ペルマスク
迷宮を出た後、俺は一人で冒険者ギルドに向かった。
毒による障害は、薬で本当にきれいさっぱりとなくなるようだ。
デュランダルでHPも回復したし、体調に問題はない。
冒険者ギルドで渡りの続きを行う。
今日はザビルの町まで飛んだ。
セリーによれば、ここが帝国最辺境にある都市らしい。
ここからペルマスクまで飛ぶことになる。
ザビルの冒険者ギルドで、張り紙とメモを見比べた。
セリーに書いてもらったペルマスクにあたる文字はないような。
「ここからペルマスクに行くにはどうすればいい」
「ペルマスクへは一日に三度飛びます。朝、正午と夕方です。値段は銀貨五枚。今朝の便は終わりました。次は正午ごろです。まだ四時間以上ありますね」
駐留の冒険者に確認すると、答えてくれる。
時差もあるし時計もないのに、朝、正午、夕方と言われても困るのだが。
まあ、現地にいる人間は日の位置を見て時間を確認するから、逆に、朝と夕方、日が最も高くなる正午でないと困るのだろう。
しょうがないので、ザビルの冒険者ギルドから家に帰った。
すぐに外に出て、日の位置を確認する。
クーラタルの日はまだ出て間もない。
南中まで六時間あるとして、四時間というと三分の二か。
クーラタルとザビルとの時差は、二時間近くあるのか。
クーラタルと帝都の間でも時差があることを考えると、思ったほどの距離はないようだ。
あるいは真東ではなく北か南にずれているのかもしれない。
仮に時差が二時間だとすると、惑星一周の十二分の一、経度にして三十度移動したことになる。
MPはかなり減った。
こんなことでペルマスクまで行けるのだろうか。
いや。これはMPが減ってネガティブになっているのか。
こんなんではペルマスクまで行くのは困難だ。
いや。MPが足りないが故のオヤジギャクということで。
「どうなさったのですか」
「四時間後にちょっと用事ができた。四時間後というと、日の位置はだいたいあそこくらいか」
「四時間後ですね。そのときになったらお知らせします」
ロクサーヌの腹時計に頼れるようだ。
どうせ正確な時間が分かるわけでもない。
腹時計でも仕方がないだろう。
朝食後、商人ギルドへと赴く。
仲買人のルークから芋虫のモンスターカードを購入した。
鑑定によって確認したので間違いはない。
まだ贋物をつかませる決断はしていないようだ。
帰りしな、商人ギルドの待合室に戻ると見知った顔があった。
イケメン中のイケメン、ハルツ公領騎士団長のゴスラーだ。
ただ座っているだけなのに絵になる。
圧倒的な存在感を周囲に放っていた。
これだからイケメンは。
ロクサーヌ、見るんじゃありません。
イケメンが近くに寄ると心配だ。
杞憂であればいいのだが。
昔、杞の国の人は天地が崩壊するのではないかと憂えたという。
杞憂だと馬鹿にすることはできない。
泰山はいつか崩れるし、梁に使われている柱もいつか壊れるし、哲人もいつかは死ぬのだ。
泰山それ崩れんか、梁柱それ壊れんか、哲人それ萎れんか。
哲人は死ぬ。イケメンも死ね。
さあ死ね。
今死ね。
すぐ死ね。
「おお。これは奇遇です。冒険者殿もオークションが目当てでございますか」
呪詛をこめすぎたせいか、気づかれてしまった。
できれば無視したかったのだが。
ゴスラーが無駄にさわやかな笑顔で話しかけてくる。
「まあちょっと装備品関係で」
「なるほど。冒険者にとってはもっとも重要なものです」
「ゴスラー殿も?」
後ろの二人から隠すように前に出た。
セリーも見るんじゃありません。
と思ったら、早速置いてある冊子のところに行って目を通している。
イケメンよりも文字の方が大切らしい。
「公爵の仕事というのは人付き合いが大半です。どうしても贈り物をすることが多くなります」
「贈り物を手に入れるためですか」
貴族というのもいろいろ大変なようだ。
オークションを使ってでもあれこれ入手する必要があるのだろう。
レアアイテムや貴重な装備品ならきっと贈り物になる。
貴族の仕事の残りの半分は迷宮を攻略することだし。
「近く第三皇子の結婚式が行われます。新しく家を立てることになるので気を使います。普通は、皇家の結婚ならエリクシール、出産祝いなら誰が相手でも自爆玉でいいのですが。別家を立てるにふさわしい装備品などが入手できればと思っています」
家を建てる、ではなくて家を立てるか。
跡を継ぐのではなく独立するということだ。
第三皇子だし。
「大変そうですな」
「何か持っていませんか」
「いや。残念ながら」
