商売
「さて、いよいよこのときがやってきたな」
居住まいを正し、俺が厳かに宣言した。
ペルマスクから帰ってきたら、やってもらうことがある。
アイテムボックスから芋虫のモンスターカードを取り出した。
足首に巻いてあるミサンガもはずし、セリーに渡す。
ミサンガ アクセサリー
スキル 空き
もちろんミサンガは抜かりなく取り替えてある。
空きのスキルスロットつきの一品だ。
「は、はい」
「セリーは確かに優秀だという俺の見立てが試されることになる」
「えっと。最初に作ったミサンガで身代わりのミサンガを融合できた鍛冶師が成功するというのは俗信、迷信の類です」
セリーは合理的だ。
なかなかに理性のガードが堅い。
しかし、完全に冷静というわけではないだろう。
渡したミサンガが最初に作ったミサンガだとは言っていない。
イワシの頭も信心から。
信じる者は藁をもつかむ。
おぼれる乞食はもらいが少ない。
あわてる者は救われる。
と孫子も言っている。
兵は拙速なるを聞くも、いまだ巧の久しきをみざるなり。
やり方がまずくてもスピードで勝利した例はあるが、うまくやろうともたもたしていて勝ったためしなどないと。
叩けよ、さらば開かれん。
求めよ、さらば与えられん。
「俗信だというのなら、最初に作ったミサンガで身代わりのミサンガを作り、かつ成功した鍛冶師の実例にセリーがなればいい。簡単なことだろう。なあ、ロクサーヌ」
「はい。ご主人様がそのように見立てられたのですから、セリーはきっと成功するに違いありません」
ロクサーヌも使ってセリーを追い込んだ。
プレッシャーが大きい方ができたときの喜びも大きいというものである。
だから追い込むだけ追い込む。
これで融合に失敗したらどうするのかという気はしないでもないが。
あれ?
失敗したらどうするのだろう。
ここまで追い込んでおいて失敗したらまずいんじゃないだろうか。
大丈夫なんだろうか。
ちゃんと成功するのだろうか。
今までたまたま成功していただけという可能性は。
例えば、空きのスキルスロットがあってもレベルが低いと失敗することもあるとか。
百パーセント成功するとはまだ保証されていない。
絶対に成功するとは限らない。
「では融合します」
「いや、待て。あ、いや、今さらしょうがないか。いや、悪かったな。うん。作ってくれ」
ここまで盛り上げておいて失敗したら本当にどうするつもりなのか。
そう考えたら俺が挙動不審になってしまった。
絶対確実に成功すると決まったわけではない。
本当に大丈夫なんだろうか。
まあセリーは合理的だ。
失敗しても多分乗り切ってくれるだろう。
失敗する鍛冶師の方が多いはずだし。
失敗したとしても、それは神が与えたもうた試練である。
試練を乗り越えてこそ幸せがある。
貧しい人は幸いである。神の国はあなたがたのものだ。
三日月よ、我に七難八苦を与えたまえ。
心の中の月に祈っていると、セリーが融合を開始した。
光が放たれる。
まばゆい光はやがて収まっていった。
息を潜めて見つめる。
身代わりのミサンガ アクセサリー
スキル 身代わり
おお、よかった。
成功だ。
「やりました」
「心臓に悪いな」
「さすがですね、セリー。やはりセリーは鍛冶師として成功します。ご主人様が見込んだのだから間違いありません。見抜いたご主人様もさすがです」
ロクサーヌがはやし立てる。
本当は俺がはやし立てる予定だったのだが、緊張しすぎて煽るに煽れない。
「ありがとうございます、ロクサーヌさん」
「と、とにかくよかった。さすがはセリーだ」
「はい。ありがとうございます」
まあこれでよかったのだろう。
俺が煽り立てても嘘臭いし。
加賀道夫 男 17歳
探索者Lv35 英雄Lv32 魔法使いLv34 僧侶Lv34 料理人Lv30
装備 ワンド 革の帽子 革の鎧 革のグローブ 革の靴 身代わりのミサンガ
ロクサーヌ ♀ 16歳
獣戦士Lv22
装備 シミター 木の盾 革の帽子 皮のジャケット 革のグローブ 革の靴
セリー ♀ 16歳
鍛冶師Lv19
装備 棍棒 革の帽子 皮のジャケット 防水の皮ミトン 革の靴
