仲買人
帝都の服屋に入った。
ここにはロクサーヌとセリーがネグリジェに使っているキャミソールが置いてある。
「二着ずつくらい、買っておくか」
「はい。ありがとうございます」
ロクサーヌに言い残し、先に兎の毛皮を売りに行った。
長い買い物につきあいたくはない。
精算を終えて戻ってきても、選び終わってなどいなかったが。
ロクサーヌは、キャミソールを台の上に広げ、細かくチェックしている。
見ているのは持っているのと同じ薄紅色のキャミソールだ。
「その色でいいのか?」
「はい。選んでくれた色ですから」
声をかけると、俺の方を見てにっこりと微笑んだ。
そういえば、一着はこの色がいいと言ったのだったか。
必ずしもロクサーヌのために選んだわけではないが。
そんなことをあえて口に出す必要はないだろう。
「そうか、ありがとう。セリーも、白でいいのか?」
「はい。色で分けておけば間違えませんから」
合理的というか、なんというか。
ロクサーヌは薄紅色、セリーは白ということで決まったようだ。
子ども用というのはないようなので、セリーもある中で一番小さいサイズのものを買う。
ややぶかぶかだが、スカートの丈がロングスカートになるくらいだ。
ネグリジェだし、問題はないだろう。
服屋の後は、クーラタルの商人ギルドへ。
入り口で立ち止まっていると、昨日とは違う男が話しかけてきた。
「商人ギルドに何かご用でしょうか」
「オークションのことで、ちょっとな」
「私は仲買人をしております、ルークと申します。よろしければお話をおうかがいいたしますが」
ルーク・アシッド 男 28歳
防具商人Lv2
装備 身代わりのミサンガ
都合よく防具商人だ。
レベルが低いのはまだ若いせいか。
防具商人になるには探索者Lv30まで育てる必要がある。
結構大変だろう。
「そうだな」
「では、こちらへいらしてください」
昨日と同じようなギルドの部屋に通される。
仲買人は奥に回ったので、ロクサーヌ、セリーと三人で手前側のイスに腰かけた。
「ミチオという」
「昨日もお越しになられていたようですが、お約束などはしておられないのですか」
見られていたらしい。
「していない」
「約束があってこられたかたには、ギルドに入って左手前に待合室がございます。オークションの結果などもそこに張り出されます。そうでないかたには、仲買人が順番で話しかけることになっております」
なるほど。
きっちりとしたルールがあるようだ。
仲買人同士結束があるのだろう。
商人ギルドに来た人に話しかければ、新規顧客の獲得につながる。
利権といってもいい。
顧客獲得のチャンスを、仲買人同士で平等に分けあっているわけだ。
誰でも自由に話しかけられるようにすれば、顧客の取り合いになり、手数料の引き下げにも直結しかねない。
「昨日も今日もぼーっと突っ立っていたので話しかけられたわけか」
「いえいえ」
「昨日はローレルという男に話を聞いたのだが、かまわないか」
「お約束をなさったのでないなら、かまわないでしょう」
乗り換えるのはまずいかとも思ったが、そこまででもないようだ。
「では問題はないな」
「オークションにはどのようなご用向きでまいられたのでしょうか」
「売り買い両方だ」
「買いについては、私どものような仲買人を通されるかたが多いようです。どういった品をお求めでしょう」
かまをかけてみると、やはり買いに飛びついてきた。
オークションを常に見張っているわけにはいかない。
仲買人の必要性を初心者にも理解させやすいのだろう。
「コボルトのモンスターカードを」
「コボルトのモンスターカードは確か一昨日五千二百ナールで落札されています。今は五千二百で買い注文を出しているかたがおられるようです。やや高めですが、どうしてもということであれば、それ以上の値段で競り落とすことになるでしょう。一昨日の前は五千四百ナールでした」
この仲買人はメモも見ずにすらすらと答える。
優秀な仲買人のようだ。
ウサギのモンスターカードは使ってしまったから、今コボルトのモンスターカードを手に入れても、詠唱中断のついた武器は作れない。
昨日得た情報とのクロスチェックをかねた問いかけだったのだが、落札価格を覚えているようなら合格と考えていいだろう。
五千二百で買いが入っていることも指摘してくれたし。
「今は時期が悪いか。では売りの方を」
「何をお売りになりたいのですか」
「妨害の銅剣が六本ある」
「ほう。そちらのかたは、鍛冶師でしょうか」
仲買人がセリーに目をやった。
ドワーフであることは見て分かったのだろう。
背が低くて髪の毛がもっさりしている以外、人間と見た目の違いはあまりないが。
「そのとおりだ。セリーという」
セリーを紹介する。