持っているわけがない。
「贈り物をそろえるのも手間がかかります。威霊仙でも入手できる機会があったら、譲っていただきたいと思います」
「贈り物といえば、ペルマスクの鏡などは」
ペルマスクの鏡は貴族の贈答品に使われるとセリーから聞いた。
「ペルマスクに近い東の方に領地を持っている貴族などはよく使っています。ただ、うちは北にありますから。ペルマスクまで行くのは大変です」
「なるほど」
贈るのなら、領内で取れる特産品か簡単に手に入る品がいい。
当然そうだろう。
「領内にいる有力者の結婚式などのために帝都で手に入れることはあります。ひょっとして、ペルマスクの鏡を安く手に入れられますか?」
「まあ多分」
「使うこともありますので、もし安く手に入るようでしたら、ボーデの宮城までお持ちください。買い取らせていただきます」
一度でペルマスクまで行けるかどうか分からないが、少なくともその入り口のザビルまでは行ける。
ペルマスクに一番近いザビルなら鏡も安く手に入るか。
あるいは、ザビルで休息してペルマスクに行くという手もあるだろう。
「了解」
「では、これを渡しておきましょう」
「これは?」
「ハルツ公のエンブレムです。宮城でこれを見せれば私や公爵にすぐ話が通るはずです。それほど悪用はできないと思いますが、領内で不必要に見せびらかすのは罪に問われますので、お気をつけください」
ゴスラーがエンブレムの入った布を渡してきた。
作りのしっかりとした綺麗なワッペンだ。
刺繍なのか織っているのかは分からないが、作るのは大変だろう。
贋物は出回りにくいに違いない。
紹介状代わりということか。
昨日から、いろいろと紹介状が手に入る季節ではある。
「ゴスラー様、お待たせいたしました。来客がありましたので」
ワッペンをリュックサックに入れていると、後ろから知っている声がした。
ルークだ。
「来客というのは俺のことか」
「お知り合いだったのですか?」
振り返ると、ルークが驚いている。
貴族でもオークションを利用するにはやはり仲買人を使うのか。
ルークはハルツ公爵家御用達ということなのだろう。
「まあちょっとな」
「そうですか。それでは失礼します」
ゴスラーと、一緒に来ていた配下の者二名がルークにしたがって去った。
配下の二名もエルフ、つまりイケメンだ。
くそっ。
「はあ。エルフはみんなイケメンだねえ」
「まあそうですね」
ロクサーヌがあっさりとした口調で答える。
あまり興味はなさそうだ。
「エルフと仲買人、いい組み合わせです」
おや。セリーの方は興味がありそうな。
「いい組み合わせなのか?」
「エルフと仲買人、ともに何を考えているのか分からない人たちです」
「そういうものなのか?」
「ドワーフなら誰でもエルフには注意しろと言われて育ちます。仲買人も同様です」
どうやらドワーフはエルフと仲が悪いようだ。
セリーもエルフにはあまり興味がないらしい。
セリーの仲買人に対する警戒心はいわずもがな。
エルフの仲買人がいたらどうなってしまうのだろうか。
「仲買人と付き合いのあるエルフなど論外か」
「どうでしょう。エルフといっても、みんながみんな悪人というわけではありません。そこはしっかり見定める必要があります」
やはりセリーは合理的なのか。
無条件の差別意識というほどではないようだ。
「じゃあ家に帰るか」
「まだ三時間近くあります。このままベイルに行って大丈夫だと思います」
帰ろうとすると、ロクサーヌが告げた。
ロクサーヌの腹時計では大丈夫らしい。
セリーに装備品を作らせて、朝食を取って、ルークと商談をして。
確かに、全部で一時間くらいというところか。
ロクサーヌの助言に従って、ベイルの迷宮に飛ぶ。
ゴスラーとの会話で分からなかったことをセリーに訊いてみた。
「自爆玉というのは何だ」
「自爆攻撃を行うアイテムです」
「怖いな」
「自分の命と引き換えに魔物に対して多大なダメージを与えることができるアイテムです。ただし、大人が使うことはめったにありません。死んでしまいますので。子どもが自爆玉を使うと起爆に失敗することがあります。年齢が低いほど失敗する確率が高く、三歳以下では確実に失敗するとされています。失敗したときにはダメージを与えることはできませんが、命を失うこともありません。失敗した子どもは魔法使いに転職できることがあります」
魔法使いになるには子どものころに薬を使うと聞いた。
それが自爆玉だったのか。
子どもが使うから、出産祝いの定番なのか。