早速、身代わりのミサンガを着けてベイルの迷宮に入った。
浮かれた気分でウサギや他の魔物を狩っていく。
ちなみに、身代わりのミサンガとただのミサンガで試したところ、いくつ身に着けても有効になるのは最初に着けた装備品だけだった。
複数のミサンガを着けても鑑定で表示されるのは最初の一個だけ。
右の足首にミサンガを着け、その後で左の足首に身代わりのミサンガを着けても、鑑定ではミサンガとだけ表示された。
その状態で右の足首のミサンガをはずすと、鑑定上では何も装備していないことになる。
左の足首に着けた身代わりのミサンガは、おそらく装備した段階で無効と判定されたのだろう。
表示されないだけで実際は有効になっているという可能性には期待しない方がいい。
セリーの話でも、身代わりのミサンガが切れたら毎回装備しなおさないと駄目らしいし。
身代わりのミサンガを二つ着け、一個めのミサンガが切れたときに自動的に二個めのミサンガが有効になって次の攻撃を肩代わりする、という使い方はできなくなっているようだ。
身代わりのミサンガを大量に装備して敵の攻撃を何度も肩代わりさせる、という金満作戦は無理らしい。
その日の狩で、ベイルの迷宮九階層のボス部屋に到着した。
オーバーホエルミングを駆使してラピッドラビットを屠る。
倒し方が分かっているので、今回は苦戦することなく倒せた。
苦手にならずにすんだようだ。
「ベイルの迷宮十階層の魔物は何だ?」
「ニートアントです」
セリーが教えてくれる。
ニートアントか。
毒をもらって以来ニートアントが少し苦手気味だ。
十階層に移動して、魔物を狩った。
Lv10でもニートアントを倒すのに必要な水魔法は三発らしい。
三発で倒せるのなら問題はない。
ベイルの迷宮十階層でも戦えるようだ。
迷宮を出た後、帝都まで市場調査に赴く。
ゴスラーのところに鏡を持っていく前に、帝都ではどのくらいの値段なのか調べておいた方がいい。
ロクサーヌとセリーには夕食を頼んで一人で出かけた。
帝都にある高級雑貨店で鏡を見る。
壁掛け用の鏡に、ごてごてとした枠がついていた。
木で作られた飾りが幾何学模様みたいに絡まっている。
装飾のついた鏡とはこういうことか。
確かに無駄にけばけばしい。
スタンドのついた卓上鏡もあるが、大きな姿見や三面鏡はないみたいだ。
値段は、思ったよりも高い。
うちにあるのと同じようなものはなかったが、同じ大きさだと一番安いので一万八千ナール。
高いものはもっとむちゃくちゃ高い。
ペルマスクの三倍から四倍くらいすると見ていいだろう。
あまりにも高いので早々に撤収した。
値段だけ聞いた俺を店員がどう思ったかは知らない。
後で塩をまかれたかもしれない。
翌朝、クーラタルの迷宮も十階層に移動する。
その前にボスだ。
「ニートアントのボスはハントアントです。ニートアントをそのまま強くしたような魔物です。スキルを使った毒攻撃も強力ですし、通常攻撃でも毒を受けます」
セリーからブリーフィングを受けた。
強いだけのアリなら全然強敵ではない。
ロクサーヌにとっては。
ボス部屋に入る。
ロクサーヌが正面に立ってアリの攻撃を回避しつつ、後ろから俺がデュランダルでぼこった。
この作戦がまだまだ使えるようだ。
「十階層の魔物は何だ」
「エスケープゴートです」
「あれかあ」
上の階層で出てくるエスケープゴートは厄介だ。
最初に出会ったエスケープゴートは、思ったとおり魔法三発で逃げ始めた。
やはり半分のダメージを受けると逃げ始めるようだ。
残り三発を喰らわせ、六発で倒す。
逃げ始めてから三発というのは、ぎりぎりのタイミングだ。
ちょっとでも遅れれば、逃げ切られてしまうだろう。
クーラタルの十階層では、九階層の魔物ニートアントと一緒に出てくることが多いから、あまり引きつけたくもないし。
もっと上の階層で逃げ出す魔物が出てきたらどうなるのか。
倒すのに魔法七発が必要な場合は、半分の四発めで逃げ出すだろうから残り三発で屠れるが、魔法八発が必要になったら逃げ切られることになるだろう。
エスケープゴートが苦手な魔物になりそうだ。
デュランダルを使った場合、エスケープゴートLv10はラッシュ一発で倒せた。