勝手に自己紹介するかと思ったが、セリーは黙っていた。
作法がよく分からないが、そういうものなんだろう。
「売却の場合は、私が買い取らせていただくか、もしくは手数料をいただいて売却に都合のいい時期をこちらからお知らせする形になります」
「時期を教えてもらうこともできるのか」
昨日はその話はなかった。
売却に適した時期を教えてもらった方が、こっちには有利か。
しかし結局買い叩かれることになるなら、別に有利ではないのか。
仲買人が売りに出すのと同じ値段で買い取ってもらえるとは期待しない方がいいだろう。
「ただし、いつになるかは分かりません。お急ぎなら、買い取らせていただくのがよろしいでしょう」
「別に急いではいないが、買い取ってもらった方がいいか」
長く持っていれば高く売れるかもしれないとしても、それは可能性だ。
一方で、売ったお金でメンバーをそろえるなり装備品を強化するなりすれば、投資になる。
多少安くても、早く売った方が有利だ。
アイテムボックスの肥やしにしてもしょうがない。
「ご存知でしょうが、妨害の銅剣は低階層のボス相手によく使われる剣です。六本セットになっていれば、騎士団などで若い団員の育成に使う需要がきっとあるでしょう」
「そんなコネはないな」
「それでしたら、私が買い取らせていただくのがよいかと存じます」
仲買人のいうとおりだとして、騎士団につてがあるのならオークションへは持ち込まずに直接持っていった。
つまり、仲買人も俺には騎士団とのつながりなどないと承知している。
よそへ持っていかれるリスクはほとんど冒さずに仲買人の誠実さをアピールする巧い提案だ。
やはり優秀な仲買人なのだろう。
きっとこの仲買人には騎士団へのコネがあるに違いない。
俺は一度ロクサーヌとセリーを見た。
二人とも特に異論はないようだ。
「いくらで買い取ってもらえる」
「そうですね。バラならば一本一万五千といったところです。六本セットになっているので多少高くはなりますが。十万ナールといったところでしょうか」
値段的には昨日の人と変わらない。
そこら辺が相場ということか。
「一本一万八千でどうだ」
「さすがにそこまでは」
「一万七千五百」
「うーん。六本セットなら、一本一万七千で買わせていただきます」
ほとんど上がらなかったが、しょうがないか。
「分かった。それでいいだろう」
「ありがとうございます。ものは今お持ちですか」
「アイテムボックスに入っている」
「それでは、今から武器商人を呼んで鑑定をしてもらいます。私は防具商人でございますので武器鑑定はできません。鑑定料はこちらもちになりますので、ご安心ください。確認が取れ次第、支払いをさせていただきます」
仲買人が立ち上がる。
俺たちをおいて外に出て行った。
「売ることになったが、問題はないよな」
「はい」
「セリーのおかげで六本セットにすることができて高く売れた。ありがとな」
仲買人がいない間に妨害の銅剣を六本アイテムボックスから出しておく。
仲買人の前だと詠唱する必要があるので邪魔くさいし。
仲買人が武器商人を連れて戻ってきた。
この武器商人も多分仲買人なんだろう。
武器商人がテーブルの上の剣をチェックする。
「妨害の銅剣六本、間違いありません」
武器商人は確認するとすぐに部屋から出て行った。
「間違いないようですね。確かに受け取りました。それでは、こちらをお納めください。一万七千ナールの六本ですが、初めてですし、今後の取引にも期待して、特別に十三万二千六百ナールをお支払いいたしましょう」
仲買人がアイテムボックスを開く。
妨害の銅剣六本を入れ、金貨と銀貨をアイテムボックスから取り出した。
金貨が十三枚と銀貨二十六枚。
見事に三割アップだ。
六本セットでなく一本いくらにした効果があった。
計画通り。
「では確かに。今後のことだが、モンスターカードの安い出物があったら購入したい。そういうことは可能か?」
お金を受け取って、アイテムボックスに入れる。
入れながら、これからの取引について話した。
この男、ルークは、仲買人として優秀なように思えるし、防具商人だけに巧くやれば三割アップも効く。
継続して取引してもいいのではないだろうか。
装備品についている空きのスキルスロットが鑑定で分かることは、俺にとっては絶対的なアドバンテージだ。
失敗を恐れずにモンスターカードの融合ができる。
モンスターカードやスキルのついた装備品の取引に、今後もオークションを使うことになるだろう。
オークションでは、出し抜くのが難しいなら、仲買人を通さざるをえない。
いやむしろ、仲買人を通すことで目立ちにくくなるメリットがある。
ルークも、商売上の秘密だから取引相手のことをべらべらとしゃべったりはしないだろう。