贈り物の名前としてはどうかと思うが。
おそらく、ボーナス呪文にあるHP全解放と同じようなことができるアイテムなのだろう。
俺はMP全解放で魔法使いのジョブを得た。
MP全解放で魔法使いになれるのなら、HP全解放でも魔法使いのジョブを獲得できるに違いない。
普通は死んでしまうが。
子どもだと失敗して、不発に終わることがあるらしい。
そして不発でもジョブを取得できる場合があると。
ある種のバグ技というところだろうか。
魔法使いになるのも命がけだ。
「エリクシールというのは?」
「最上級の万能薬です。いかなる怪我や疲労、状態異常があってもたちどころに全快するとされています」
「あと、何とかでも譲ってくれって言ってたのは何だっけ」
「威霊仙ですね。エリクシールを作る原料になります」
威霊仙か。
要するに最高級のアイテムは貴族の贈答品に使われるということらしい。
「分かった。ありがとう」
セリーに話を聞いた後、時間がくるまで狩を行う。
家で影の角度を見ながら待っていても暇だし、ここは腹時計にかけてみてもいいだろう。
どうせチャンスは一日に三回ある。
「ご主人様。そろそろ時間になるかと思います」
料理人をつけてスローラビットを狩っていると、ロクサーヌが教えてくれた。
ちなみに、料理人のスキルであるレア食材ドロップ率アップはレベル依存ではないかと思う。
兎の肉が残ることが増えてきている。
「もうそんなになるか」
「迷宮に入ってから三時間近いでしょう」
セリーの感覚でも同じらしい。
本案は三分の二以上の賛成多数をもって可決された。
「もう一回くらい狩れるか?」
「はい、大丈夫だと思います」
「じゃあ最後に頼む」
デュランダルを出し、ロクサーヌに魔物に探してもらう。
スローラビットを倒してMPを回復した。
ベイルの迷宮からザビルの冒険者ギルドへと飛ぶ。
MPは、ごっそりとはいえなくてもはっきり分かるほどには減った。
というか、朝よりも減ったような気がする。
この分だと、帰りは家に直接帰るより迷宮に寄ってすぐにその場でMPを回復するのがいい。
ロクサーヌを連れてきて正解だ。
いや。本当にそうだろうか。
何故、朝よりも今の方がMPが減ったと感じるのだろう。
ベイルの迷宮よりクーラタルの方がザビルからは遠いはずだ。
ジェット気流に乗ると速くなる飛行機じゃあるまいし、東に行くのと西に行くのとで消費MPが違うということはないだろう。
考えられるとすれば、ワープした人数によって消費MPが異なるという可能性だ。
大いにありうるのではないだろうか。
一度のワープではっきり分かるほどMPを消費したのはロクサーヌを迎える前だけだったので、検証はしていない。
パーティーメンバーの数に応じて消費するMPが変わるなら、ロクサーヌとセリーを連れてきたのは失敗だったことになる。
まあしょうがない。
俺は今朝もいた駐留の冒険者に話しかける。
「ペルマスクへの便はまだ間に合うか」
「あ、先ほどの。大丈夫です。まだ三人めです。そろそろ正午の鐘が鳴るころでしょう。出発は鐘が鳴ってからになります」
三人めだから大丈夫とはどういうことか、と思ったが、パーティーメンバーは六人までだ。
冒険者自身も入るから、一度に運べる人数は五人までとなる。
六人以上客がきたときに二往復してくれるのか。
おそらくは先着五名までということなのだろう。
「二人はしばらくここにいてくれ」
「かしこまりました」
二人に言い置いて、パーティーを解散した。
セリーは壁の張り紙のある方へと歩いていく。
ロクサーヌはともかく、セリーには暇のつぶし方があるようだ。
正午の鐘が鳴った。
「それでは、ペルマスクまで行きたい方は集まってください。銀貨五枚になります」
銀貨五枚を払いペルマスクに向かう。
「ようこそいらっしゃいました。ここがペルマスクです。ペルマスクの町は誰でも自由に歩けます。物品の売買も自由に行ってください。銅貨のみ両替が必要です。ペルマスクの住民を外に連れ出すことは厳禁です。ペルマスクでは冒険者ギルドを除くすべての建物に遮蔽セメントを使っています。フィールドウォークが使えるのは冒険者ギルドだけです。冒険者ギルドから町へ出入りするには参事委員会麾下の騎士によるインテリジェンスカードのチェックを受けてください。入市税は銀貨一枚、このときに支払っていただくことになります」
ペルマスクの冒険者ギルドに到着すると、ペルマスク側の担当者が待っていて、注意事項を長々と説明した。
なにやら面倒な都市に来てしまったようだ。