ニートアントLv10も同様にラッシュ一撃で退治できる。
通常攻撃ならデュランダルで二振りだ。
毒を受ける恐れがあるニートアントにもラッシュを使った方がいいか。
MPを回復したいからデュランダルを使うのに、MPを消費するラッシュで攻撃するのは本末転倒のような気もするが。
ただし、ラッシュに必要な分以上のMPは多分吸収できている。
ラッシュのMP分効率は悪くなるが、やむをえない。
十階層でデュランダルを出すときには戦士をつけるようにしよう。
迷宮を出た後、今度は鏡を持って一人でハルツ公領のボーデに出かけた。
イケメンぞろいのエルフの園へ行くのにロクサーヌやセリーは連れて行かない方がいい。
二人には洗濯と朝食を頼んでいる。
三割アップが効く可能性を考えれば二枚用意した方がいいが、今回はそこまでしていない。
売れなかったら丸損になる。
最初の一枚は試供品なのでしょうがない。
災害救助のときに使った宮城の一室に出た。
冒険者がフィールドウォークを使う壁のあるロビーのような部屋だから、ここでいいだろう。
「騎士団長のゴスラー殿にお目通り願いたいのだが」
奥にいる騎士団員っぽい騎士にワッペンを渡す。
騎士が表裏を確認した。
「お名前をうかがってもよろしいでしょうか」
「名前はミチオ。洪水のときの冒険者だといえば、分かるはずだ」
「それでは、こちらでしばしお待ちください」
騎士が城の奥に入っていく。
さすがにワッペンのおかげかあっさり通じた。
ロビーで待つ。
部屋の中は結構明るい。
側面の窓が開け放たれており、そこから光が入っていた。
前に来たときは木の扉で閉じられていたはずだ。
洪水の災害救助で来たのだから、あの日は雨だったのだろう。
クーラタルではまだ日が昇ったばかり。
それなのにここはすでに日が高いようだ。
北にあると聞いていたが、東にずれているのだろうか。
「おお。やはり冒険者殿であったか」
窓の方を見ていると、後ろから声がかかった。
この声はゴスラーじゃない?
振り返ると、ハルツ公爵が立っていた。
なんか光りそうな笑顔をしている。
何故呪詛でエルフを殺すことはできないのか。
ロクサーヌとセリーを連れてこなくて正解だ。
「えっと。ゴスラー殿は?」
「ゴスラーは今訓練所に行っておる。話は余が代わりに聞こう。部屋までついて参れ」
公爵がさっと身を翻してロビーの外に出た。
前回同様せっかちだ。
貴族の当主ならもっと泰然とかまえた方がいいのではないだろうか。
イケメンだから何をしてもかっこいいのかもしれないが。
「日が昇ったら出かけてしまうかと思って早めに来たのですが、遅かったですか」
「問題ない。この季節であるからな。もう間もなくすると、明るくなってから目覚めるようになる」
「ああ」
なるほど。
季節が関係するということは、北にあるからだ。
春から夏にかけては北に行くほど日の出が早い。
北極圏なら白夜となる。
クーラタルより北にあるから、クーラタルより日の出が早いのか。
「先だってはそのほうにも苦労をかけた。雨もあがったし、水位も落ち着いてきている。もう洪水の心配はあるまい」
「大事にならなかったようでなによりです」
公爵が扉を開けて部屋の中へと入った。
前に来たのと同じ小さな執務室だ。
「まあ座れ。ところで、何を持っておるのだ」
「先日、クーラタルの商人ギルドでゴスラー殿と会いまして」
「あのときか」
公爵がイスに座る。
俺は鏡を公爵の机の上に置いた。
「贈り物にペルマスクの鏡を使うこともあると聞きましたので」
鏡を包んでいたパピルスをはがす。
ゴスラーではなくて公爵に見せるのは怖いが。
ありがたくもらっておく、とか言いそうだ。
「余の謁見室にもあるが、やはりいいものだな。装飾はついておらぬが」
「ええっと。領内ではいい木材も取れるでしょう」
「なるほど。タルエムを使えばいいか」
何かあるらしい。
窓の外に森が見えたので思いついたのだが、うまくいった。
森があれば林業や木の加工業もあるだろう。
「贈答用に使うのであれば、枠はこちらの領内で作れるものを使うのがいいと思います」
「そうであるか」