相場が崩れない程度に、少しずつ卸してやればよい。
お互いに悪い選択ではないはずだ。
「モンスターカードをでございますか」
「そうだ」
ルークは、ちょっといぶかしげに俺とセリーの顔を見た。
交互に見ている。
なんだろう。
なんかまずっただろうか。
「確かに経験豊富でよい腕をお持ちなのでしょうが」
ルークが小さく首を振った。
妨害の銅剣は六本ともセリーが融合したと考えているのだろう。
六本も成功させたのだとすれば、かなりの腕前だ。
わざわざ融合したのは一本だけだと指摘する必要もない。
経験豊富というのはあれか。
セリーの耳が細くて年増に見えるということか。
ストレートにババアだといわないのはたいしたものだ。
「もちろんセリーはよい腕を持っている」
「安いモンスターカードを買い集め、融合しスキルつきの装備品にして売却なさるかたは他にもおられます。同じことをしようとなさっておられるのなら、あまりお勧めはいたしません」
「どうしてだ」
「自分に必要で作り、その後いらなくなって売却するものや、融合したらたまたまできてしまったものなどもオークションには出品されます。鍛冶師の腕を過信して自分なら巧く融合できると参入してくる者は結構いますが、あまり成功した例はないようです」
なるほど。
競争相手も多い上に、それで失敗するやつも多いということか。
モンスターカード融合はギャンブルだ。
連続して成功させれば大金を得られる。
実際にはそんなにうまくいくはずもないし、テラ銭よろしく仲買人が利益を持っていくので、さらに厳しい。
甘い夢を見て参入し、失敗する鍛冶師も多いのだろう。
「鍛冶師の腕がいいとモンスターカード融合の成功率が上がるというのは俗信です」
セリーも俺に意見してくる。
融合をやらされるのはセリーだからな。
必死にもなる。
ただし、その情報は俺に有利だ。
融合の成功率が鍛冶師のレベルには依存しないということだから。
「大丈夫だ。無理なことをさせるつもりはない」
とりあえずセリーを安心させた。
「そうですか」
「何もギャンブルをしようというのではない。あくまでも自分たちの装備を整えることが目的だ」
ルークにも釈明する。
「私も商売ですから、仲買はさせていただきます。競争相手もございますので極端に安く仕入れるのは無理ですが、どの程度の価格をお考えでしょう」
請けてくれるらしい。
少なくとも十三万ナールからの元手があることは分かっている。
ここで引く手はないだろう。
「基本的に相場より安いくらいであれば問題はない。判断はまかせよう。後、はさみ式食虫植物だっけ?」
「MP吸収ですか?」
セリーに確認すると、うなずかれた。
はさみ式食虫植物であっていたようだ。
「それとウサギのモンスターカードは、多少高くてもほしい。それらを買うことができたら、次は高くてもコボルトのモンスターカードを狙っていくことになるだろう」
デュランダルを使う場面を少なくすれば、経験値的に大きい。
まずはそれを狙うべきだろう。
八階層のニードルウッドに使えるから、詠唱中断もすぐに役立つ。
「はさみ式食虫植物とウサギのモンスターカードでございますか」
「他には何かあるか?」
セリーに尋ねる。
「芋虫のモンスターカードで身代わりのミサンガを作るのがよいと思います」
身代わりのミサンガはルークもつけていた。
名称的に、攻撃を受けたときの身代わりになってくれるのだろうか。
「では芋虫のモンスターカードも追加で。これらは多少高くてもかまわない」
「かしこまりました。モンスターカードの購入は、手数料五百ナール。そのつど先払いでお支払いいただきます。落札に成功しましたら、使いをやりましょう。商人ギルドまで引き取りに来てください。その際には待合室まで進み、係の者に防具商人のルークを呼ぶよう、伝えてください」
「分かった」
銀貨五枚を渡す。
「では、今後ともよろしくお願いします」
商談を終えると、ルークが頭を下げた。
その言葉に追われるように、部屋を後にする。
「あの男は変です」
商人ギルドから外に出ると、すぐにセリーが忠告してきた。
「変?」
「おまけをするにしても、十三万二千六百などと半端な数字にする必要はありません。何を考えているのか分かりません」
「ああ。なるほど」
第三者からすれば確かに変な数字だ。
不審を感じるのは当然か。
「所詮は仲買人です。あまり信用しない方がいいです」
元々、セリーは仲買人に不信感を持っているようだし。
「それを教えてくれたのか。ありがとう」
「いえ。当然のことです」
「でもありがとう。まあそうだな。気をつけておくことにしよう」
「ご主人様のすばらしさが分かったのでおまけしたに違いありません」
ロクサーヌも仲買人には少し不信感を持った方がいいかもしれない。