ぶから、好きに選ばせればいいだろう。
二人が選んでいる間に他の装備品も見て回る。
硬革の帽子や硬革のグローブも、空きのスキルスロットは最大で二つ。
硬革の素材を使うと空きのスキルスロットが二つになるのだろうか。
と思ったら、硬革のカチューシャは空きのスキルスロットが一つだ。
次に強化するとすれば、このあたりになるのか。
まあ今はいい。
適当に切り上げ、ロクサーヌとセリーが選んだ装備品を受け取った。
三割引で購入して店を出る。
金貨二枚が溶解した。
いい装備品になるとどんどん高くなるらしい。
一度家に帰り、ロクサーヌとセリーに新しい装備品を着けさせる。
チェインメイルというのは見た目が本当に戦闘用の鎧だ。
すっぽりとずん胴型に体をおおった甲冑で、胸のラインが強調されるということはない。
下に着ている服が透けて見えるということもあまりない。
色が分かるくらいには見えるが、セクシーとはとてもいえない。
裸の上に着ればセクシーかもしれないが、着させてもしょうがないだろう。
触ってみれば所詮金属だしな。
もう少しなんとかならないものだろうか。
なったらなったで、迷宮で着せるわけにはいかないが。
「チェインメイルの上に皮のジャケットを着るとかいうことはできないか?」
「装備品には魔法がかかっています。装備する人にぴったり合ったり、壊れにくくなるなどの効果があります。一つの部位に複数の装備品を着けると、装備品にかかっている魔法同士が反発しあうとされています。複数着けることで防御力が増すという考えもありますが、それをやると装備品がすぐにぼろぼろになってしまうそうです」
セリーから説明を受けた。
装備品は各部位に一つが原則らしい。
複数着込むこともできないようだ。
「ひょっとして、剣とワンドを持つのもまずかったか」
「片手で一本ずつ振り回すとかでなければ、大丈夫なはずです。佩刀しているだけなら問題ありません」
使うときにちゃんと持ち替えれば大丈夫らしい。
デュランダルが壊れてしまったら、どうなるのか。
そうならないためにも、注意してきっちりと持ち替える必要がある。
クーラタルの冒険者ギルドでセリーと別れ、ボーデに飛んだ。
ボーデの冒険者ギルドで迷宮の出現した場所を聞き、歩いて向かう。
ボーデでは、ちょうど市が開かれていた。
ベイルの町と同じようにときおり市が立つようだ。
人ごみの中を抜け、城壁の外に出る。
ボーデの町はベイルよりもさらに小さい。
森の中を歩いた。
少し距離がある。
小一時間も歩いて、迷宮の入り口に出た。
「探索はどこまで進んでいる」
入り口にいる探索者に訊く。
「まだ一階層を突破したパーティーはありません。出現したばかりですので。一階層の魔物はグリーンキャタピラーです」
本当に見つかったばかりのようだ。
公爵のところには毎日鏡を売りに来ているのだから、何日も前に見つかったということではないのだろう。
昨日見つかったばかりなのかもしれない。
迷宮の中に入り、入り口の小部屋から今度はターレへ飛んだ。
以前食料を運んだ小屋だ。
集会所かなんかなんだろうか。
外に出る。
第一村人発見。
「迷宮のある場所を尋ねたいのだが」
「××××××××××」
……ブラヒム語通じねえのか。
「すみません。私もここの言葉は分からないです」
ロクサーヌも話せないらしい。
「××××××××××」
第一村人が誰か呼び、男がやってきた。
村長だ。
第一村人も村長もエルフである。
イケメンはイケメンだが、公爵やゴスラーに比べたら一歩落ちるか。
エルフの見すぎで慣れたのかもしれない。
「迷宮に来た冒険者か?」
「そうだ」
村長はブラヒム語が通じるようだ。
そういえば最初の村でもそうだった。
「迷宮は村を出て南西の方にある。人間族でも行けば分かるだろう」
「……分かった」
「せいぜいがんばるがいい」
あー。なんだろう。
敵意というほどでもないが、軽んじられている感じはある。
エルフは人間を見下すというやつか。
公爵やカシアやゴスラー以下騎士団員たちには感じなかったが、田舎ではまた違うということなのだろう。
洪水のときに食料を運んだのは俺なんだがな。
などと反論するのもむなしいので、早々に村を撤収する。
南西の方角か。
「何か態度がよくない感じでした」
「まあそういってやるな」
「ご主人様が侮られているように感じたのですが」
「しょうがないだろう」
ロクサーヌにとりなす。
俺のために怒ってくれるのはありがたいが。
次に会うことがあるかどうかも分からないやつらに怒っても仕方がない。
「さすがご主人様は寛容です。さっきの連中に思い知らせてやりたいです」
思い知らせたのでは寛容じゃないだろう。
ロクサーヌをなだめつつ歩く。
しばらくして迷宮の入り口に着いた。
「探索はどこまで進んでるんだ」
入り口の探索者に尋ねる。
エルフの探索者なのでちょっとびびってしまった。
「十三階層までです」
「十三階層の魔物は」
「十三階層はラブシュラブです」
この探索者は普通に接してくれるようだ。
ラブシュラブというのは聞いたことがある。
セリーが言っていた、次の装備品を作るのに必要なアイテムを残す魔物だ。
ちょうどいい。
「では、十三階層まで頼めるか」
ワッペンを取り出して、探索者に渡した。
「騎士団員のかたですか」
「関係者だ」
ゴスラーもそう言っていたし、関係者で問題はないはず。
というのに、入り口の探索者は黙ってしまった。
え? 関係者駄目なの?