公爵は、一つうなずくと机の上にあった鈴を鳴らす。
「お呼びですか」
鈴が鳴ると、すぐに扉が開いて誰かが入ってきた。
早い、早いよ。
「うむ。ゴスラーにすぐ来るよう伝えてくれ」
「はっ」
簡潔に返事をして、出て行く。
完全に頭を下げていて、俺には顔も見せなかった。
多分護衛の人だろう。
城内ならすぐに誰か駆けつけるとか言ってたが、しっかりとマークしているに違いない。
気ままに振舞っているように見えて、影には護衛が潜んでいるということか。
「鏡の買い取りについてはゴスラーと相談してくれ。このエンブレムは返しておこう」
公爵が机の上にワッペンを置く。
受け取ってソファーに座り、ゴスラーを待った。
やがて、ノックの音がして、ゴスラーが入ってくる。
「失礼します。遅れました。おお。これは冒険者殿」
「ミチオ殿といわれるらしい」
公爵に自己紹介したっけ、と思ったが、受付の人に最初に名乗ったか。
「ミチオです」
「ペルマスクの鏡を持って参られた」
「ほお」
ゴスラーが机の上の鏡を見た。
「タルエムで枠を作らせればよかろう」
「なるほど。そうですね」
「余は悪くないと思うが」
鏡を見ながら公爵とゴスラーが相談する。
ゴスラーが俺の方に向きなおった。
「装飾のついていないものは手に入りにくいと思いますが、大丈夫ですか」
「ペルマスクに行けば買えるので」
「ペルマスクまで行かれたのですか?」
まずかったか?
「……はい」
「ほう。さすがに優秀な冒険者のようじゃ。余が見込んだだけのことはある」
公爵の誤解が大きくなってしまった。
「ボーデからペルマスクまで行ける冒険者は騎士団にもいません」
「まあ楽にとはいきませんが」
俺だってボーデからペルマスクまで行けるかどうかは分からない。
少なくとも、ちょっと勘弁してほしいところではある。
「業者に渡して試しに枠を作らせる必要もありますので、当座であと十枚ほどほしいのですが、調達できますか」
「一度では運べませんが」
「何日に分けていただいてもかまいません」
「それなら大丈夫でしょう」
ペルマスクで売ってくれなくならない限りは大丈夫だ。
「大きさについては多少バリエーションがあった方がいいです。値段は、どのくらいでしょうか」
値段か。
帝都で買うと三倍以上というところだが。
銀貨三十五枚だったので、三倍で一万五百ナール。
思い切ってそれぐらい吹っかけてみるか。
あるいはそれでは高いか。
騎士団がその気になれば、自分たちの手で鏡を買うこともできる。
一人では行けなくても、冒険者六人でパーティーを組ませ交代でフィールドウォークを使えば、ペルマスクまで行くことは可能だろう。
きつければペルマスクで一泊してもいい。
冒険者のコストを一日一人千ナールとして、六人のパーティーが一人一枚の鏡を二日かけて持ち帰るとすると、かかる経費は鏡一枚二千ナールだ。
原価を足して五千五百ナールで手に入る。
冒険者のコストが半分の五百ナールなら、鏡の経費は一枚千ナール。
一日で往復できればさらに半分の五百ナールになってしまう。
そう高く吹っかけるわけにもいかない。
「うーんと……」
「そうですね。この大きさであれば、一万二千、いや、一万三千ナールというところでどうでしょう」
悩んでいると、ゴスラーの方から値段を提示してきた。
「それは少し高いのでは」
「帝都で買ってもおそらくそれくらいはします。帝都に行くにはこちらも費用がかかりますので」
「冒険者の人数をそろえて直接ペルマスクまで行けば、半額ですみますが」
「人を雇うというのは大変です。毎日必要になるものでもありません。スポットで買うのですから、多少高くなるのはやむをえないでしょう」
騎士団経営者としての判断か。
ほしいときに雇って、いらなくなったら即解雇というわけにはいかないのだろう。
人を雇えば、仕事がないときでも丸ごと面倒を見なければならない。
冒険者を雇うことは、最初は安いように見えて、長期で考えれば高くつく。
まあその騎士団に冒険者として俺も誘われたわけだが。
「では一万ナールもいただいておきましょう」
「本当にそれでよろしいのですか」
「はい」
三倍近くで売れるなら、いい商売だろう。