「……えっと。人数も少ないみたいなので、よろしければそちらから私をパーティーメンバーに加えてもらえますか。そちらのパーティーに加わるのでなければ、ただで連れて行けるのはお一人になります」
「分かった」
なるほど。
そういうことか。
探索者は俺の方からパーティーに加入させるのを待っていたのだ。
こっちは二人しかいないのだから、この探索者をパーティーに入れられる。
本当はセリーもパーティーに入っているが。
探索者をこっちのパーティーに入れれば、一度で十三階層に移動できる。
入り口の探索者の方からパーティーを結成する場合、ただで連れて行けるのは一人だけらしい。
探索者をパーティーメンバーに加えて、三人で迷宮に入った。
最初に探索者が入り、俺とロクサーヌが続く。
「ここが十三階層です。外に戻るのでなければ、私をパーティーからはずしてください」
「あ、いや。一度戻る」
戻らないならといわれたので、つい戻ると答えてしまった。
考えてみれば、勢いで十三階層に来てしまったが大丈夫なのだろうか。
十三階層にはいると一階層に入れないとか。
あるいは逆に、一度十三階層に入るとそれより下の階層には全部行けるようになるとか。
試してみたい。
外に出て、探索者をパーティーメンバーからはずし、迷宮に戻る。
十一階層と念じて入ろうとするが、入れなかった。
一階層と念じて、中に入る。
選べるのは一階層と十三階層のようだ。
一階層と一度入ったことのある階層が選べるらしい。
ターレの迷宮では何もせずにクーラタルの迷宮に飛ぶ。
MPを回復した後、外に出た。
クーラタルの迷宮でお金を払うのは入るときで出るときには関係がない。
お金を取られるので長時間入るのが普通らしいから、入った覚えのない人間が出てきても不自然ではないだろう。
探索者ギルドでセリーに合流する。
「探索者ギルドはどうだった」
「ハルバーにある迷宮は四十階層まで探索が進んでいるようです。低階層については探索終了宣言も出ています。ターレにある迷宮は九階層まで。探索終了宣言はまだまったく出ていません。ボーデの迷宮の情報はありませんでした」
「見つかったばかりだからか」
情報が集まるには多少の時間がかかるのだろう。
昨日今日見つかった迷宮の情報がすぐにクーラタルの探索者ギルドで分かるわけもない。
ハルバーの迷宮も実際には四十一階層まで進んでいた。
「ハルバーの迷宮十一階層の魔物はミノです。グリーンキャタピラーは四階層なので、こちらに入るのがいいかもしれません」
確かに、鍛冶に使う皮を残すミノが十一階層の魔物というのはいい。
装備も変えたのでグリーンキャタピラーが絶対駄目ということはないが。
あとは、お金を払って十一階層まで連れて行ってもらうべきか。
お金をケチって一階層から始めるべきか。
一番効率がいいのは、ボーデの迷宮の探索が十一階層まで進むのを待つことだ。
しかしその間ベイルの十一階層に入り続けるのだとしたら、公爵との約束をたがえることになる。
ばれるとも限らないが、ばれない保証もない。
ボーデの迷宮に一階層から入って報奨金を狙うという手もある。
「階層突破の報奨金って、いくら出るんだ」
「えっと。銀貨を新しく入った階層の枚数です」
「安いな」
二階層なら銀貨二枚、十一階層で銀貨十一枚だ。
報奨金というか、おまけみたいなものか。
目当てにするようなものではないだろう。
今は十一階層で経験を積むべきときか。
一階層から入るのもかったるいし。
少々のお金をケチってもしょうがない。
あるいは、一つ余裕を見て十階層からにすべきか。
迷宮によって魔物の強さが違ったりすることはないらしいが。
混み具合によって活性に差が出ることはあったとしても。
しかし十階層と十一階層の両方にお金を払って連れて行ってもらうのはもったいない。
クーラタルとベイルの迷宮で特に違いがあるということもなかった。
最初はロクサーヌに数の少ないところへ案内してもらえれば、十一階層からでも問題はないだろう。
ハルバーの迷宮十一階層を当面のターゲットにすることとしよう。